老舗や洗練された店舗が軒を並べる東京・銀座の真ん中で、ミツバチを飼っている人たちがいる。「おもしろそう」から始まったプロジェクトは、今や銀座という街の境界線を越えて、多くの人と人とを結びつけ始めている。田中淳夫さん(NPO法人 銀座ミツバチプロジェクト副理事長)に、お話を聞いた。

NewImage



遊びを忘れない大人の街 銀座の空にミツバチ飛ぶ

田中淳夫さんは、銀座の紙パルプ会館ビルと貸会議室を運営する会社の役員をしている。数年前、永田町でもミツバチを飼っている養蜂家の藤原誠太さんが、今度は他のビルの屋上で飼える場所を探しているという話を聞いた。「おもしろそうだ」と思った田中さんは紙パルプ会館ビルの屋上を提供しようとしたが、ビジネスとして成立させるにはスペースが足りなかった。

「それなら、市民活動としてミツバチを飼ってみてはどうでしょうか」と、藤原さんは提案した。いったんは断った田中さんだったが、以前ある画廊のオーナーが言っていた言葉をふと思い出した。

「昔は大人がもっと遊んでいた。大人が遊ぶから、子どもは早く大人になりたいと思えたんだって彼は言いました。確かに近頃は、苦しそうな顔の大人が増えました。だけど銀座は大人が遊んでこそ魅力的な街。この銀座でハチミツが採れたらおもしろいには違いないと思いました」

 

ちょうど、銀座に高層ビル計画がもち上がっていた時期でもあった。

「ドバイも上海も高層ビルが建ち並び、高さを競い合うことが世界の主流みたいになっています。でも銀座は、昭和通りより西の銀座地区に56メートルというビルの高さ制限を設け、世界の主流とは違う選択をしました。これから街をどうデザインしていくべきか。銀座のみなさんが頭を悩ませていた時に、ミツバチが〝環境と共生する街〟というヒントを与えてくれたような気がしました」

とはいえ、紙パルプ会館のテナントには約500人の入居者がいて、1日5~6千人が出入りしている。社内からは当然、不安の声があがった。そこで田中さんはミツバチを飼う計画をテナントの入居者、地元商店街、消防署、区の公園緑地課などに説明して回り、了解を得るように努めた。

こうして2006年3月28日、銀座の真ん中、紙パルプ会館ビルの屋上で西洋ミツバチの飼育が始まった。

 

銀座街路樹のハチミツ カクテルや洋菓子に

養蜂家の藤原さんに指導を受けながら、農業生産法人を運営する友人の高安和夫さんと2人で始めた養蜂だったが、すぐにボランティアをかって出る仲間が現れた。田中さんの会社が運営する会議室で、勉強会を開いている友人たちだ。弁護士や建築士もいれば、アートセラピーの先生もいた。

銀座には、ハチミツの蜜源となる樹木が意外に多い。銀座桜通りのソメイヨシノ、4月の終わりから6月の初めにかけて咲く銀座マロニエ通りのマロニエ、5月から6月に咲く内堀通りのユリノキ……。これらのシーズンには、巣箱からあふれ出るほどのハチミツができる。09年の3月後半から8月初旬には、800キログラム近くのハチミツが採れた。

NewImage

「銀座はもともと職人さんの街。このハチミツをぜひ商品に生かしていただこうと、バーテンダーやシェフ、パティシエのみなさんに声をかけました」。ハチミツはカクテルやマカロン、マドレーヌなどに姿を変えて話題を呼んだ。

 

そんな養蜂も2年目に入った07年5月、田中さんは区役所から「蜂が逃げ出していませんか?」という連絡を受けた。ミツバチは巣が手狭になると「分封(巣分かれ)」する。旧女王蜂は半数の働き蜂を引き連れて巣を出ていき、残された巣には新しい女王蜂が誕生する。区の職員が目撃したのは、野生の日本ミツバチが分封している様子だった。

「銀座のミツバチは女王蜂の片羽を切っているので、分封できないようにしています。野生のミツバチのこういう姿を見ると、多くの方は驚いて駆除してしまう。行き場を失った日本ミツバチがかわいそうで救出しているうちに、屋上の巣箱がどんどん増えてしまいました」

増えた巣箱は、養蜂を希望する品川の中延商店街、多摩ミツバチプロジェクトなどに譲ったという。昨年の夏には、田中さんの夢でもあった「日本在来種みつばち養蜂講座」も開講。個人で養蜂を始めたい初心者も受講できるとあって、ロック歌手から学校の先生までと、幅広い人たちが参加した。養蜂の輪は静かに広がりつつある。

 

銀座に農家? 「ビーガーデン」を増やしたい

ミツバチは生息できる環境条件が限られた「環境指標生物」でもある。少量の農薬を浴びただけでも生きていけなくなる。人間に周囲の環境を教えてくれる貴重な存在なのだ。銀座では、そんなミツバチの蜜源をさらに広げようと、ビルの屋上で無農薬の野菜を育てる取り組みが広がりつつある。

結婚式場などが入っている区の施設「銀座ブロッサム」の屋上には、すでに野菜やハーブを植えた380 m2の「ビーガーデン」が広がっている。

 

また昨年6月には、銀座のあるビル屋上で、新潟市長と銀座のクラブのママさんたちが新潟の特産品である黒埼茶豆の苗を植えた。8月に収穫した豆は、おつまみとしてクラブで供されたという。

そして12月には、福島市荒井地区の有志が育てた菜の花約900鉢が贈呈され、福島市長とともに松屋デパートやNTT京橋ビルの屋上など数ヵ所に植えられた。「今春収穫した菜種は福島で搾ってもらい、できた油を銀座のシェフに使ってもらいます。ミツバチの蜜源を確保しようと始まった交流は、エディブル・ランドスケープ(食べられる景観)を広げていこうという大きなうねりになりつつあります」と、田中さんは言う。

 

田中さんは今春にも、新たに農業生産法人を立ち上げようと計画している。

「銀座に農家ができたらおもしろいでしょう? あちこちの屋上に『ビーガーデン』という名の農地を増やしていきたい。それが、たとえば皇居から丸の内、銀座を通って東京湾まで続く緑の道になったら、鳥や虫の休む場所ができて、東京が多様な生物のあふれる街に変わっていきます。将来的には街路樹にも夏みかんやアンズみたいに実のなる木を植えて、子どもたちと収穫したものをハチミツと合わせて、ジャムを作りたいですね」

大人の遊び心から始まった「銀座ミツバチプロジェクト」は、〝環境との共生〟というテーマを掲げ、銀座から大きく羽ばたこうとしている。
(香月真理子)

(プロフィール)

たなか・あつお
1957年、東京都生まれ。2006年3月、「銀座ミツバチプロジェクト」を友人の高安和夫氏と共同で設立。07年、「NPO法人 銀座ミツバチプロジェクト」副理事長に就任。

 

(団体情報)

NPO法人 銀座ミツバチプロジェクト
食についてのシンポジウムを開催してきた「銀座食学塾」、銀座の歴史や文化を学んできた「銀座の街研究会」の有志を中心に、銀座3丁目の紙パルプ会館屋上でミツバチを飼育。
5・7・9・11月には、環境保全型農業に取り組む生産者を応援する「ファーム・エイド銀座」を開催。


特集の前編はこちら。

(2010年2月15日発売、ビッグイシュー日本版137号より転載)




最新情報をお届けします

無料メルマガ登録で「ビッグイシュー日本版」創刊号PDFをプレゼント!





ビッグイシューについて

top_main

ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊350円の雑誌を売ると半分以上の180円が彼らの収入となります。