視覚的なイメージ化がむずかしい「アファンタジア」という認知特性について、ドイツ・シュトゥットガルトのストリート誌『トロット・ヴァー』の記事を紹介する。

まずは簡単な視覚化テストから。
リンゴが一個あると想像します。それはテーブルの上にありますか、それとも宙に浮いていますか。何色ですか。色を変えられますか。誰かがそのリンゴをかじったら、どんなかたちになりますか。どれくらいリアルに思い描けるかをスコアであらわすと?
(“リンゴはない”が「0」で、“実際に目の前にあるかのよう”が「10」)
ほとんどの人が「6〜7」、たまに「8」の人もいる。ところが、この簡単な実験で「0」と答える人がいる。

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Chen/Pixabay

頭の中で視覚イメージを思い浮かべることがむずかしい「アファンタジア」という特質がある人たちだ。もちろんリンゴがどんなものかは知っている。だが、大きさや色などリンゴにまつわる知識を、イメージではなく、事実情報として記憶する。 多くの人が母親の誕生日を覚えるように。

楽しい体験でも覚えていられない

一般にあまり知られていない認知特性だが、人口の3~4%が該当するとみられている。しかし当事者であっても、自分の脳の働きが他の人と違うとは気づきにくく、大人になってもしかして? と疑うまでは、“心の中に描く”も“寝る前にヒツジを数える”も、たとえにすぎない、他の人もそうなのだろうと思い込んでいる。

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Htc Erl/Pixabay

この特性ゆえに、歯がゆい思いをするかもしれない。アファンタジア特性がある人は記憶力が弱く、バカンスの思い出や特別な日のことをよく思い出せず、友人や家族に理解されないことがあるのだ。普通の人のように夢は見る(夢の中のイメージは神経の働きが異なる)が、その夢を覚えていられない。音やにおい、味など感覚的なものを感じることはできるが、それらを記憶し、頭の中で再現するのが難しい。

とはいえ、アファンタジア特有の利点もある。自由、真実、共同体といった抽象的な概念であれば、明確に考えることが得意なのだ。また、視覚的イメージがむずかしいために、不安感にとらわれにくく、深い悲しみを乗り越えやすいとされている。ただ、未来に向けたポジティブなイメージも少ないといえる。一般的なイメージ思考型の人は、記憶がわざわいし記憶と想像の境界がぼんやりしがちだが、アファンタジアの人は“事実ベースの思考”をする傾向にある。

「見えなさ」を測る難しさ

視覚イメージの能力が異なる人について、最初の科学的記録が1880年に残されているが、長い間注目されることはなかった。2000年代に入って、英国エクセター大学医学部の認知神経学者アダム・ゼーマンが科学的研究を深め、「アファンタジア」と命名した。彼の患者のひとりが脳卒中を起こし、突然アファンタジアの特性を示すようになったのがきっかけだった。アファンタジアは先天性の人が多いが、合併症や精神的トラウマ体験によってなるケースもある。これまで普通にしていたことが突然できなくなる人が現れたことで、そもそも認知の働きが異なる人たちがいることがわかってきたのだ。

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Credit: Matthias Becher
MRI調査から、アファンタジア特性がある人は脳の異なる領域が活性化していることが分かった。

アファンタジアに関する研究がそれほど進んでいない中、先駆的な研究のひとつとなっているのが、ドイツのボン大学心理学部の研究者マーリン・モンゼル(自身もアファンタジアの特性がある)が編み出した、視覚的想像力の測定方法だ。人の認知という極めて主観的なものを客観的に検証できるようにするため、用語選びにもこだわった。

イメージの脳内再現のトレーニング

アファンタジアは能力の制約や疾患ではないが、視覚イメージ化の能力をつけたい当事者には訓練法もある。たとえば、目を閉じてぎゅっと押さえると見えてくる光の動きの中に、何かしらの形を見出し、イメージをつくりあげていく。ほかに、幻覚作用のある薬物を使用する方法も考えられるが、まだ研究は進んでいない。

技術職やクリエイティブ分野で働くアファンタジアの人はたくさんいて、イメージが浮かびにくい分、それを補う方法を見いだしていることが多い。グラフィックデザイナーが参考画像を使う、建築家が図面を起こす際に機能性や数学的な側面を重視するなど。先述のモンゼルもペンネームで小説を書いていて、効果的な表現(レトリック)や言葉遊びに強い関心があるという。(モンゼルの小説は「行為」重視で、「描写」にはあまりスペースを割いていない)

アファンタジアの人の脳は視覚型の人より劣っているわけではない。ただ、はたらきが異なるだけだ。同じタスクを処理するのに、活性化する脳の領域が異なるものの、導かれる結果は同じことが、MRI(磁気共鳴映像法)を使った調査からわかっている。認知のハードルはありながらも、あまり意識することなく乗り越えているようだ。

By Matthias Becher
Translated from German via Translators without Borders
Courtesy of Trott-War / International Network of Street Papers


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