持続可能な開発目標「SDGs」のロゴはあちこちで見かけるようになったが、本気で「SDGs」の各目標の実現に向けて実践している企業や団体の名前を、あなたはいくつ挙げられるだろうか。

「SDGs」がサイトで掲げられ、社員の襟元にバッジがついていても、その会社が提供している商品はなくてはならないものなのか、どのように製造されているのか、従業員は幸福を感じられているか、などが考慮されているとは限らない。ヨーロッパでは、利益を最優先する経済のあり方を変えていこうと、「エコノミー・フォー・コモングッド(ECONOMY FOR THE COMMON GOOD)」という社会運動が起き、世界的に広がりを見せている。『アプロポ』誌(オーストリア・ザルツブルク)の記事を紹介しよう。

サステナビリティを重視する企業にばかり負担がかかる現状

「皆、現状を変えなければいけないことは分かっています」とエコノミー・フォー・コモングッドのコンサルタント、サビーヌ・レイナーは断言する。当分野においては、ザルツブルグの重要人物の一人だ。自身が主催するワークショップ「MARKENwerkstatt」を通じて、企業向けに、数字よりも価値や質を重視することの意義について指導している。

彼女が批判するのは、現在の経済システムにおいて、持続可能性を目指す企業の前に立ちはだかる壁だ。「例えば、オーガニック製品の提供には多大なる努力とコストがかかっています。多くの要件、認証、コントロールシステムがあり、包装にもそれと分かるロゴをつけなければいけません」

iStock-1344240174
sfe-co2/iStockphoto

「しかし本来なら、その逆であるべきです。つまり、従業員や供給業者のこと、そして環境規制を顧みない企業こそが自社製品に、『要注意!この商品は児童労働により製造されています!』や『警告:この商品には農薬グリホサートが含まれています!』と明記すべきです。なのに現状は、“共通の利益(コモングッド)”を掲げて責任ある行動を取っている企業にばかり追加費用が課されています」

「共通の利益」を重視した経済へ、オーストリアでは300社が登録

そこで登場するのが「共通の利益のための経済(Economy for the Common Good)」だ。リーマンショックによる金融危機を受け、貨幣的経済システムを価値志向型に変えていこうと、2010年にオーストリアで創設された社会運動だ。

ちょうどその頃、「どうしたらそんな活動ができるだろう?」と悶々としていたレイナーは、この運動の共同創始者クリスティアン・フェルバーの講演で団体が掲げる大義を知り、自分も行動を起こさねばと奮起したという。そして2013年から、ザルツブルグ市の地域グループを束ねるコーディネーターとして活動している。

その後、「共通の利益のための経済」は国際連盟へと発展し*1、オーストリアだけでおよそ300社がコモングッド報告書(Common Good Report)を作成するようになっている。ホテル・アウエスペルグ、トゥルマービール醸造所、イベント会場ARGEkulturなど、ザルツブルグ市からは50社が加わっている。以前はこのような取り組みに慎重だった多くの企業がコモングッド報告書をまとめるようになっている状況にレイナーは勇気づけられているし、自社のやり方を見直そうと考えている企業は他にもたくさんあると感じている。

*1 現在の支部マップ https://www.ecogood.org/who-is-ecg/

政治レベルでも多くの構想が立ち上がり、変化が起きている。例えば、EUが公表した企業のサステナビリティ情報開示に関する指令「Corporate Sustainability Reporting Directive (CSRD)」が2024年1月1日に発効される。これにより、従業員数250名以上で年間収益が5千万ユーロ(約73億円、2022年11月7日現在)以上、または総資産額が5千3百万ユーロ以上の企業は、サステナビリティ報告書の作成が義務付けられる。オーストリアでは約1700社が該当する。

コモングッド報告書を作成する企業が急増

コモングッド報告書は、これまでの他の報告書よりも一段と強化された内容となっている。これまでの報告書だと、企業は自分たちが報告したい部分だけをクローズアップすることができた。「弊社の従業員はこんな素晴らしい活動をしています。でも生産活動についてはあまり配慮がなされていないので触れないでおこう」といった具合に。これが“グリーンウォッシュ*2”を招くケースも少なくない。

*2 環境保護に取り組んでいると世間に思わせるために偽りの情報を流布すること。


24720905_m
月舟/Photo-AC

「私たちが求めるコモングッド報告書は、その会社のすべての運用面を網羅する、より総合的なものです」とレイナーは笑みを浮かべる。供給業者、オーナー、金融提携先、従業員、顧客、そして社会環境までもが、人としての尊厳、連帯責任/公正性/生態学的サステナビリティ/透明性/広く開かれた意思決定、といった指標で精査される。作成された20のマトリックスは、「これまで良しとされてきた評価指標ではなく、もっと企業としての在り方を見るものになっています」。「コモングッド報告書でよい成果を報告できた企業は税控除を受けられる、または、建設的な報告書が確証された企業だけが資金提供を受けられるようにしています」



