「天然酵母でつくるパンのおいしさを伝えたい」と話すのは、栃木県那須塩原市「Rakuda」を女性一人で切り盛りする山下三奈さんだ。今回は山下さんに、お店の特色や設立の経緯、ビッグイシューとの関わりについて聞いてみた。
「自分は何にもなれない」我が子の一言で一念発起。「Rakuda」が開店するまで
「大学では写真を専攻していましたし、自分でパン屋をやるとは思っていませんでした」と、山下さんは語る。大学を卒業後、東京のゲーム会社に就職。2年ほどで地元へ帰ることになり、仕事を探す中で趣味がパンづくりだったこともあり、いくつかのパン屋で働き始めた。
「でもある時子どもが、『自分は何にもなれない』って言いはじめて。『お母さんはいつも、“パン屋になりたい”って言うのに、なってないから、自分も何にもなれないと思う』って言ったんです。それを聞いて、『じゃあお母さん、やるよ』と。ちょうど友人たちからも『自分でパン屋を始めたら?』と言ってもらっていたタイミングでもあったので、そこから本格的に動き出したんです。」
こうしてパンの製作と販売に動き始めた山下さん。まずは店舗を持たず、イベントへの出店や知人の店で販売をすることから始めた。当初は『なるべく電気など動力を使わず、自分の手でパンをつくりたい』という想いがあり、すべて手ごねで製作。小さな活動から徐々にその評判は広まり、晴れて「Rakuda」の店舗をオープン。2013年のことだった。
製作と販売への想い。「天然酵母でつくるパンの『おいしさ』を選んでもらいたい」
大量のパンを安定的に供給しようとすると、生地の発酵力を高めて味を安定させるために、製パンに適した酵母だけを培養した『イースト』を使用するのが一般的だが、山下さんは自家培養した『天然酵母』を使う。「天然酵母って発酵もゆっくりで、時間がすごくかかってしまうんですね。
時間も手間もかかるけれど、私はそういう手間がかかるものが好きというか、そのくらいしか自分の売りがないというか…(笑)
自分一人でやってるので、パンの種類も多くは焼けません。大きな規模のパン屋ではできないこと…と考えた時に、自分にできるやり方となると、このようになりました」
「食材もなるべく農薬や添加物を使わないオーガニックのものを選んでいますが、価格が上がりすぎないようにしています。やっぱり、日常的に食べてもらいたいなと思うので。」と、山下さんは語る。
パンづくりや販売への想いも、こう語った。
「天然酵母やオーガニックの食材が当たり前に使われるようになるといいな、という思いもあります。でも、天然酵母やオーガニックだから、という理由で選んでもらうより、いろんなパンがあるけど『美味しいから食べたい』と思ってもらえるのが理想ですね。天然酵母だからありがたく食べるものだとも思っていなくて。イーストを使ってるとか、天然酵母とか関係なく、いくつかある好きなパンの一つ、という感じで、うちのパンも選んでくれたらいいなと思います。」
深夜から仕込みが始まることの多いパン屋だが、Rakudaは製造から販売まで山下さんがたった一人で家事も並行しながら切り盛りするため、週に2・3回ほどの不定期営業。
当初は、店舗でパンを販売しきれなかったときは、町に出て行商をしたり、夜までオープンしている友人のお店(お菓子屋さん)や、卸先のカフェに代理販売を依頼したりなどして、ロスにならないように頑張っていたという。そこから徐々に口コミでおいしいと言う人が増え、さらにコロナ禍を受けて始めた通信販売のおかげもあり、今はロスが出ることのない人気ぶりだ。
10年以上前、「何にもなれない」と言っていた子どもは、パン屋を営み続ける母の様子を見てどう感じるようになったのかと聞くと、「(何もなれない、と)“そんなことを言った記憶がない”って言ってますね」と山下さんは笑う。当のお子さんは今年の春に高校を卒業したのち、有機農業の学校でボランティアをし、多国籍の人と話す機会も多いために英語も身につけている。来年はデンマークに行きたいと言っているそうだ。
ビッグイシューを、なるべく多くの人に知ってもらいたい
Rakudaでは、2019年から雑誌『ビッグイシュー日本版』の委託販売も行なっている。「東日本大震災の前から、那須の地域でアースディを企画したり、エネルギー問題などの社会的な課題について考えようと、仲間で集まったりすることがあったんです。その中心になってくれていたのが、那須で『非電化工房』を運営している藤村靖之先生。ビッグイシューを知ったのは、藤村先生がビッグイシューの取材を受けて記事が掲載されたことがきっかけでした。その時に、内容がすごく面白いなと思ったんです。」
(参考 非電化工房 http://www.hidenka.net/)
「お店を始めてしばらくした頃にビッグイシューのことを思い出して、『紹介していけたらいいな』と思いました。近くに販売者さんがいるわけではないので、ビッグイシューの存在を知らない人が多いなと思っていて。うちで買わなくても、『こういう雑誌があるよ』と毎回お知らせし続けていけば、例えば今の若い子たちが東京に出て行った時に『地元でも見たことがあるな』と思ってもらうとか。そういうきっかけになれたらいいなと思って、お店で販売を始めました。」
Rakudaを訪れるお客さんのなかには、「以前、ビッグイシューを買っていた」と声をかけてくれる方や、定期購読をしている方もいらっしゃるそう。
「雑誌の内容を紹介するポップを貼るようにしているのですが、それを見た方が『この間のあの号、ほしいな』と思い出してくださって購入されたり、内容に関するお客さんとの会話が生まれることもありますね。私もなるべく読むようにして、SNSで自分の言葉で紹介すると、反応してくれる方が多いですね。」
小さい何かが、あちこちで起きている。その一員になりたい
最後に、委託販売を迷われているお店の方に、メッセージを。「やっぱり内容がすごく面白いですし、ぜひおすすめしたいですね。一つ一つの記事はコンパクトで読みやすいので『ちょっとの待ち時間に読めるのもいいね』と言ってくださる方もいらっしゃいます。個人的には、ホームレス人生相談のコーナーがすごく好きです。販売者さんの回答が優しくて、いつも心うたれています。」
「草の根運動という言葉も好きなんですけど、小さい何かがあちこちで起きてる、その一員になれたらいいなと思います。ビッグイシューを販売されている他のお店を見ても、考え方が似てるなとか、なんか『つながっているな』という喜びや連帯感を感じるんです。」
取材・記事作成協力 屋富祖ひかる
●Rakuda
住所:〒325−0056栃木県那須塩原市本町2−11
TEL:0287−63−2986
営業時間:13時〜17時
URL:https://instagram.com/rakuda.b
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『販売者応援3ヵ月通信販売』参加のお願い
3か月ごとの『ビッグイシュ―日本版』の通信販売です。収益は販売者が仕事として"雑誌の販売”を継続できる応援、販売者が尊厳をもって生きられるような事業の展開や応援に充てさせていただきます。販売者からの購入が難しい方は、ぜひご検討ください。
https://www.bigissue.jp/2022/09/24354/
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ビッグイシューについて
ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。
ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊450円の雑誌を売ると半分以上の230円が彼らの収入となります。