通常はホームレスの人たちが路上販売している雑誌『ビッグイシュー日本版』だが、ショップやカフェなど人の集まる場所であれば、ホームレスの人でなくともビッグイシューを販売できる「委託販売制度」がある。
岩手県でこの制度を利用して販売しているのが、フェアトレードショップ&カフェ「おいものせなか」だ。店長の新田史実子さんに、店に込めた想いや委託販売の魅力についてお話を伺った。
海外で不平等・不公平を目の当たりにし、社会の構造に気づく
岩手県花巻市。宮沢賢治で知られるこの街に「おいものせなか」が開店したのは1993年のこと。まさにフェアトレード運動の先駆け的存在だ。店主の新田史実子さんは、同店誕生のきっかけはある一つの旅だったと語る。店長の新田史実子さん
新潟出身の新田さんは大学進学とともに上京。卒業後は情報誌でよく知られた出版社に就職し、特に不自由のない生活を送っていた。
しかし一方で「会社の名前や肩書きで仕事をしているけれど、それは自分の実力ではない」、「いい会社だが、自分は仕事にやりがいを持てているだろうか」とも感じており、難民やマザー・テレサの本を読んでは、自分の生き方や他国の過酷な状況に想いを馳せていた。
意を決した新田さんは25歳の時に1ヶ月間休暇を取って旅に出る。インドのカルカッタにあるマザー・テレサの施設でボランティアをしたり、タイの農村を訪ねたり。そこで貧困や格差など、不平等、不公平を目の当たりにした。それとともに、そこで生き延びる人々のエネルギッシュさも脳裏に焼き付いた。
なぜこのような貧困・格差があるのかと世の中のことを学び始めると、貧困は社会の構造から生まれたものだと気づく。
「このまま、自分だけ安泰でいるわけにはいかない」と感じ半年後に退職。以降、途上国支援のNGOや市民活動の現場を訪ね歩くなか、“市民運動で食える会社”を仲間と立ち上げ1986年に日本で初めてフェアトレードを始めた。
不公平・不公正な社会に具体的なアクションを
その後、結婚を機に岩手に移住。生活のため、夫の廃品回収を手伝うことになる。小さな赤ん坊をおんぶしながら隣町の不燃ごみの山に登り、アルミ缶や鉄くず拾いをするハードな日々だったが、資源価格の暴落を受けて廃品回収だけで生活できなくなったため、夫がリサイクルショップをかまえることを提案。その時、“地域に根ざして途上国支援の活動を行いたい”、“社会を変えるには一人一人の消費を見直すことから”とリサイクルショップに併設する形で、1993年、自然食とエコロジーの店「おいものせなか」をスタート。現在は、フェアトレードの食品やオーガニックコットンで作られた衣料などとともに、有機栽培で育てられた野菜などが自然光に彩られた店内に並べられている。
店内の様子 フェアトレードの雑貨たち
「ここまで、大変なこともありました」と新田さん。「でも、フェアトレードや有機農業の生産者は、私より大変な環境にいても、生活をかけていいものを必死で作っています。私ができることは、つくる人が幸せに、買う人もまた幸せになる消費のあり方を広めること。お店から不公平・不公正な社会を変える!という想いがあるので、簡単にはやめられないんです」。柔らかな表情だが、確固たる信念を感じさせる。
種類も豊富な食品たち
雑誌を入り口に社会問題を意識するきっかけに
2013年にはカフェも併設。さまざまな社会問題について考えるイベントを開催するほか、授業の一環でフェアトレード商品の販売を検討していた高校生のグループが「フェアトレードの話を聞かせてほしい」と乞われれば喜んでレクチャーするなど、若い世代にも少しずつ新田さんの伝えたいことを広げている。そのような、思い入れのある商品が並び、同じような志をもつ人たちとの交流のある空間で『ビッグイシュー日本版』も販売されている。
書籍コーナーも充実のラインナップ
「ホームレス状態にある人々に雑誌の販売という仕事をしてもらうことで、収入を得て自立に結びつけるという仕組みがすばらしいと感じています」
「仕組みとともに、社会問題を提起する記事の内容もいいですよね」と語る新田さん。購入されるのは常連さんが多く、436号などの絵本特集号やデヴィッド・ボウイ(417号)、ビートルズ(423号)などミュージシャンが表紙の号はとりわけ反応が高かったという。
「こちらではまだビッグイシューを知らない人のほうが多いので、お店に置いてアピールしています。お客さまが雑誌を入り口に社会問題を意識するきっかけにもなっているので、私は1冊売れるだけでも、ビッグイシューを応援する喜びとお客さまへの感謝でいっぱいになります!」
開店当初は「フェアトレード」という考え方自体が理解されず、単純に価格を見て「高いね」という反応が返ってくることもあったが、30年の時を経て、様々なところで講演にも招かれるようになっている。講演をきっかけに文化祭でフェアトレードのカフェを開き、大学で国際協力を学ぶことにした高校生もいたそう。
20年前に植えたバラは、毎年5月に満開に
まだフェアトレードという言葉もあまり知られていなかった頃から走り続けて30年。様々な苦難がありながらも、粛々と活動を続けてきた新田さん。地元や世界各国の生産者たち、訪れてくださるお客さまたちとともに、その輪は確実に広がりつつある。
(文章:八鍬加容子、写真提供:おいものせなか)
おいものせなか
〒 025-0062
岩手県花巻市上小舟渡166-2
OPEN : 10:00~18:00
日曜・祝日 : 10:00~17:30
CLOSE : 月・火曜日
https://oimonosenaka.com/
ビッグイシューの委託販売制度について
https://www.bigissue.jp/sell/in_your_shop/
『販売者応援3ヵ月通信販売』参加のお願い
3か月ごとの『ビッグイシュ―日本版』の通信販売です。収益は販売者が仕事として"雑誌の販売”を継続できる応援、販売者が尊厳をもって生きられるような事業の展開や応援に充てさせていただきます。販売者からの購入が難しい方は、ぜひご検討ください。
https://www.bigissue.jp/2022/09/24354/
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ビッグイシューについて
ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。
ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊450円の雑誌を売ると半分以上の230円が彼らの収入となります。