ほかのサステナビリティ報告書と違って、コモングッド報告書は戦略的開発ツールにもなる。「例えば、さまざまなステークホルダー(利害関係者)との関係強化につながります」とレイナーは言う。「『どんなふうに生産しているのですか? 原材料はどこで調達しているのですか?』と供給業者に尋ねる。そんな対話が、双方の理解を深めるきっかけとなる。両者に強い結びつきがあれば、ともに難局を切り抜けやすくなり、より耐性のある企業となれる。今後、企業として成功するには、この点はますます不可欠な要素となるでしょう」

有望な若者を確保する上でも有効

会社として「共通の利益」を核とするマインドを持つことは、新しい従業員を探し出し、つなぎ止める上でも有利に働く。「従業員が意義のある仕事に取り組めて、それが評価される会社ならば、口コミは勝手に広がります」とレイナーは言う。「最近の若い人たちは自由度が高い職場環境を求めています。仕事、余暇、家族にあてる時間のバランスを保ちたいとの思いが強く、その傾向は今後ますます強まるでしょう」

会社が持続可能性へ舵を取ることで、事業や従業員の管理に変化が生じる。経営者はそれを恐れてはならないし、新入社員教育や業務の一環として「コモングッド」を核としたマトリックスを浸透させるべきである、とレイナーは断言する。

Economy for The Commong Good 公式サイト
https://www.ecogood.org

導入事例

ゾネントア社(SONNENTOR)

・ゾネントア社では、有機農場から直接供給される有機栽培のハーブやスパイスの加工・販売を1988年から行っている。中間業者ははさまず、“尊重”ベースの提携関係を構築している。
・栽培・供給に関する契約は地域の事情を考慮し、市場価格を上回る最低価格を保証。
・専門コンサルティングの提供や、生産状況の視察なども行う。毎年、農家が集まって意見交換できる場を設けている。アフリカや南米の農家とも直接取引している。
https://www.sonnentor.com/en-gb

グリューネエルデ社(Grüne Erde、「緑の土」の意)

・グリューネエルデ社は、自然環境に配慮した素材を厳選した雑貨、家具、食器などを販売する。独自のサステナビリティ目標を掲げ、社会的・生態学的な見地から優先すべき活動に、銀行を介さずに資金を融資している。
・同社の建物はすべて環境に配慮したつくりとなっており、電気自動車や太陽光発電の事業に毎年投資を行っている。アルムタール村にある新しい店舗「グリューネエルデ・ウェルト」はシーリング材を使わずに建てられ、数多くの賞を授与されている。
・ある賃貸物件では、木片を使った新たな暖房システムの費用をグリューネエルデ社が負担した。
・さらにグリューネエルデ社は、収益の5%を“共通の利益”を重視したプロジェクトに、リターン(返礼)なしで投資している。
https://www.grueneerde.com/de/index.html

ファーネンガートゥナー社(Fahnengärtner)

・ファーネンガートゥナー社は、1945年から旗や宣伝用物品の製造を行っている家族経営の企業だ。同社では、従業員たちの有意義な仕事、高い関与、自発性ある活動を重視している。
・社内幼稚園、地域のカフェテリアの運営のほか、従業員が発案したヘルスケアプログラムは幅広いトレーニングや、フィットネス、健康講座を提供し、数多くの賞を受賞している。
・機会均等を重視し、リーダー層の男女比は50%ずつを堅持している。
https://www.fahnen-gaertner.com/en/index.html

By Verena Siller-Ramsl
Source: International Federation for the Economy for the Common Good e.V.
Translated from German by Thorin E.
Courtesy of Apropos / International Network of Street Papers

あわせて読みたい

持続可能性の目標を達成している企業3社の取り組み紹介

SDGs(国連の持続可能な開発目標)による政治的影響は限定的:3千以上の学術調査を分析


*ビッグイシュー・オンラインのサポーターになってくださいませんか?

ビッグイシューの活動の認知・理解を広めるためのWebメディア「ビッグイシュー・オンライン」。

ビッグイシュー・オンラインでは、提携している国際ストリートペーパーや『The Conversation』の記事を翻訳してお伝えしています。より多くの良質の記事を翻訳して皆さんにお伝えしたく、月々500円からの「オンラインサポーター」を募集しています。

ビッグイシュー・オンラインサポーターについて


『販売者応援3ヵ月通信販売』参加のお願い
応援通販サムネイル

3か月ごとの『ビッグイシュ―日本版』の通信販売です。収益は販売者が仕事として"雑誌の販売”を継続できる応援、販売者が尊厳をもって生きられるような事業の展開や応援に充てさせていただきます。販売者からの購入が難しい方は、ぜひご検討ください。
https://www.bigissue.jp/2022/09/24354/



過去記事を検索して読む


ビッグイシューについて

top_main

ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊450円の雑誌を売ると半分以上の230円が彼らの収入となります。