43歳の彼女の仕事には、パソコンもユニフォームも要らない。緑色のオーバーオールに、ポケットからは小さなぬいぐるみをのぞかせ、三角帽や野球帽をかぶって働く彼女の仕事は、学校や病院、難民センターを訪れて、子どもをサポートするクラウン(道化師)だ。 

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イネス・ロスナー


「自分がクラウンになるなんて、思ってもみませんでした」と言うイネス・ロスナー。「子どもの頃、クラウンがふざけて唾を吐くのを見て、ネガティブなイメージを持っていたんです」。しかし今では、クラウンとしての活動に心底やりがいを感じている。2019年には、もっと多くのクラウンをドイツの学校現場に送り込むため、仲間とともに「トゥルー!モーメンツ(True!moments)」組合を立ち上げ、ベーブリンゲン市からも若者の支援機関として認定されている。現在は、10人のクラウンが州内の10校で活動している。

以前はソーシャルワーカーとして主に犯罪者や若者をサポートする仕事をしていたロスナーだが、その仕事の一環で、医療現場にホスピタルクラウンを派遣する「ドリームドクターズ」と一緒になる機会があった。「クラウンは面白おかしいことをするだけでなく、人々の感情と向き合う存在なのだと教わり、心を揺さぶられたんです」と振り返る。子どもの頃からクラウンに抱いていたイメージが大きく変わった。「相手の気持ちを敏感に感じ取り、それを自分の中に取り込んで、大げさに表現してみたり、皮肉を交えたり、わざとぶきっちょに演じたり、いろんな表現方法で相手に返す、いわば“出会いのアーティスト”ですね」

「子どもが自分で決められる力」を促す小児病棟での活動

シュトゥットガルトのオルガーレ小児病院では、5人のホスピタルクラウンと共に活動している。訪問先に応じて、クラウンの役どころを演じ分けている、と語るロスナー。「小児病棟を訪れるときは、子どもたちが“自分で意思決定できる力”を取り戻してほしいと思って活動しています」。

重い病気で入院生活を送る子どもたちは、一日に何度も人が部屋に出入りし、さまざまな処置を受ける中で、やるせなさにとらわれがちだ。「いずれも医学的に必要な処置ばかりで、最善を尽くして行われています。それでも子どもたちは、病気やそれにまつわることに無力感を覚えてしまいます。だからこそ、少しでも自分で決められる経験が大切になるのです」

入院中の2人の少年がブブ・バウム(ロスナーのクラウンネーム)を病室から追い出す。なんとかして部屋に入ろうと、いろんな言い訳をもちかけて少年たちを説得するブブ。次は何と言ってくるだろう、少年たちはワクワクしながら耳をすます。

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大きな赤い鼻ととんがり帽がイネス・ロスナーの仕事着だ

クラウンの手当ては、子どものこころの支援活動に年間8万ユーロ(約1200万円)超の資金を提供している「オルガーレ病児財団」から支払われる。財団代表を務めるステファニー・シュスター医師は「心理学の訓練を受けたホスピタルクラウンの活動は、治療としてだけでなく、子どもたちの将来にとっても非常に重要です。だからこそ、当財団ではクラウンの育成資金を継続的に拠出しているのです」と話す。

気持ちを通わせ、失敗をゆるす

クラウンは性別も年齢も不詳。そのせいか、子どもたちがほかの誰にも言えなかった打ち明け話をしてくることもよくある。子どもたちの信頼を得るには、学校の日常に溶け込むことが大切で、一度きりの訪問でできるものではない。ブブも毎週学校を訪問し、さまざまな活動に参加している。「生徒たちと学校の社会活動の架け橋になることがクラウンの役割だと思っています」とロスナーは言う。

担任の先生から「ドイツ語がまったく話せず単語もわからず、どうしていいかわからない」と聞いていた難民の少女がいた。ブブは少女の隣に座り、ポケットから“スパイク”という名のハリネズミのぬいぐるみを取り出した。スパイクは「ブブができないこと、やろうとしないことなど、いろんなことができる存在です」とロスナーは言う。

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はりねずみのぬいぐるみスパイクは、クラウンチームの欠かせない一員だ

「スパイクは女の子の腕によじ登り、くんくんと匂いをかぐそぶりをしたかと思うと、宙返りをして、自己紹介をしました。すると、女の子はスパイクを机の上に置き、ポーズを取らせて、絵を描き始めたんです。最後に、私が持っていたスパイクの写真をあげると、にっこりほほえみました。後日訪れると、女の子から笑顔で挨拶し、帰り際には自分が描いた絵をくれました。言葉の壁を超えるには時間がかかりますが、触れ合い、気持ちを通わせ、関係の土台をつくっていくことはできます」

感情が複雑に絡み合う場である学校で、どうしておどけたクラウンが溶け込めるのかと問うと、「クラウンはとにかくトラブル好きな性分です」とロスナー。「クラウンの行く手には、いつもトラブルが巻き起こります。ひとつ解決したら、ふたつ新しいトラブルが起こる日々。まさに“七転び八起き”な人生を送るクラウンだからこそ、困難な場面でお役に立てるんだと思います」。

何かと“成功”が良しとされるこの世の中で、失敗を許す、そんな自分を笑い飛ばす、そんな姿勢も大切なのだとロスナーは信じている。

True!moments
https://www.truemoments-clowns.com

日本ホスピタル・クラウン協会
hospital-clown.jp

By Anne Brockmann
Translated from German by Peter Bone.
Courtesy of Trott-War / International Network of Street Papers


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