ビッグイシュー・オンライン編集部より:ホームレスワールドカップのスター選手、マービン・ドゥドラさんの取材記事です。貧困状態を脱するために、スポーツは何ができるのか。ヒントにあふれたストーリーをお楽しみください。(提供:www.street-papers.org、翻訳・編集して掲載)


人生を変える:ホームレス・ワールドカップ

バティストとリヴィングストンが2014年10月にチリで開催された第12回ホームレス・ワールドカップから報告する。リヴィングストンはカメラマンで、この魔法のようなスポーツイベントの姿を魅力的な映像で描いている。 バティストは、オランダの選手としてプレーするためにサンティアゴに来たマービン・ドゥドラ選手を取材した。


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[Photo by ELAINE LIVINGSTONE]


マービン・ドゥドラ(30) は、31時間の旅ののち私がチリのサンティアゴで初めて出会った人々の一人である。

私たちは二人とも、第12回ホームレス・ワールドカップのためにそこにいたが、私がただのレポーターなのに対し、マービンはストリート・サッカーのスター選手の一人だった。

私たちは長時間にわたり、とても個人的なエピソードを含む深い話をした。その中には、彼から書かないでほしいと頼まれた内容もある。辛かった思い出は振り返らず、前を見て、明るい将来に向かいたいと思っているからだ。それでも、自分の体験の一部なりともを人に伝えることは、何らかの形で他の人たちの助けになるかもしれないと彼は感じていた。


かつてオランダの植民地だったスリナムからオランダへ母や妹と引っ越してきたとき、マービンは15歳だった。

厳しい祖父母にしつけられ大切に育てられてきたが、故郷を離れた彼らは、当時のオランダで最初にして唯一のスラム街と言われていたベイルマーに流れ着いた。

「銀行のATMの周りにはよく依存症の人を見かけたし、犯罪はいたるところにあった」とマービンは振り返る。

「母親は生活費を稼ぐために、昼も夜も働かなきゃならなかった。

“なんで僕たちはスリナムを離れてしまったの?”と僕が言うと、母親は決まって“お金が十分貯まりさえすればもっと良い場所に移るわ”と答えたよ。」


マービンにとって路上には誘惑が多すぎた。

そうして犯罪に手を染めると、彼の生活はあっという間に堕ちていった。

「(ベイルマーにいると)手っ取り早く金稼ぎをする少年たちと知り合うんだよ。そして、一旦、物を店から盗んでしまうと、善悪の判断がつかなくなっていくんだ」。


彼が災難に襲われたのは24歳のときだった。「盗む相手を間違って」しまったために、犯罪仲間からひどく痛めつけられたのだ。

重傷を負った彼は病院で、今回のことはもっとひどい結末を迎えていたかもしれないと悟った。そしてそのとき、人生の選択をしなければならないと気がついた。

「この世界から抜け出さなければと思ったんだ。もっと有意義な人生にしたいし、没頭できる新たなことを見つけたいとね。」

サッカーは彼にとって行き詰ったときに緊張を解きほぐす方法となった。

そうして、地元の学校のグラウンドで近所の友人たちとボールを蹴っていたが、ある日マービンは、アムステルダム南東地区でストリート・サッカーチームの監督をしているハイレ・アフェウォルキの目にとまった。

ストリート・サッカーのトレーニングに参加するようになった彼は、やがてチームのメンバーとなる。彼の参加したチームはオランダ・ストリートカップ(社会福祉プログラムに所属する人々のみが参加できるサッカーの全国大会)で勝ち進み、優勝した。

この優勝によって彼のチームはホームレス・ワールドカップ・チリ大会(2014年)にオランダ代表として出場する資格を得た。彼らの地元アムステルダムではその一年後にこの世界大会が開催されることが決まっていた。


