「毎回、同じステージはない」—ダンサー・演出家 矢内原美邦さん [クリエーターの視点]

独特の演出法。
激しく動き、踊り、
息も絶えだえに発する言葉ー

『幸福オンザ道路』 毎回、同じステージはない

役者たちが全力で駆け足をし、大声で早口にセリフを叫ぶ。腿を上げ、腕を振り、汗をまき散らし、客席に疾風を送りながら物語は進む。ハイテンションな動きとともに高速で叩き出されるセリフは、一つひとつに重みがあり、観客は必死で言葉を聞き取りながらも、常に舞台上の動きに圧倒されている。

ダンサー・演出家 矢内原美邦(やないはらみくに)さん

パフォーミング・アーツ・カンパニー「ニブロール」の主宰であり、ダンサー、振付家、演出家、作家と、多彩な表現活動を国内外で追求している矢内原美邦さん。演劇とダンスの両分野で高い評価を受けている矢内原さんが作・演出を手がける演劇プロジェクト「ミクニヤナイハラプロジェクト」の最新作『幸福オンザ道路』がこの7月、来年予定されている本公演に先駆け、横浜STスポットでの準備公演を打った。

それは、ある夫婦の部屋に訪れた、アサギユウジという男をめぐり、彼の過去と彼を取り巻く謎を解き明かしていくミステリー。矢内原さんが手がける芝居は、役者が激しく動き、踊り、息も絶えだえに言葉を発する。今まで観たことのない、独特の演出法だ。

「演劇だと、『息が切れちゃだめ』って言うんですけど、負荷をすごくかけた状態で言葉を発する、ということをやってみようと。特に今回のテーマは、『死』や『生きる』ということを扱っていて、人が生きたり死んだりする瞬間っていうのは、緊迫していたり、息切れたりしている状態のような気がしたんですね。生きているということ自体がパワフルなことなので、それを表現しようと思うと、より激しくパワフルになっていきましたね」

「生きること」と「死ぬこと」を、根本的に考えてみたいと思った

高校生の時にダンスを始めた矢内原さんは、97年に「ニブロール」を結成。日常の身振りをモチーフに現代の空虚さや危うさをドライに表現する独特の振り付けが評判となり、国内だけでなく、海外フェスティバルにも招聘されている。「ミクニヤナイハラプロジェクト」は、吉祥寺シアターこけら落とし公演の制作をきっかけに、05年に結成した。

「演劇をつくることは難しいなっていつも思っていて。観に来てくれるお客さんも、言葉としての発見を探している気がするんですね。だから、ありふれた言葉をチョイスしたくない。ダンスは自分を出してイメージをつくり上げていくおもしろさがあるんですけど、演劇の場合は、役の中に自分を出さなきゃいけないという制約もある。言葉でどう伝えるかっていうのは本当に難しいです」

稽古期間が終わって本番に突入しても、ステージを観て徹底的にダメ出しをし、セリフを変えていく。今回、矢内原作品に初参加する役者からも、「毎回、同じというステージはない」という声があがる。

「この準備公演から本公演につなげる過程で、一回一回を実験的にやってみようということで、どんどん変わっていっています。『幸福オンザ道路』に出てくるアサギユウジという人物は、サイボーグのように内臓を移植されて生き返った人間。本公演では、誰が生きていて誰が死んでいる人間かということが、もっと混沌としてくると思います」

「戯曲は続いている」と話す矢内原さん。「舞台は生き物」とよく言われているが、こんなに自由自在に変化する、そしてそのプロセスを観客が体感することができる舞台は珍しいのではないだろうか。

会場で渡されたチラシには、「この作品は完成に向けてどのような道を役者たちと共に通るのか? 私たち自身も問いかけ、お客さんとも一緒に考えていきたい」と記されている。

「重いテーマではあるんですけど、自分が今、『生きること』と『死ぬこと』を根本的に考えてみたいって思ったんでしょうね。死んですべてが終わりではない。死ぬということが、生きるということにつながっている。人を殺すこと、死ぬことを考え問いかけることによって、生きるっていうことをもっと深く考えられるんじゃないかと思っています」

舞台を観て最初に感じた、客席を巻き込むパワーの源。それは、舞台上の演者の激しい動きはもちろん、物語自身も、全力で駆け足をして息を切らし、リアルタイムで変化をとげているからではないだろうか。

(中島さなえ)

本人Photo:横関一浩 Photos:佐藤暢隆

(2010年8月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第148号より)