2022年8月、スコットランドは世界で初めて、生理用品の無償提供を認める法律を施行させた。この施策の現場の様子や、昨今の物価高騰の影響について、国際ストリートペーパーネットワーク(INSP)が取材した。
月曜日の夕方5時30分過ぎ、エディンバラ中央図書館に設置された生理用品配布用の棚が空っぽになっている。これは、めずらしいことではない。在庫補充を担当するパートタイムの図書館員アニア・レスは、エディンバラの自治体に月に1回以上送っているという大量購入用の書類を確認しながら、「週明けは必ず補充するのですが、数日もするとなくなります。それくらい好評です」と話す。
Photo by Hannah Chanatry
この図書館では数年前からナプキンやタンポンのほか、生理カップ、布ナプキン、生理用ショーツなどを常備してきたが、政府が「生理用品をすべての人に無償提供する」法律を通過させて以降、そのニーズは著しく高まっているという。
「生理の貧困」を減らす、が新しい法律が目指すところだ。「生理の貧困」とは、費用やネガティブな捉えられ方のせいで生理用品を思うように入手できない状況をいう。困窮者支援団体によると、生理用品へのアクセスや教育面でポジティブな影響をもたらしているが、その配布状況はまだスムーズさに欠けるところがあり、さらには物価高騰の真っ只中にあって、本格運用には課題がついてまわるという。
「生理用品の無償配布は、かなり広く知れ渡ったと思います」と話すのは、ホームレス支援団体「サイモン・コミュニティ・スコットランド」でハームリダクション*の施策・実践の責任者を務めるクレア・ロングミュアーだ。貧困状態にある人たちが生理用品で困らないよう、各拠点にいろんなタイプの生理用品を配布する取り組みをすすめている。
*薬物等の使用者に対し処罰ではなく支援を行うことで、健康・社会・経済上の悪影響を減らそうとする公衆衛生上の政策。欧州、豪、カナダなど世界80以上の国や地域で実施され効果を上げている。
生理用品を無償提供する法案が可決されたのは2020年11月24日、法律が施行されたのが2022年8月だ。これにより、各自治体には公共施設にて生理用品(ナプキン、タンポン、月経カップ、布ナプキン、生理用下着の注文フォーム)を配布することが課される。植物性の生理用品の販売・寄付を行う社会的企業「ヘイ・ガールズ」などが大々的なキャンペーンを展開し、学校や図書館など多くの公共の場で生理用品の無償提供が始まっている。
「とても迅速な政策転換でした」とヘイ・ガールズの創設者セリア・ホドソンは言う。ホドソンは貧しさから生理用品を手に入れづらかった自身の経験を踏まえ、娘たちと一緒にヘイ・ガールズを立ち上げた。今では、政府との契約で自治体に生理用品を供給する業務を請け負っている。「これは前例のない取り組み。超大型タンカーの進行方向を変えるくらい、ものすごいことです」と、新しい法律のプラスの影響を強調する。
Courtesy of INSP
生理用品を受け取れる場所の数も急速に増えている。生理用品の種類や受け取れる場所を検索できる無料アプリ「PickupMyPeriod」には、スコットランド全体で2千件以上のスポットが登録されている。この法律自体がトランスジェンダーやノンバイナリー(自らを男性・女性のどちらでもないと認識している人)にも対応した設計となっているため、性別不問のトイレでも生理用品が置いてあるかどうかも検索できる。
スコットランドの英断が各国を動かす
国際的な政策転換にもつながっている。スコットランドでの法案通過以降、北アイルランドでは生理用品無償化の法律策定に向けた動きにつながり(2022年3月に法案通過)、英国やニュージーランドは学校での無償配布が始まっている。コロンビア、オーストラリア、ナイジェリア、ケニアなどでは、生理用品への税金軽減・廃止が決まった。しかし、スコットランドの新制度においても、理想と現実のギャップや苦労はあるようだ。アプリを使ってみればわかるように、すべての場所で全種類の生理用品が手に入るわけではない。住んでいる場所、配布場所の開館時間、在庫状況によっては、「十分でない」と感じる人もいるかもしれない。
Julia Lazebnaya/iStockphoto
試験運用時よりも「在庫切れ」の問題が解決しづらくなっている。自治体との提携で配布場所が急速に広がったため「発注システムに問題がある」と図書館員のレスは指摘する。当初は2〜3日もすれば在庫を補充できたが、ニーズの高まりから「今は6〜8週間かかるので、しっかりと計画を立てる必要があります」。タンポンについては「数ヶ月前から発注しているのですが……」とこぼす。
人々が物価高騰にあえぐ今、「生理用品の無償提供」へのニーズはなおいっそう高まるだろう。「シチズンズ・アドバイス・スコットランド」の分析によれば、スコットランドの成人のほぼ半数(約220万人)が生活費を切り詰めており、5%(約33万人)がトイレ用品や生理用品への支出を減らしていた。「人々は、電気、ガス、ガソリン、食料など日常生活を送るために貯蓄に手をつけるようになっています。とにかくお金を絞り出している、とても懸念すべき状況です」とホドソンは話す。
生理用品の扱いに国民の注目が集まっているスコットランド。新しい法律策定の陣頭指揮を執ったモニカ・レノン議員は、2月初めの週次首相公聴会にて、ニコラ・スタージョン首相(当時、2023年3月28日辞任)に社会正義担当大臣との会談を求めたところ、首相はこれに同意し、「スコットランド議会議員は法案通過を実現させた功績を誇りに思い、この成果のうえに力を合わせて方策を展開すべき」と述べた。
By Hannah Chanatry
Courtesy of the International Network of Street Papers
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