アフェウォルキは、少年たちにとって、正直さや規則、権威といったことが尊敬に値するとあらためて感じさせてくれた人物だ。

マービンがこの監督について話すときは、良いことしか出てこない。

「僕たちはベイルマー出身で、ハイレもそうだ。監督はそこがどんな場所かを知っている。

僕たちが悪態をついたり怒鳴りあったりすると、それがどんな理由なのか、そして僕らが本当は何を言いたいのかが監督にはわかる。監督も僕たちの一員で、僕たちを信じてくれているんだ。」


ストリート・サッカーをする前の生活を振り返り、マービンはこう語る。

「僕たちの世界は狭かった。服や電話やバイクを買ったのは仲間になるためだけだった。そしてベイルマーから離れることは絶対できなかった。

オランダ・ストリートカップは、国内のあらゆる地域でプレーするチャンスを僕に与えてくれた。それだけでもすごいことだったよ。そして今、僕はここチリにいる。

僕たちよりずっとひどい暮らしをしているチームを見たし、ここの人たちがどんな生活をしているのかも見た。物事の見方が変わるよね。そして、考えさせられるんだ。僕の状況はそれほどひどいものじゃないって。」


マービンはチリから戻ると、自分の夢見るキャリアをかなえたいと思っている。

以前に再度学校に行き始めたとき、彼は最初ビジネスの勉強を始めたが、心は別のところにあった。

そして若者(ユース)支援者のためのコースを受講し、そこで自分のスポーツへの情熱をより大きな目標のために活かす方法を学んだ。その後の一年半、彼はベイルマーにある支援組織で働き、学校が長期の休みの間に開催されるスポーツ教室で子どもたちを教えた。

「子どもたちに教える仕事はとても楽しかった」とマービンは振り返る。

「でも残念ながら、続けるための予算がつかなくなってしまったために、僕は失業し、生活のためにいろんな仕事をしたよ。

できるならユースのための仕事に戻りたい。あまりに多くの子供が、父親も、学校も、仕事もないまま育つのを見てきた。彼らの助けになりたいんだ。」


自分の家庭でもマービンはお手本になろうと努力している。

「僕の両親は離婚したけれど、オランダでよりを戻した。そして、彼らは祖父母たちと一緒にいつも僕を応援してくれた。

少年たちの中には、自分の悪い素行を家庭の事情のせいにする子もいる。

僕は絶対それはしない。僕は大切に育てられたのに、自分が間違った選択をしたんだ。

でも今では少し年もとったし、賢くもなった。

いとこたちが学校に行きたがらなかったり、間違ったことをするのを見たときには、口を挟んだりするよ。

“僕のしたような間違いをしちゃいけない”と話すんだ。僕がまだ生きているのは運が良かっただけ。だけど、本当はまったく違ったふうだった可能性が高いんだ、とね。」


二年前、マービンは10年間付き合っていた恋人と同居を始めた。物に対する彼の態度は変化したという。

「振り返ってみると、こんな風に思うんだ。僕はお金は持っていたけど、本当の価値を理解していなかった、とね。今では、まったく違う使い方をしている。恋人といっしょに旅行したり、世界をもっと見ようとしたりするために使う。」


マービンは来年、社会人学生として大学の学士課程コースに進みたいと思っている。一方で、実際のところ彼の資格には見合わない仕事でも、仕事があれば何でもしている。

「倉庫にいるときなんか、時にはフラストレーションを感じることもあるよ。

心の中で思うんだ。ここのマネージャーよりもこの現場をうまく切り盛りできるのにってね。でも、この状況は一時的なことだとわかっている。頂上を目指すには、自分自身で道を登らないとだめだってこともね。」


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[Photo by ELAINE LIVINGSTONE]


この記事の初出は『コントリビュトリア』(Contributoria)で、著者の許諾を得てここに再掲載された。この記事の著作権は以下にある。

www.street-papers.org / Freelance

(文:ダニエレ・バティスト 写真:エレイン・リヴィングストン)


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