米国のスニーカー市場は数十億ドル規模におよび、大手企業が若者の心や文化に絶大なる影響力をふるっている。コロラド州オーロラにあるウィリアム・スミス高校では、この「スニーカー文化」に目を付けた授業が行われている。 

ウィリアム・スミス高校は公立だが、「プロジェクト型学習(PBT: Project-Based Learning)」を取り入れた教育を打ち出している。PBTとは、「学生が実社会と積極的にかかわり、個人的に有意義なプロジェクトを進めることで学習する教授方法」だ(ウェブサイトより。日本では「課題解決型学習」とも呼ばれる)。

あらかじめ決められたカリキュラムで演習に取り組み、生徒が課題を達成できれば評価基準を満たす、というのが従来の教育手法だが、ウィリアム・スミス高校では教師の発案による創造的な取り組みを積極的に採用し、これまでにジュエリー制作、スクリーン印刷、裁縫の授業などを実施してきた。そこに新しく加わったのが「スニーカーづくり」の授業で、生徒たちからの人気も上々だ。


「従来の公教育と違い、プロジェクト型学習では、定められた基準を満たすものなら、教師はどんなことを教えてもよいのです。基準をどんなふうにカリキュラムに組み込むかを、より能動的に考える必要があります」と話すのは、スニーカー制作の授業を考案した教師クリス・ハントだ。

オリジナルのナイキ風スニーカーを制作する授業

スニーカー制作は選択制の授業だ。「生徒たちは自らの意思でこの授業を履修するので、すでに影響力のようなものを感じています。僕たちは単なる作業ではなく、楽しいことをするんだぞと生徒に話しています」とハントは言う。

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生徒のスニーカー制作を見守るクリス・ハント
Credit: Cat Evans


生徒たちはオリジナルのナイキ風スニーカーをいちから制作する。かかとから組み立て、いろんな布や素材を少しずつ縫い合わせていく。最後はファッションショーのようなイベントを開催し、完成形を披露する。

カスタムシューズは物議を醸すテーマだが、たとえブランドロゴを使ったスニーカー制作でも、靴そのものからお金が発生しないかぎり、法的には問題ないという。靴市場には、ナイキのカスタム版で大きな収益を上げ私腹を肥やす者もいるが、ウィリアム・スミス高校の学生には関係のない話だ。彼らが重点を置いているのは、靴づくりの技能育成と、創造性や自主性の発揮だ。

ブランドよりも、個人の技能、創造性、ユニークさが大切だと伝えている。好奇心旺盛な生徒たちにディレクションをまかせ、制作過程をかじ取りし、目の前のタスクをうまくマネジメントできるようになることが目標だ。素材の再利用、ローカルブランド、起業精神、創造性は、この時代の文化において核となる要素だ。デザインやマーケティングなどの視点を持ちながら、オリジナルのスニーカーを作り上げることで、将来的に役立つ技能を身に付けられるとハントは考えている。

履修生のひとり、2年生のクリス・エルナンデスは、今日の服装にもぴったり合いそうな、紫がかった青と黒のスニーカーを制作中だ。「他の人が作ったことのないデザインにしたかった」とエルナンデス。

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デザインに懸命に取り組むクリス・エルナンデス
Credit: Cat Evans


彼が履修した2022年度の授業は、同高制作の演劇「ウェスト・サイド・ストーリー」の衣装づくりも兼ねていた。自分のミシンは持っていないが、自宅にある裁縫セットで新しいデザインに取り組みたいとも考えている。「針仕事をしてると気持ちが穏やかになるんです。この授業で学んだことを踏まえ、エアブラシを手に入れて、靴をさらにカスタマイズしようかなと考えています」と言う。

材料は市民からの寄付、少人数だからこそできるきめ細やかな授業

靴の先芯に使う素材、布地、靴ひもなどはすべて、一般の人々から寄付されたものだ。ハントが授業内容と必要な備品についてウェブページに書いたところ、すぐに大量の寄付品が寄せられたのだという。倉庫部屋に積み上げられた大量の材料から、生徒は好きなものを選ぶことができるのだ。

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スニーカー制作に必要な素材はすべて一般市民からの寄付でまかなわれている
Credit: Cat Evans

現在、ウィリアム・スミス高校の生徒は365名(他の公立高校は2千人を超えるところもある)。少人数制だからこそ、教師と生徒が密に関わり合うことができ、さまざまなニーズに対応しやすい環境がある。教師と生徒間の壁を取り払うため、すべての教師をファーストネームで呼ぶことになっている。授業の始まり・終わりを告げるチャイムは鳴らず、壁に掛けられた時計があるだけだ。この学校には、教育基準を満たすものなら、どんな方法でも歓迎する土壌がある。

エルナンデスの同級生で、“スニーカーファン”を自称するアンジェラ・フローレスも、この授業を選択し、靴づくりの工程に魅了されたという。「カスタムシューズを作れるようになりたかったんです。ひと針ひと針正確に縫わないといけないから難しいけど、おもしろかったです」。授業中、生徒たちの目は靴にくぎ付けで、もくもくと作業に徹しているが、困ったときには助け合う雰囲気があり、毎回とても楽しみな授業だったと振り返る。

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オリジナルのスニーカーを制作中のアンジェラ・フローレス
Credit: Cat Evans

新しいスキルを習得できるよう、教師が独自のカリキュラムを考案することで生徒たちの可能性の扉を開く。「プロジェクト型学習」はまだ歴史が浅い取り組みだが、ハントが提供しているスニーカー制作は、創造性の向上を目指すウィリアム・スミス高校の将来性と必然性を示す授業のひとつとなっている。

By Cat Evans
Courtesy of Denver VOICE / International Network of Street Papers

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