子どもの貧困が人生観に与える影響や学校でできる支援について、独オスナブリュック大学の社会学者アラディン・エル・マファラニに『ヒンツ&クンスト』誌(ドイツ・ハンブルク)が話を聞いた。

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Wavebreakmedia/iStockphoto

ー 育つ環境は大人になってからの人生観にも影響しますか?

はい、大きく影響します。人が何に興味を持つかは、育つ環境に大きく左右されます。貧しい環境で育った人は、自分に縁のなかった富や名声を欲し、どんなかたちであれ、人から認められるものや富に関するものに大きな意味を見出します。そもそも富と名声のもとに生まれた人は、それらを当然のごとく享受していますけど。

ー ドイツの教育システムの問題について書かれた著書『Myth of Education(未邦訳)』では、「貧困を経験する子どもは“日常生活の破産管財人*”になる」と表現されています。これは、どういう意味合いでしょうか?

貧困下にある子どもの生活は、常に何かが不足している状態です。お金、承認、娯楽の機会、あらゆるものがです。そんな「足りない」環境に育つと、日々限られた時間のなか試行錯誤する余裕もなく、とにかく目前のリスクを回避する行動パターンや精神性を身につけていく傾向があり、それを破産管財人に例えたのです。レジャーの機会も限られた子どもの日常は、メディア消費など時間の過ごし方が一辺倒になりがちです。これは同じ地域の裕福な家庭の子どもが、いくつものスポーツチームに所属し、いろんな課外活動に取り組んでいるのと比べると歴然とした違いです。

*1 破産手続きにおいて破産財団に属する財産の管理および処分をする権利を有する者をいう。

ー 子どもは置かれた環境に順応するのが得意のようですね。どうしてそれが問題なのですか?

貧しい環境にも順応できること、それ自体は理にかなっています。しかしその結果、社会と積極的に関わりを持とうとしなくなることは問題です。自分にとって即座に役立つものにしか意味を見出さないまま大人になると、たとえば地域住民で20年先のビジョンを話し合う場があったとしても、まったく興味を持てないでしょう。つかみどころがない「私たち」や、20年という中長期的な視野で物事を考えるには、生活に余裕が必要です。それゆえ、暮らしが不安定な困窮者は自分が住む地域に関わることを他者に決められることになります。そうやって決まった長期計画こそが、生活に大きく影響してくるのですが。

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Photo by Sigmund on Unsplash

また、貧しい環境で育った人は社会よりも社会における自分の立ち位置を変えることに関心がある一方、裕福な環境で育った人は社会自体を変える、社会をかたちづくることを目指す傾向があります。「未来のための金曜日*2」のような社会的ムーブメントが貧困層を取り込めないのも、そのためです。

*2 気候変動への抜本的対策を求める学生たちを中心とする抗議活動。

ー 貧しい子どもの学校生活にも、その「順応」が表れていると?

その事柄にどんな意味があるのか、どう自分の利益になるのかと近視眼的な物の見方をしていると、学校で学ぶ科目の大半にやる気を持つのは難しいでしょう。ドイツの教育は実用性を重視するというよりも、より広い意味の「学び」に趣が置かれています。理想としてはよいのですが、まずは「学ぶために学ぶ」とはどういうことかを子どもにしっかりと伝えていく必要があります。

即効性のない教育内容も、長い目で見れば子どもに大いに役立つことは長期的研究からも明らかです。たとえば、音楽の授業で楽器を習うとします。演奏家になるつもりはなくても、楽器演奏からは学校生活や将来の生活に必要なことをたくさん学べます。楽器で良い音を奏でるには長い時間がかかり、その過程で努力することの大切さを学べます。しかし現状では、楽器を習えるかどうかは親の経済力によるところが大きく、社会の不公平を生み出しています。全日制の学校で全生徒が楽器演奏を習えるようにするなどの対策が取られるべきです。

ー ハンブルクでは学区の社会構成によって学校につく予算が異なります。貧困率の高い学区では、1クラス当たりの生徒数を少なくする、専門性の高い教員を雇うための予算がつく施策が取られています。

大いに意味のある施策だと思います。他の学区の親たちができている支援ができない家庭があるのですから、学校側でそれらを埋め合わせるべきです。一番よくないのは、貧困世帯の子どもたちが学校でも不足状態を味わい、教員までもが破産管財人のようなふるまいになることです。子どもには、設備の整った学校で、自発的にいろいろと挑戦できる機会が与えられるべきです。そうすることで恒常的な不足状態を解消し、人格の一部として破産管財人的な思考パターンが染みつくのを防げるのです。

ー 貧困による悪影響は学校教育で軽減すべきだと。しかし、学校に投資するくらいなら、貧困世帯に直接お金をまわす方が有効だという考え方もあります。

今の社会システムは子どもの貧困を黙認してしまっています。十分な支援を受けられない環境で育つことを阻止する努力が、ほとんど見られません。子どもが困窮状態に陥ってはじめて介入し、多少の改善を試みているだけです。もちろん、構造的な貧困状態で育つ子どもがいなくなるのが理想です。でも、学校が終日学校(*3を参照)の体制で支援を提供することに変わりはありません。多くの親が裕福な家庭のようには子どもをサポートできない状況にあるのですから。

ー コロナ禍による休校措置は特に貧困世帯の子どもに強い影響をもたらしたと言われており、ハンブルクの学校ではこの2年、学習の遅れを取り戻すための措置(卒業試験の科目を減らす、学習休暇、補習授業の提供など)が取られています。これらについてはいかがですか?

それらが良い結果をもたらすかどうかはまだわかりませんし、それで十分な措置ともいえません。コロナ禍が児童や生徒に与えた影響は均一でなく、学年が低く、家庭が貧しいほど、学習の遅れ度合いが大きいことが研究で明らかになってきています。家庭の外でしかドイツ語を学習できない移民世帯の子どもへの配慮も重要性が増しています。

すべての子どもを留年させるのは教員や教室の数を考えても現実的ではありません。ほとんどの子どもたちは普通に進級することになるでしょう。とはいえ、学習の遅れは大きな問題です。算数の授業は知識の積み重ねなので、前の授業を理解していることが大前提です。中等教育を終える頃には数学の授業をまったく理解できない生徒が増えてしまうでしょう。こうした対策が十分になされていないのが現状です。

ー 教育の不公平を是正する最も有力な手段を一つ挙げるとしたら?

ドイツでは2025年より、小学生の「終日学校」に参加できる権利が施行されます*3。なので、もし一つだけ挙げるとしたら、小学校が良質な終日学校プログラムを提供できる体制を整え、それを全学年に展開していくことです。

貧困による不利な立場を解消するには、“不公平”な対策が必要です。すべての子どもを平等に扱っているかぎりは、今ある不公平も是正されないままですから。設備の整った終日学校の環境が整えば、個々の子どものニーズに合った特別支援などにも対応していきやすくなるでしょう。

*3 ドイツは戦後長らく「半日学校」制度を維持してきたが、2000年代初頭以降に「終日学校」の割合が増えてきた。さらに近年の移民急増を踏まえ、学力格差への対応として、その転換が大々的に進められようとしている。参照:移民国家ドイツの教育政策 学力格差と終日学校への転換

アラディン・エル・マファラニ
HP: https://www.mafaalani.de(ドイツ語)


Interview by Benjamin Buchholz
Translated from German via Translators without Borders
Courtesy of Hinz&Kunzt / International Network of Street Papers


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