(2009年10月15日発売、ビッグイシュー日本版129号より転載)


1982年に石川県白峰村から、1本の肉食恐竜の歯が見つかった。以降、北陸にまたがる手取層群(てとりそうぐん)は、日本一の「恐竜産地」となった。その地に誕生した福井県立恐竜博物館を訪ねた。


「恐竜なんて出るわけない」場所から、フクイリュウとフクイラプトル産出


福井県勝山といえば、越前炭焼きに鯖のなれ鮨。

でもここ20年ですっかり恐竜の街としておなじみになった。その立役者が、福井県立恐竜博物館館長の東洋一さんだ。


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東さんと恐竜との遭遇は、24年前にさかのぼる。

1982年、石川県白峰村の桑島化石壁から、1本の肉食恐竜の歯が見つかった。発見したのは当時高校生だった松田亜規さん。長さ約2センチのこの歯化石は、先端と根の部分が折れていたが、母岩に中生代の貝化石が付着していた。

3年の時を経て、東さんのもとに届いたこの1本の歯が、研究の結果「北陸に恐竜あり!」を証明することとなった。

富山、石川、福井、岐阜県にまたがる手取層群は、中生代ジュラ紀後期から白亜紀前期にかけて、内湾や汽水~淡水湖の環境に堆積した地層。下層から、九頭竜・石徹白、赤岩の3亜層群に細分されている。この地で、日本で最初の恐竜化石調査が行われたのが、89年のことだ。

「中国やアメリカなんかは、比較的石がやわらかいので、千枚通しなんかで発掘をやるんですけど、日本は石が固いので重機を使います。石には割れ目がもともとあるので、そこを重機でできるだけ大きくぽこっと起こすんですよ」と東さん。

恐竜がいた時代の地層がそれほど多くない日本。大半は海で堆積した地層で、わずかな陸の地層も森林に覆われている。だからこそ取り出された岩石は貴重で、手取層群では、角砂糖ほどの大きさまで割っていくこともあるという。

そんな地道な努力が実り、89年からの第1次発掘調査、96年からの第2次、そして07年の第3次を通じて、数種類の恐竜化石を発掘。鳥脚類のフクイサウルス・テトリエンシス(通称フクイリュウ)と獣脚類のフクイラプトルの2体は、世界的に認められた。


中国、タイとの共同調査、わかり始めたアジアの恐竜時代

「勝山で20年前に発掘調査を始めた時には、『恐竜なんてここでは出ないよ』といろんな人に言われました。出たら出たで、『かけらばっかりだ』って言われましたし」。そう語る東さんの前には、第3次発掘で発見された恐竜の骨化石が所狭しと置かれている。

「第3次発掘では、4~5面の恐竜の足跡の面が出てきました。また、竜脚類の上腕骨とか大腿骨、肋骨、あとは、小型の肉食恐竜(獣脚類)ですね。全身で2メートル50~60センチになると思うのですが、全体の70パーセントくらいの骨化石が出てきています」と、思わず顔がほころぶ。「僕のお気に入りは、この獣脚類。このするどいツメなんてたまらんね」

恐竜が生きていた時代、大陸と地続きだった日本。日本海はなく、北陸・中国地方や北九州が、今の日本海の真ん中あたりにあったと考えられている。「つまり、勝山とか手取層群とかは、アジア大陸の一番東端だったわけです。中国・モンゴルからみれば、より海に近い場所にあったんですね」と東さん。

内陸部は乾燥しているけれど、海に近いと湿潤になる。そういう環境の違いがどう恐竜に影響を与えているのか?

