行き過ぎた大量生産・大量消費の当然の帰結として、世界的に高まっているサステナビリティ(持続可能性)の課題。企業は「最高サステナビリティ責任者(Chief Sustainability Officer)」といったポストを設けて対応に当たらせるかもしれないが、それだけではまったく事足りない。アリゾナ州立大学の教授でサステナビリティを専門とするクリストファー・ブーンが『The Conversation』に寄稿した記事を紹介しよう。

ビジネスにかかわる従業員すべてが、日々の業務判断において、持続可能性を第一に考えられるようになる必要がある。製品デザイナー、サプライチェーン管理者、エコノミスト、科学者、建築士といった専門知識を有する者たちが、サステナビリティの観点から現状のやり方を見直し、自社や地球の健全な状態を改善する方法を見出していかねばならない。

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従業員がサステナブルな素材や作業工程について考えられるようになると、企業としてのイノベーションや収益につながりうる。Sona Srinarayana/ASU

昨今の企業が注目しているのは、サステナブルな観点から物事を考えられる人材だ。筆者らが世界の求人広告を分析したところ、職名に「サステナビリティ」がつく求人数は2021年に17万7000件に達し、この10年で10倍に増えていることがわかった。

いわゆる「グリーンジョブ」と呼ばれる仕事が急増しているのは明らかで、問題は、そうしたニーズを満たす十分なスキルを持つ人材が不足していることだ。リンクトインの「グローバルグリーンスキルレポート2022」によると、「グリーンスキル」を要件とする求人数はこの5年で年8%増加しているのに対し、プロフィールに「グリーンスキル」を記載している人の増加率は年6%にとどまっている。

あらゆる業界で持続可能性を第一に考えられる人材が求められる

米国では、環境および再生可能エネルギー関連の雇用が過去5年で237%増加している。世界的にも、化石燃料から再生可能エネルギーへの移行により、エネルギー部門全体で雇用が純増する見通しがなされている。

しかし「グリーンジョブ」とは、ソーラーパネルの設置や風力タービンのメンテナンスだけを指すのではない。最も急成長しているグリーンジョブのひとつが「サステナブルファッション」分野で、2016年から2020年にかけて年平均90%の成長率をみせている。

持続可能な社会と地球を実現するため、環境、社会、ガバナンス課題(ESG分野)の解決を目指す投資をすすめる「サステナブルファイナンス」の分野でも、新たな雇用が生まれつつある。ロンドンを拠点とした、世界有数のプロフェッショナルサービスファームであるPwC(プライスウォーターハウスクーパース)は2021年、2026年までに120億米ドル(約1兆7千億円)のESG投資を行い、新たに10万の雇用を創出する計画を発表した。

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費用削減・素材再利用を促進するサステナブルな梱包方法は、多くの企業がイノベーションを起こしやすい分野である。Justin Sullivan/Getty Images

ネットゼロ(温室効果ガス排出の実質ゼロ)を実現し、より強靭な都市への移行を担う「アーバン・サステナビリティオフィサー(都市の持続可能性担当官)」の需要も高まっている。世界的に都市部の人口が劇的な増加を続けている今、都市の持続可能性を考えることはきわめて重要だ。 2013年にロックフェラー財団が都市の持続可能性向上を支援するネットワーク「100のレジリエント・シティ」を立ち上げた時点では、専属の担当官を置いていた都市はほとんどなかったが、現在では、250以上の地域で1000人を超える専門家が「アーバン・サステナビリティ・ディレクターズ・ネットワーク(都市における持続可能性担当者のネットワーク)」に参加している。

幹部役員に「最高サステナビリティ責任者」を据える企業も、2016年の9%から2021年の28%へと3倍に増えた。サステナビリティの広がりとそこから生まれるビジネスチャンスを考えると、こうしたスキルは組織内でさらに需要が高まるはずだ。

グリーンスキルの習得方法

多くのグリーンジョブで求められるのは、創造的な問題解決能力や技術力といった総合的スキルだ。現場で学べるスキルもあるが、適切な資質を備えた求職者を増やすには、雇用側のニーズを踏まえた効果的なトレーニングの機会を用意する必要がある。キャリアのどの段階であろうと、サステナビリティ関連のスキルを身につけられる方法を提案したい。

<大学で履修する>

「サステナビリティ」が、大学の履修プログラムにも幅広く組み込まれるようになっている。15年前にはサステナビリティを学べる授業はわずか13しかなく、製品設計者やエコノミストがサステナビリティについて学ぼうと思っても、環境科学系の学部で単発の授業を受けるくらいしか方法がなかった。それが現在では、「サステナビリティ」の名前がついた授業は全米で3千近くあり、米国の学術機関「全米アカデミーズ」では、サステナビリティ関連の教育を受けるには、知識とスキルを融合させ、問題解決や解決策開発のための行動に結びつけることを目指す「コンピテンシーベース」のアプローチ*1 を推奨している。
*1 知識の習得を最優先した「コンテンツベース」に対し、習得した知識を活用する思考力・判断力・コミュニケーション力・主体性などの習得を重視する。

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今や米国の大学では3千を超えるサステナビリティ関連プログラムが提供されている。Andy DeLisle/ASU

<マイクロクレデンシャル>
本格的な学位取得に取り組む時間がない社会人には、大学や専門家集団が提供する短期コースやマイクロクレデンシャル*2 がひとつの方法となろう。たとえば、風力エネルギーの技術、事業運営にESGの観点を取り入れる方法といった特定スキルに関するコースやワークショップを学ぶのだ。大学での学位取得よりも時間がかからず、費用もはるかに安いため、収入の少ない人でも受講しやすく、当分野の多様化にも役立つだろう。
*2 社会のニーズに合った特定の分野を学び、その学習成果を証明するもので、有能な人材育成方法として注目を集めている。


<専門研修>
マイクロクレデンシャルと似た選択肢として、サステナビリティ関連職に特化したオンライン検定プログラムもある。Google社ではアリゾナ州立大学と提携し、プロジェクト管理スキルを学べるオンラインコースを提供。プロジェクトマネジメントの認定証を取得でき、さらにアリゾナ州立大学で、サステナビリティ課題のアナリストを育成する専門講座を受講することが可能となっている。プロジェクトマネジメントは、米国労働省が急成長を見込んでいる分野で、今後10年間で10万の新規求人が予測されている。

Google Project Management Certificate 

<企業研修>
一部の企業は、独自の社内研修を開発している(気候科学、サステナブルファイナンス、サステナブルレポーティングなど)。企業全体にサステナビリティの視点を浸透させるには、全従業員に一定レベルの研修を提供し、理解を広める必要がある。実際、スターバックス、HSBC、セールスフォース、マイクロソフトは、全従業員向けの研修プログラムを設けている。

人材不足の解消に向けて

マイクロソフトとボストンコンサルティンググループが実施した調査によると、大手企業に所属するサステナビリティ専門家のうち、関連学位を持っている人は43%にすぎず、サステナビリティ関連リーダーの68%が社内からの登用だった。
世界規模で持続可能性を高め、気候変動に対処していかなければならないこれからの時代、サステナビリティ関連の職務のさらなる増加が見込まれる。実地研修やスキルアップの機会を提供し、より多くの人々が自らの労働時間をスキルアップにあてていくべきだろう。


著者
Christopher Boone Professor of Sustainability, Arizona State University
Karen C. Seto
Professor of Geography and Urbanization Science, Yale University


※本記事は『The Conversation』掲載記事(2023年1月5日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。 The Conversation

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