有限会社ビッグイシュー日本では、ホームレス問題や貧困問題、ビッグイシューの活動への理解を深めるため、企業や学校から依頼を受け、講義をさせていただくことがあります。
今回の講義を企画したのは、和歌山県のきのくに国際高等専修学校の生徒・平澤さんです。きのくに国際高等専修学校(以下、きのくに高専という)は、主体性を重視した自由教育の学校。全国5ヵ所にある系列の小学校・中学校を運営するきのくに子どもの村学園の取り組みは、過去に雑誌『ビッグイシュー日本版』201号(SOLD OUT)の特集でも取り上げています。
テストや宿題がないことでも知られている、きのくに子どもの村学園の教育。小・中学校から修学旅行先なども生徒たちの話し合いで決めています。
今回のきのくに高専の皆さんも、各地の自立支援の現場に訪問するフィールドワークの一環として、ビッグイシューの講義を企画・依頼してくれました。9名の生徒のみなさんへ、ビッグイシュー大阪事務所長・吉田、スタッフ・平本、販売者・佐藤さんがお話させていただきました。
「自分で決めると力が湧く」ビッグイシューが考える自立支援
はじめに吉田から“ホームレス”という言葉のもつイメージや、ホームレス状態に至るまでの背景を解説。“ホームレス”と聞くと、一般的には「汚い」「暗い」などのイメージを持たれがちですが、その言葉はあくまで“状態”を表すものであり、人柄や性格を表す言葉ではないことをお伝えしました。また、みなさんを「コンビニの経営者」と仮定し「“若くて仕事経験は少ないが、保証人がいて自宅の連絡先もある人”と、“仕事の経験が豊富だけれど高齢で、保証人がおらず連絡先がない人”、どちらを採用するか?」というテーマで意見交換も行われました。
生徒さんからは「若い人はコンビニ以外にも仕事はあるかもしれないけど、高齢の方はどうなってしまうんだろう?」という声や、「仕事ができるのが一番だと思うけど、連絡先がない人とどう連絡を取るのか?どちらが円滑に仕事ができるんだろう?と迷います。」と、普段から対話を重視した学校ならではの、さまざまな視点からの意見が聞かれました。
吉田は「みなさんが考えてくれたように、経営者としては、連絡先のない人を雇うのは難しい場合も多いんです。そうした、自分の力だけではどうすることもできない社会的な壁があって、就職に結びつきにくい現状があります。」と社会構造の問題も解説。
職場の倒産や介護離職、病気・けが、依存症の発症などにより仕事を失うと収入が得られなくなり、家を失って、家族など頼れる人を失うなど、一つずつ階段を降りるように路上生活へと至るパターンが少なくありません。こうした路上生活の状態が続くと「自己肯定感の低下」につながることもあります。
そのため有限会社ビッグイシューでは、雑誌販売の仕事の機会を通じて、販売場所や時間、販売の工夫などを販売者自身で決めてもらい、収入につなげ、自立生活へのサポートをしていることをお伝えしました。
いじめ、登校拒否、ギャンブル依存…販売者・佐藤さんの半生
続いて、販売者・佐藤さんの半生を語るコーナー。北海道ののどかな街で生まれ育った佐藤さんは、小学生のころ両親が不仲になったことを機にふさぎ込みがちになり、徐々に人間関係が苦手になっていったそう。学校でもイジメや不登校を経験。高校卒業後、地元の工場で勤務するも長続きせず、アルバイトを転々とします。やがて給与が入ると、お金をパチンコにつぎ込む生活を繰り返すようになりました。
販売者の佐藤さん(右)スタッフの平本(中央)
佐藤さん「最初のうちは趣味程度だったんですが、一度勝つと“簡単にお金が入るもんや”と思って、徐々にのめり込んでいきました。」
手元に入ったお金をパチンコに注ぎ込み、お金がなくなると自宅に引きこもるという生活を繰り返した佐藤さん。自宅には居場所がないと思い、家を出て路上生活へ至ったといいます。
佐藤さん「当時は助けてくれるところもわからなくて旭川で路上生活をしていました。近くの図書館に行ってみたら、支援者の方に『炊き出しありますよ』と声かけてもらったんです。そこからシェルターに案内され、仕事を紹介してもらえる役所の窓口につなげてもらいました。」