「これまでの、歯1本という化石では難しかった比較が、多くの化石が出てくることで可能になってきました。勝山だと、恐竜も草食、肉食と複数種類いて、ワニ、亀、鳥、トカゲ、貝殻など古環境がだんだんとわかるようになった。全体をふまえて、中国の恐竜と比較することが、ようやくできるようになってきたんですね」


中国の恐竜研究の権威ドン・チミンさんとの共同調査は、20年の時を経て、今、新たな局面を迎えようとしている。

「第2次発掘調査までは、中国と日本でそんなに似てるものが出なかったんですが、最近になって、中国全域で竜脚類、遼寧省で獣脚類、遼寧省を含めて北半分でイグアノドンが出始めています。実際に中国と日本で似たようなものが出てくると、日本と中国が地続きだったということが改めて実感できます。恐竜の生きている時代には、国境なんてないんですよね」

70年代に初めて恐竜化石が発見されたタイとの共同調査も進む。

「なぜタイかというと、恐竜の生きていた時代、日本が一番東端だとすると、タイは一番南端なんです。インドは当時、南半球に位置していますから。時代が手取層群とほぼ一緒の地層のタイからも、よく似たものが出ています。それぞれの共通点と相違点を探ると、アジア全体の恐竜の動きのようなものがわかるのではないかと考えています」。2億年前恐竜が闊歩した土の上を、今、人間たちが行き来し、調査は続く。


全貌を見せ始めた2億年前の生命たち

恐竜博物館を訪れた日、特別展「恐竜の暮らした森―恐竜は花を見たか」が展示されていた。

恐竜時代の終わり頃にあらわれた、花を咲かせる植物=被子植物。今では、森の植物の85パーセント以上もの圧倒的多数を占め、ごく短い期間に世界を花でおおっていったことがわかっている。白亜紀に起こった、この「花のない世界」から「花におおわれた世界」への変化は、恐竜をはじめ、植物を食べる地上の動物たちにどんな影響を与えたのかを問うのが、この特別展だ。


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「恐竜が出始めたのが2億3千数百万年前ですが、その当時三畳紀の頃は、針葉樹、イチョウや、ソテツ、シダ、コケが分布していました。それが、ジュラ紀を経て白亜紀の前期になると、被子植物が出始め、針葉樹やソテツ類が減ってくるんですね。花を咲かせる植物の最古の化石が遼寧省で出始めています」

「花が咲き出すと昆虫が多様化し個体数も増えます。そうすることで、共生化、共進化するんですね。そのうち昆虫が増えてくると、これまで肉食だった恐竜たちの中から、それを食べようとするものが出てきたのではないか、と考えています。弱いヤツか頭がいいヤツかわからないけれど、餌を変えたものがいるのではないか、と。そして、その飛んでいる昆虫を『食べたい』という思いから、飛ぼうとする恐竜も出てきたのではないかと考えられています」

90年代になって、遼寧省西部の白亜前期の地層から羽毛のある獣脚類、中華竜鳥が発見され、鳥類の起源は恐竜ではないか、と大いに話題となった。

「ついこの間まで恐竜の肌は、トカゲとかワニのような皮膚だと考えられていました。ですが、この化石が出たことで、恐竜の多様性は一気に高まりましたね」

細かな糸状の原始的羽毛をもつ中華竜鳥、原始的羽毛と真の羽毛の両方をもつプロターケオプテリクス、そして現在の鳥のような特徴をもつカウディプテリクスの化石が遼寧省で相次いで見つかったことで、「鳥類の祖先は恐竜」説は、真実味を帯びてきた。動きののろい巨大組織を「恐竜」なんて揶揄するのが、死語になる日も近い。

日々進化し続ける恐竜像。今後10年で、日本で発掘される恐竜も飛躍的に増えると東さんは語る。

「そうしたら、日本は大陸の一番東の端だったんだから、ここだけで研究をしていてもしょうがない。今までの次元を一つ越えた、次のレベルのアジアでの国際共同調査が求められると思いますね」。

そう言って、顔を輝かせる。2億年前の生命たちが、その全貌を見せ始めた。

(八鍬加容子)


あずま・よういち
1949年、広島県生まれ。福井大学卒業。東京大学理学部で博士号取得。83年、福井県立博物館(現・福井県立歴史博物館)の地質学の学芸員となり、手取層群の調査を独学で行う。現在、福井県立恐竜博物館館長。






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