通常はホームレスの人たちが路上販売している雑誌『ビッグイシュー日本版』だが、ショップやカフェなど人の集まる場所であれば、ホームレスの人でなくともビッグイシューを販売できる「委託販売制度」がある。
三重県でこの制度を利用して販売している場所のひとつが、津市の「山のうえの小さなお店 えんがわ」だ。店主の紀平裕子さんに、店を開いた経緯や委託販売の反応についてお話を伺った。
続けられる範囲で、必要なところに何かを届けられたら-の気持ちが原点
三重県津市内から車で20〜30分。経が峰(標高819m)の中腹あたりに佇む煉瓦色と緑の屋根の平屋が「山のうえの小さなお店 えんがわ」だ。「山のうえの小さなお店 えんがわ」遠景
店主の紀平裕子さんが実家のあるこの地にお店を開いたのは2014年のこと。
それまでは「ずっと外国で暮らしたいなぁと思っていた」と語る紀平さん。ロンドンの調理師学校を修了した後は、マルタ共和国のレストランで6年ほど働いていた。
その際かかわっていた活動が今のお店の原点となっている。
「現地の友人がレストランをしていたのですが、そこで今で言う子ども食堂のような活動もしていたんですよね」
養護院で育った子どもたちにも楽しく語らいながら、おいしい食事を味わってほしいーー。その志から始まった活動にかかわる中で、いつしか自分も“同じ形でなくとも、続けられる範囲で、必要なところに何かを届けられたら”という思いが湧いてきた。
「自分のお店を持つのはおばあちゃんになってから、と思っていたんですけど」と笑うが、周囲の期待もあって予定は早まり、2014年に「山のうえの小さなお店 えんがわ」が開店。
ロケーションと、こだわり料理が評判に
伊勢湾を見渡せるロケーションと、生産者の顔の見える食材を使った料理の数々が評判を呼び、遠方からもお客さんが訪れるという。その中には店で販売している『ビッグイシュー日本版』目当ての人もいるそう。「去年、寒い季節に、小学3〜4年生の女の子が『好きなアイドルが表紙になっている雑誌がある』って言って、雑誌だけを目当てにお父さんに連れられて来たこともありましたよ」
「『近くで販売しているところがないので』と、和歌山から問い合わせが来たこともありましたね」 友人の農家から「興味があるから」と頼まれて送った417号に、偶然その農家の友人が「土と微生物と」特集で掲載されていて喜ばれたこともあった。
紀平さんご自身は『ビッグイシュー日本版』は手に取りやすい薄さだけれども、中身が濃いところが気に入っているという。
お店に置かれた書籍たち
「テレビだと情報量が多すぎるという人も、紙ものだったらお店でコーヒーを待っている間にでも手に取っていただけますから」
つい最近も、店内に置かれた閲覧用の『ビッグイシュー日本版』に掲載されていた「ホームレス人生相談 × 枝元なほみの悩みに効く料理」のレシピを見て、「家にカボチャとさつまいもがたくさんあって、ぴったりのレシピが載っていました!」と大喜びのお客さんもいたという。
紀平さんがビッグイシューと出会ったのは、ロンドン留学中のこと。当時は「英語を聞き取る自信がなく、購入までには至りませんでした」。
帰国後出かけた先の京都で販売者を見かけ、雑誌売買の際におしゃべりをして何冊か購入。
販売者のいない三重で毎号読むにはどうすれば…と日本のウェブサイトを見てみたところ、委託販売制度を知り、「自分も毎号欠かさず読めるし、お客さんたちにも紹介できることがあるのではないか」と申し込んだという。
毎号4部を仕入れ、1部は閲覧用、残りの3部を販売するスタイルだが、売り切れてしまうことも多い。お客さんからリクエストがあった売り切れの号は、遠出したときに路上の販売者から通常価格で購入し大切に持ち帰り、お客さんに通常価格で販売しているという。
月に一度30分だけでも
自分だけのゆったりとした時間を過ごしてほしい
取材した日は、ちょうどろう者の夫婦がキッチンカーでエスプレッソを販売する「COFFEA Origo」も出店していた。「COFFEA Origoさんがエスプレッソに添える焼菓子を作ってくれる人を探しているということで、知り合いから紹介してもらいました」。月2回ほど、カフェの前でエスプレッソを販売してもらってるんですよ、と笑う。
「山のうえの小さなお店 えんがわ」では、そんなつながりから生まれたコラボが多く存在する。例えばお店に置かれているピアノもそう。長らく使われていなかったのが、今では、お客さんによってお店の一角で公開ピアノレッスンがなされている。
その他にも、映画館が近くにないからとドキュメンタリー映画の上映会を開催しているほか、養豚場の人が豚の育て方を話してくれる料理教室、子どものためのお菓子教室なども開かれており、様々な興味関心をもつ老若男女に“何か”を届けている。
自然光が優しく差し込む店内
美味しいデザートとコーヒーをおともに会話も弾む
最近では、東京や関西などからも声がかかるようになり、外国にルーツのある子どもたちに来てもらえるような「みんな食堂」として出張するなど、活躍の場が広がっている。いつの日か誰にでも家があって、あたたかい人間同士のつながりが見えるような社会が整っていくことを夢見ている。
そんな紀平さんのこだわりは「育ちがわかる食材を使うこと、作り手の顔が見える食べ物を提供すること」。そして、「月に一度だけ、たった30分だけだったとしても、自分だけのゆったりとした時間を過ごしてもらえる場所を提供すること」だという。
店主の紀平裕子さん
「ここでは初めて来るお客さんも家族みたいなんですよ」とあたたかい心地の良い声で語ってくれた。
(文章:八鍬加容子、写真提供:山のうえの小さなお店 えんがわ)
山のうえの小さなお店 えんがわ
〒 514-2328
三重県津市安濃町草生3468−1
TEL: 059-253-8995
sat-thu 8:30- 16:00
dinner service / reservation only 17:30 - 22:00
※出張や臨時休業日が多めです。ご来店前にご確認ください。
https://engawa.mystrikingly.com/
ビッグイシューの委託販売制度について
https://www.bigissue.jp/sell/in_your_shop/
『販売者応援3ヵ月通信販売』参加のお願い
3か月ごとの『ビッグイシュ―日本版』の通信販売です。収益は販売者が仕事として"雑誌の販売”を継続できる応援、販売者が尊厳をもって生きられるような事業の展開や応援に充てさせていただきます。販売者からの購入が難しい方は、ぜひご検討ください。
https://www.bigissue.jp/2022/09/24354/
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ビッグイシューについて
ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。
ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊450円の雑誌を売ると半分以上の230円が彼らの収入となります。