世界的な音楽家であると同時に、数々の環境・平和活動にも取り組む坂本龍一さん。3・11市民のつどい「Peace on Earth(ピース・オン・アース)」に参加した坂本さんが語る、3・11後の日本の変化と社会活動、そして未来。
Photos:高松英昭
478号(2024年5月1日発売)の「スペシャル企画 坂本龍一」に合わせて、すでに完売した236号(2014年4月1日発売)掲載の「坂本龍一さん スペシャルインタビュー」をオンラインで公開いたします。
ここに来ていない人に
どう関心をもってもらうのか?
東日本大震災から丸3年を迎えようとしていた3月8日、坂本龍一さんは東京・日比谷公園のステージにいた。3・11市民のつどい「Peace on Earth(ピース・オン・アース)」に参加するためだが、会場が脱原発と震災復興の機運に包まれる中、ひとり坂本さんの表情は晴れなかった。「12年末までは震災復興や原発の問題を言っていればよかったけど、もうこの国は大きく旋回して、変わってしまった。脱原発どころか、改憲、徴兵制と矢継ぎ早にやってくる中で、どうすればいいのか。これは、私たちの手に負えるものなのか……」
イベント中、3回のトークショーに登壇した坂本さんの問題意識は一貫していた。原発再稼働、ナショナリズムの高揚、憲法改正へと突き進む政権与党と、それに歯止めをかける勢力がないという現実。憂いをたたえた坂本さんの意識は、常に会場の外へと向けられているようだった。
「今日、ここに集まっている人たちは同じ問題意識をもっている人。わかっている者同士で声を上げるよりも大事なことは、ここに来ていない人、選挙にも行かない人、国がどうなっても関係ないと思っている人にどう声を届け、関心をもってもらうか。そのことを考えないといけない」
一番困っている人たちとタッグを組む
それが活動のドライビングエンジン
世界的な音楽家である坂本さんが、社会的な活動を始めたのは00年。地雷ZEROキャンペーンから六ヶ所村再処理工場への反対運動「ストップ・ロッカショ」、植林プロジェクト「more Trees」など活動は多岐にわたるが、そのキーワードは「カジュアルな社会活動」だ。「14年前に僕がエコなんて言い出した時は『坂本は気が狂ったんじゃないか』と言われたのですが、なにより僕には環境問題や脱原発といったものが小難しく思えたんです。何かを我慢してエコだとか、世のため人のためだとか、そういうことじゃなくて、エココンシャスの方がカッコイイからやるんだ、自分のためなんだと。だから、デザインにも気を遣い、音楽の要素もふんだんに取り入れて、関心のない人に興味をもってもらえるような切り口で間口を広げてやってきた。それは、ある程度成功したと思います」
そんな坂本さんだからこそ、約7割の国民が支持しながら実現しない脱原発についても、多くの人が意見を求めたがる。「ステージでは『首相に!』との声も出ましたが?」と尋ねると、坂本さんは「いや、あのね……」と苦笑する。「僕は社会活動家じゃないんですよ。本当は音楽だけをやっていたいんです。本来、音楽家がこういう活動をしないですむ社会の方が望ましい社会だと僕は今でも思っています」
ただ、もしも坂本さんがフルタイムの活動家だったなら……「やることはある」という。
「僕が一番やりたいと思っているのは、あるいはアクティビストたちにやってほしいと思っているのは、一番困っている人たち、たとえば基地問題なら沖縄の人、原発問題なら福島の人や原発を抱える地方の人たちとタッグを組むことです。現実に、3年経った今も福島では14万人もの人が避難して困っているわけで、その人たちがまず声を上げるべきだし、上げられない事情があるなら僕らが手助けをする。その協力が活動の一番のドライビングエンジンになるはずです」
「そもそも福島県は、あの自民党の福島県連さえ脱原発なんですよ。県議会も全廃炉だと言っている。こんなに強い味方はないのに、どうして一緒にやろうとしないのか。今の野党不在のこの日本で政治を変えるには、もう自民党に変わってもらうほかないんです。だとしたら、福島県から自民党を切り崩していけばいい。僕はずっとそう言っているけど、それは誰もやらない。先の東京都知事選でも、(脱原発候補の)細川さんはいいけど、小泉さんがいるから嫌だと言う。そんなことを言っていたら、脱原発なんかできやしないですよ。坂本龍馬みたいなのが一人いて、そこをつなげることができれば明治維新が起こるわけだけど、それがいない」
