“意図的に住まいを破壊すること”――戦時中であれ平時であれ、個人または共同体のものであれ、政府あるいは民間によるものであれ――は「ドミサイド」と称される。ロシアによるウクライナでの住居破壊を受け、国連が定める「適切な住居の権利」に関する特別報告者バラクリシュナン・ラヤゴパルは、「ドミサイドは戦闘の巻き添えというレベルをはるかに超える被害をもたらし、それ自体を国際法で禁止・処罰するべきだ」と主張している。ドミサイドは、集団虐殺(ジェノサイド)、人道に対する罪、戦争犯罪とみなされるべきだと主張するマギル大学の法学部准教授プリヤ・グプタが『The Conversation』に寄稿した記事を紹介する。
2024年1月、ガザ地区南部ハンユニスにて、イスラエルの爆撃で破壊された家屋のそばでたたずむパレスチナ人の少年。(AP Photo/Mohammed Dahman)
パレスチナ人にとって重要な意味をもつ土地との絆を破壊
住まい(ホーム)とは、単なる「建造物」や「資産」ではない。そうした住まいを広範囲に破壊するドミサイドは、個人や集団のアイデンティティ、記憶、自国との結びつきを絶やす。目下、イスラエルの爆撃によって、ガザでは全住居の6割以上もが破壊され、何万ものパレスチナ人が命を落としている。住まいは、多くのコミュニティにとって核となるものだが、パレスチナ人という国民集団のアイデンティティや帰属意識においては、とりわけ重要な意味をもつ。パレスチナの法学者ナデラ・シャルーブ゠ケヴォルキアンは、パレスチナ人にとっての住まいは「心理的・社会的な生活を守り、社会的な死から逃れるための拠りどころとなっている」と語る。
イスラエルは長きにわたり、パレスチナ人の住まいを思うがままに破壊し、パレスチナ人の土地併合をイスラエルの法律に則って進め、パレスチナ人を排除してきた。国家的、人種的、民族的集団としてのパレスチナ人に痛手を与えるべく、意図的に住居を標的としてきた。土地、領土、国民意識と深く結びついているパレスチナ人にとっての住まいを破壊するイスラエルの軍事作戦は、まさに大量虐殺と言わざるを得ない。
2022年11月、ガザ地区中部、マガジ難民キャンプへの空爆後の惨状を確認する男性。(AP Photo/Adel Hana)
ウィルフリッド・ローリエ大学(カナダ)社会事業学部のヌハ・ドゥワイカット゠シャール准教授の言葉を借りれば、「パレスチナ人は住まいを自らの存在の象徴、そして自らと土地をつなぐ手段ととらえている」。国連人権委員会も、「パレスチナ人は住まいだけでなく、オリーブや柑橘類などの農地にも深い愛着を抱いている」旨を報告書の中で指摘している。
1948年のナクバ(イスラエル建国により、75万人以上のパレスチナ人が集団で土地を追われた)に関して、政治学者アフマド・サーディと人類学者ライラ・アブー゠ルゴドが行った数々の研究では、パレスチナ人の住まいが個人的・集団的な記憶が世代を超えて受け継がれる場になっている様子が民族誌的な手法によって記録されている。イスラエル人がいまパレスチナ人の経験、文化、土地を抹殺しようとも、今なお続く大災厄は、ナクバの記憶をパレスチナ人により深く刻んでいくだけだ。
領土主権をもつ国土としてのパレスチナを守るため、また国連のジェノサイド条約によって保護された国民集団であるパレスチナ人を守るためにも、住まいという集団的な記憶がつくられる場は不可欠である。
ガザで現在進行中のドミサイド
1948年のジェノサイド条約では、「国民的、民族的、人種的または宗教的集団のすべてまたは一部を破壊する意図をもって行われる」とき、身体的または精神的に重大な被害をあたえる行為、あるいは身体的破壊をもたらす生活条件を集団に故意に押しつける行為をジェノサイドとみなしている。 ガザにおけるパレスチナ人の住まいの破壊は、これら禁じられた行為にあたる。2023年10月7日にハマスとその他の武装集団の戦闘員が行った犯罪、およびイスラエル人の人質が拘束され続けていることについて、南アフリカは国際司法裁判所にて、「パレスチナ側が起こした攻撃や挑発がどんなものであろうと、(今回のイスラエルによる)ジェノサイドは決して許されてはならない」と主張した。
イスラエルは、ごく短期間のうちに、ガザで暮らす230万人のうち75%を強制的に元の住まいから追い出した。その結果、約150万人がラファに集められ、劣悪な環境の中、たびたびの爆撃にさらされながら、路上で眠り、ゴミを燃料に煮炊きする生活を余儀なくされている。
2024年3月19日、ガザ地区ラファにて、イスラエルの空爆を受けた被災地を調べるパレスチナの人々。(AP Photo/Fatima Shbair)
シェルターや医療の不足、病気や飢餓の蔓延が大きな苦しみをもたらし、人々の命を奪っている。 子どもや高齢者、障害者、女性やLGBTQの人々はさらに弱い立場に追いやられ、深刻な身体的・精神的被害の危険にさらされている。
2023年12月、ガザ地区ラファにて、イスラエルの爆撃を受け、行き場を失ったパレスチナ人女性。(AP Photo/Hatem Ali)
ドミサイドは次世代以降にも受け継がれるほどに深い心の傷をもたらす。ガザでは、イスラエルによる広範な住居破壊、強制的移住、ガザ地区南部への長距離移動による精神的・身体的苦痛の証言となる最後の言葉を残して、ジャーナリスト、詩人、学者、医師、医療従事者、住民、国際人道支援者らが命を失っている。
医師たちは、ガザの子どもたちが手足をなくし、十分な物資も麻酔もないまま手術を受ける状況について語る。子どもが自分以外の家族全員を失う悲劇を指し、WCNSF(wounded child, no surviving family=ほかに生き残った家族のない負傷した子ども)という言葉も生まれた。イスラエル政府高官による、パレスチナの人々を人間とみなさないような発言、ガザでの恐ろしい暴力行為、時にそれを公然と祝うイスラエル軍兵士たちの姿からは、パレスチナ人の暮らしを破壊しつくそうとする意図がみてとれる。
国際法の下では、市民の財産や住宅を一方的に破壊することは違法であり、住まいが破壊されることの重大さはもっと認識されて然るべきだ。今ガザで行われている残虐行為は、集団への意図的な破壊行為「ドミサイド」だと認識する必要がある。
イスラエルがガザでパレスチナ人の住宅を攻撃するとき、それは単に人々の所有物や財産を破壊しているだけではない。 そこにはパレスチナ人を集団として滅ぼそうとするジェノサイド的な意図もある。パレスチナ人を集団として滅ぼそうと、広範囲におよぶ破壊行為は、十分にジェノサイドとみなすのに十分に説得力がある。
著者
Priya Gupta
Associate Professor of Law, McGill University
※本記事は『The Conversation』掲載記事(2024年3月25日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。
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