こうして市役所の紹介で、各地に派遣される土木作業員として勤務することになった佐藤さん。大阪に派遣され、泊まり込みで勤務していましたが、職場の人間関係に疲れてしまい、退職の道を選びます。仕事と住まいを同時に失うこととなり、再び路上生活へ。
佐藤さん「毎日生きることで精一杯でした。何を食べるか、どこで寝るか、ずっと考えていましたね。日中はほとんど図書館で過ごしていて、その時に“自分はいったい何者や?”と考えて、それまでの人生を振り返るとギャンブルが足を引っ張ってたと気づいて。いろんな本を読むうちにギャンブル依存症のことを知りました。」
その後、自立支援施設に入所した佐藤さん。その頃、認定NPO法人ビッグイシュー基金の運営するフットサルチームの活動へ参加したことを機に、雑誌「ビッグイシュー日本版」の販売の仕事を知り、販売者となりました。
佐藤さん「今は、販売の仕事以外にも好きなことを見つけて、いろんなことに興味を持つことができています。今は入所施設で生活してギャンブル依存症とも向き合い、回復に向けて取り組んでいます。」
「販売をする上で気をつけていることや、工夫していることはありますか?」と聞かれると、佐藤さんは「購入しに来てくれた人にしっかり挨拶することですね。見送る時にも必ず、相手の体を気遣うことは忘れず“お体に気をつけてください”と伝えるようにしています。来てくれた方には、気持ちよく帰ってもらいたいですね。」と回答。
今までの仕事とビッグイシュー販売の仕事との違いについて「自分を大事にしようと思ったことかな。お客さんは自分の状況も理解した上で購入してくれているので、それに応えたいですし、だから挨拶も大事にしようと思いますね。お客様ひとりのためにこれだけできるというのも、活力になっています。」と表現しました。
最後に高校生の皆さんへのメッセージとして「苦しいことがあったらまずは『助けて』と伝えてほしいですね。そうすれば必ず誰か振り向いてくれると思うので。僕も、助けてと言えたから生きていられると思います。自分自身をまず大事にしてほしいです。そうじゃないと、相手に何もできないと思っています。」と語りました。
きのくに高専生からの質問「自立ってなんだと思いますか?」
最後は、質疑応答の時間。佐藤さんだけでなく、ビッグイシュースタッフの考えを聞きたいという質問も多く、深い対話の時間となりました。Q.佐藤さんの子ども時代の話を聞いて、“自分が自分でいていいよ“と肯定してくれる環境が大事だと思いました。見守って、失敗させてくれる場所も必要だと思います。佐藤さんは、どう考えますか?
佐藤さん「僕の場合は家庭や学校に加えて、住んでいた地域のつながりが強くて、何か失敗するとすぐに話が広まってしまい、自分がダメな奴だと烙印を押されたような気持ちでいました。でも日雇いで働いていた頃、“自分で食べる分(だけでいいから)、ちょっとは稼げ”と励ましてくれた人がいて、今でもその人に感謝しています。みんなが“あかん(だめ)”って言っても、一人でも“大丈夫”と言ってくれる人がいたのは大きかった。見放さないでいてくれる人がいて頑張れたし、自分に何かできるかもと思えました。」
Q.「自立支援」について、佐藤さんはどう考えていますか?
佐藤さん「僕は今、施設に入って一人で生活する訓練をしています。ビッグイシューの仕事をしながら、自分に何ができるか?と模索している状態なんです。自立支援と言っても、仕事を見つけるのか、生活を立て直すところなのか、一人ひとりにその時整えていくべきことが違うと思います。僕の場合は、生活リズムを整えることと、ギャンブル依存と向き合うこと。自分の抱えていることを一つずつ解決していかないと、いきなり仕事や一人暮らしを始めても元に戻るのではと思っているので、しっかり向き合おうと思っています。」
吉田「 “家がない”という状態の方のなかには、依存症や精神疾患を抱えている人もいて、ビッグイシューが全ての問題を解決できるかというと、難しいと思っています。ホームレス状態にある方々が、その人に合った方法で解決できるような選択肢があればあるほど、豊かな社会なのではないかと思います。」
Q.佐藤さんにとって、自立ってなんだと思いますか?
