英国では2023年5月4日以降、不正投票を防ぐため、投票時に写真入り身分証(運転免許証やパスポートなど)の提示が求められるようになった。この新しい規則により、民族的マイノリティやホームレス状態の人など、身分証を持つことがむずかしい何百万もの英国市民が投票権を失うおそれが出ている。

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投票所では、さまざまな身分証を受け付けるとされている。新しく導入された、無料で申請できる「投票者証明書(Voter Authority Certificate)」も含まれる。1月の発行開始以来、8万人以上が「投票者証明書」を申請したという。

内閣府委託の2021年度調査によれば、有効期限内&識別可能な写真の身分証を持ってる人は、有権者10人のうち9人(91%)だった。これはつまり、有権者約4,650万のうち、約418万人(9%)が有効な身分証を持っていないということだ。

内閣府によると、この新たな規則は、不在者投票の規制強化、ならびに有権者への不穏な働きかけ防止に必要だという。だが選挙管理委員会によると、(新規則の導入以前から)不正選挙の発生率は低い。2021年、警察が調査した選挙違反315件のうち、有罪に至ったものはない。

弱い立場にある英国市民にとって、この新しい規則が意味するものとはーー。活動家や議員の懸念事項を以下にまとめる。

有権者登録をしていない割合が高い黒人系、アジア系、少数民族

選挙管理委員会は2019年、黒人系およびアジア系英国人の25%が有権者登録をしていないことを明らかにした。全国平均では17%だ。自分に登録資格があることを理解していない、登録方法がわからない、オンライン操作ができないなどがその理由と考えられる*。

*参照: 1 in 4 black and Asian voters not registered to vote

人種平等を訴えるシンクタンク「ラニーミード・トラスト」は、身分証の義務づけが、黒人および少数民族の人々にとりわけ大きな影響を与えるだろうと指摘する。2021年の報告書には、「白人では、運転免許書などの写真入り身分証を持たない人は24%であるのに対し、アジア系ではその割合が38%、少数民族出身者で31%、黒人系では48%となる」とある。

労働党の議員マーシャ・デ・コルドバも、身分証提示義務により、「写真入り身分証を所持していない、または所持できない黒人系、アジア系、および少数民族系の多くを民主主義から締め出すことになるでしょう」と述べた。

「身分証の写真と違う」と言われて使えないLGBTQ+の人々

LGBTQ+の権利団体ストーンウォール(Stonewall)は、すでに不平等な扱いを受け、パスポートや運転免許証を持つことができていない人々にとって、身分証提示義務はさらなるハードルになると指摘する。

同団体が2021年に実施した調査では、トランスジェンダーの約4分の1、ノンバイナリーの5人に1人が「写真入り身分証を持っていない」と回答した。「トランスジェンダー、ノンバイナリー、従来のジェンダーに適合しない人々にとっては、身分証にある写真、名前、性別が、自身のジェンダー・アイデンティティーと一致していない可能性が高い」と報告者では述べられている。

身分証の写真と外見が異なると投票を断られるおそれがある、とトランスジェンダーの権利擁護者は懸念する。「トランスジェンダーの人たちは、外見を変えても、経済的な理由から身分証の写真を更新できていないこともあります」と、慈善団体ジェンダード・インテリジェンス(Gendered Intelligence)の広報責任者カーラ・イングリッシュは言う。写真を更新できたとしても、“人目を避けるために” 写真とは異なる外見で投票に行く人もいる。

身分証を取得しづらく、取得したとて保管する場所のないホームレスの人々

身分証提示の義務づけによって、住まいのない人たちはますます投票しづらくなるだろう。ホームレス支援団体クライシス(Crisis)のマット・ダウニー代表は、「野宿者など深刻なホームレス問題にぶつかっている人たちは、身分証の取得や保管に苦労しています」と指摘。「それに、オンライン申請するためのパソコンやスマホを持っていません。住所を証明するものがない彼らにとっては、身分証の提示は絶壁にも思えるハードルとなるのです」

英国では、住まいがない人でも、緊急シェルターなど一定数の時間を過ごしている場所、または公園のベンチや出入り口に一番近い建物の住所を示すことができれば投票はできるが、内閣府の2017年度データでは、住まいがない人で投票登録をしているのはわずか2%だった。

By Lin Taylor
This article first appeared on Context, powered by the Thomson Reuters Foundation. Courtesy of the International Network of Street Papers.

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