生まれる新たなアートの概念
一方、高まる管理社会の圧力
3・11は日本社会に大きな影を落とし、今を生きる人々にさまざまな課題を突きつけた。坂本さんも、その〝宿題〟を真摯に受け止めた一人だ。「僕も3・11のあとはしばらく音楽を聴いたり、つくったりすることができませんでした。環境問題にかかわってきた自分でさえ、自然の力というものを日常の中では忘れていた。それは、反省点としてすごくある。だから、もう3・11以前の自分には二度と戻りたくないし、震災のことは一日も忘れたことがないんです」
その思いは、音楽の創作活動にも深く影響しているという。坂本さんは、少なくともアートシーンにおいては3・11以降、新たな流れが生まれ始めていると話す。
「大きな災害や戦争など未曾有の出来事が起きれば、誰もが生と死という最も根源的な問いを考えざるをえないわけで、特に時代に敏感なアーティストは強い影響を受ける。その新たな流れを言葉で説明するのは難しいですが、あえて言えばnature(自然)や地球意識のようなもの。自然に対するチャンネルを常に開き、自然が発している声をいつでもキャッチできる意識のあり方というか……。単に美を追求するだけでなく、既成概念を破壊することが20世紀以降のアートの特徴だったとすれば、そのパラダイムが終わりをつげ、新たなアートの概念が生まれ始めている気がします」
ただ、一般社会は3年ですっかり平熱に戻り、3・11の風化も懸念される。この時代に生きるヒントはあるのだろうか。
「僕が世界のあちこちに行って思うのは、管理社会の圧力が世界的に高まっているということ。極端に言えば、路上にごみひとつ落ちているのも許さないような、社会にモノ申す者を排除する力が強まっている。だけど、最近のウクライナの政変のように、世界には自由を求めて命を張って闘っている普通の人たちがいるということも、忘れてはいけないと思います。特に原発事故という恐怖を目の当たりにした私たちは、もっと怒っていいし、もっと怖がって、怖気づくべきだと思いますね」
実際、長く環境問題にかかわってきた坂本さんの未来観は、こちらが怖気づくほどに悲観的だった。坂本さんは、最後にこう言い残して席を立った。
「未来ですか? まあ、あと20年も持たないんじゃないですか、この世界は。あなた(40代筆者)が生きている間に、世界は本当にやばいことになると思いますよ」
(稗田和博)
Photos:高松英昭
最強のアーティストが集結。第3回「Peace on Earth」
「未来の村」。自然エネルギーへの確かな一歩を
東日本大震災を追悼する市民のつどい「Peace on Earth(ピース・オン・アース)」が2014年3月8、9、11日の3日間にわたり、日比谷公園で開催された。会場には坂本龍一、加藤登紀子のほか、SUGIZO(LUNA SEA)、難波章浩(NAMBA69)、TOSHI-LOW(BRAHMAN)、佐藤タイジ(THE SOLAR BUDOKAN)、三宅洋平(NAU)ら最強のアーティストが集結。震災復興とエネルギーの未来に向けたライブ&トークに日比谷公園は来場者であふれ、これまでにない盛り上がりを見せた。
Photos:高松英昭
「Peace on Earth」の始まりは12年3月。「誰もが参加できる3・11の追悼の場を」との呼びかけに坂本、加藤らのアーティストが応え、知識人や著名人らも賛同して、ポスト3・11の社会や未来を語り合う場として毎年開催されてきた。3年目となる今年は、「未来への村」をテーマに自然エネルギーへの確かな一歩を踏み出すべく、さまざまなライブ&トークが行われ、会場には約70の市民団体がブースを出展した。
イベントを運営した鈴木幸一さんは、「震災の風化が言われる中で、今回は若者を中心に過去最高の来場者になった。今後は参加アーティストとも話し合いながら、年1度のイベントだけでなく、日常的に情報を発信する取り組みも考えていきたい」と話す。
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以上、『ビッグイシュー日本版』236号からの転載です。
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