佐藤さん「住むところがある、ご飯が食べられる、仕事がある。それが自立かなと思います。僕もこの先、一人で住むことになりますが、それがゴールではないし、そこからがスタート。自分でも“自立ってなんだろう?”と考えているけど、今は生活に困らなければ十分なのかなと思います。」
吉田「自立とは何かって難しいですよね。仕事して、税金を納めたら自立だという人もいれば、生きているだけで自立だという人もいる。なかなか定義できないことだと思います。」
Q.住む家はありながらも居場所がないと感じていたり、知人の家を渡り歩く人がいたり、そうした外からは見えにくい“生きづらさ”を抱えた人も多いと考えます。佐藤さんはどう思いますか?
佐藤さん「そうですね、やっぱり“助けて”と言わないと伝わらない。“助けて”と言える環境や社会をつくることが大事なのかなと思います。」
Q.佐藤さんにとってビッグイシューは、どういう存在ですか?
佐藤さん「初めの頃は、“ただ販売するだけ”と思っていたお仕事だけど、雑誌の内容から、社会にはもっと知っておくべきことがたくさんあると考えるようになりました。ビッグイシューがなかったら、自分はどこで何をしているかわからないです。生きる術を与えてくれた場所だなと思います。」
きのくに高専の生徒の皆さんからの質問は、事実確認よりも販売者やスタッフの考えを問うものが多く、「“自立”とは?」「自立に必要なこととは?」販売者やスタッフも改めて考える貴重な機会となりました。
“さまざまな人の自立や幸せの価値観に触れたいと思った”
今回の講義を、きのくに高専の生徒の皆さんはどう受け止めたのでしょうか?アンケートの一部を紹介します。「数字の上で貧困を無くそうというより、一人ひとりのウェルビーイングを考えたいと思いました。」
「貧困は貧困として語るべきじゃない。その人自身を語ること、見つめることが大切だと思った。」という、貧困問題に対する視座の変化があったという声や、「誰かにヘルプを出すということの重要性が印象に残った」と販売者からのメッセージを受け止めた感想もありました。
また、この講義を企画した平澤さんは、「今回のフィールドワークで『社会で自立は必要なのか?』というテーマで学習を進めており、社会復帰への自立支援をしている団体を調べていたとき、ビッグイシューを知りました。
「幸せの要因とは何か?そのために自立は必要か」という視点で、さまざまな立場にいる人の自立や幸せの価値観について聞いてみたいと考えるなかで、ホームレス状態にある方のお話を聞く機会はとても貴重だと思い、ビッグイシューに講義を依頼しました。ホームレスの人に対しては、元々はネガティブで暗いイメージもありましたが、販売者さんやスタッフの方々が話しやすくて驚きました。」と、今回の依頼のきっかけと感想を語ってくれました。
取材・記事協力:屋富祖ひかる
格差・貧困・社会的排除などについて出張講義をいたします
ビッグイシューでは、学校その他の団体に向けてこのような講義を提供しています。日本の貧困問題、社会的排除の問題や包摂の必要性、社会的企業について、セルフヘルプについて、若者の自己肯定感について、ホームレス問題についてなど、様々なテーマに合わせてアレンジが可能です。
小学生には45分、中・高校生には50分、大学生には90分講義、またはシリーズでの講義や各種ワークショップなども可能です。ご興味のある方はぜひビッグイシュー日本またはビッグイシュー基金までお問い合わせください。
https://www.bigissue.jp/how_to_support/program/seminner/
参考:灘中学への出張講義「ホームレス問題の裏側にあること-自己責任論と格差社会/ビッグイシュー日本」
人の集まる場を運営されている場合はビッグイシューの「図書館購読」から始めませんか
より広くより多くの方に、『ビッグイシュー日本版』の記事内容を知っていただくために、図書館など多くの市民(学生含む)が閲覧する施設を対象として年間購読制度を設けています。学校図書館においても、全国多数の図書館でご利用いただいています。図書館年間購読制度
※資料請求で編集部オススメの号を1冊進呈いたします。
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『販売者応援3ヵ月通信販売』参加のお願い
3か月ごとの『ビッグイシュ―日本版』の通信販売です。収益は販売者が仕事として"雑誌の販売”を継続できる応援、販売者が尊厳をもって生きられるような事業の展開や応援に充てさせていただきます。販売者からの購入が難しい方は、ぜひご検討ください。
https://www.bigissue.jp/2022/09/24354/
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ビッグイシューについて
ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。
ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊450円の雑誌を売ると半分以上の230円が彼らの収入となります。