師走も後半に入り、いよいよ寒さが厳しくなってきた。
路上で生活しているホームレスの人は、厳しい寒さのなか、何を見てどう感じているのだろうか。春をどう受け止めるのだろうか。

四季や路上生活を「川柳」という形で表現した句集、「ホームレス川柳」という本がある。
ビッグイシューの販売者が路上で販売を開始したところ、2010年12月の初版時、3カ月で8000部を完売。多くのお問い合わせを受け、2015年に再版となった。
その人気の秘密はどこなのか。

小説家の星野智幸さんの解説をここに転載する。


ようこそ路上のお茶会へ-星野 智幸

とんでもなくはじけた句集だ。度肝を抜かれた。たとえば、この句。

 野良猫が 俺より先に 飼い猫に

 読むたびに笑いが止まらない。野良猫とホームレス脱出競争すんなよ、とか、飼い猫になるのを目指してたんかい!などと、ひとしきり突っ込んだあと、路上生活者にとって野良猫がどれほど身近で孤独を支えてくれる存在なのか、思い知り、胸を打たれる。

 この本で描かれる内容は、路上生活の厳しい現実ばかりだ。書き手は誰もが、そんな境遇に置かれたことを嘆いている。でも、半ばやけくそで嘆いており、そんな自分をどこかで笑い飛ばしてもいるのだ。次の句など、まるで爆弾のよう。

 盆が来る 俺は実家で 仏様   

一読してすぐ意味がわかるだろうか。実家と連絡を絶ってから長い年月がたち、親きょうだいは自分のことを行方不明どころか、もう死んだと見なしているだろう、お盆になるとそんな思いが浮かんでくる、というような意味だと思う。

 この句が示している内容は重い。にもかかわらず、私はぶっ飛んでしまい、ぶっ飛ぶあまり声を上げて笑った。当人が自分を「仏様」と呼んでいるのである。このユーモアはすごいと思った。こんな壮大でアナーキーなユーモアを出せる力こそが、生きる力なのだろう。そして、この句に反応して笑うことで、私もそのユーモアのエネルギーのおすそ分けにあずかるのである。

 同じく高度なレトリックで、目が覚めるほどブラックなのが、「北の風 このままいると 北枕」。読んでるこっちが凍りつくよ。

 これが書くということの効果だ。絶望的な気分で生きている現実なのに、川柳に書いたとたん、不思議なことにユーモアを帯びてくる。そのことで、日常の苦しさから少し離れることができる。

 このユーモアを分かち合いたくて、私は二〇一〇年の春、ホームレスを撮り続けている写真家の高松英昭とともに、「路上文学賞」を創設した。応募資格は「路上生活をしていること」。路上で言葉のお祭りを行って、路上生活者じゃない人も入り乱れて一緒に楽しもうという趣旨である。集まった作品群は、破天荒で活きがよかった。そこにこの句集の登場。来年には第二回の路上文学賞も計画中で、路上の言葉は今、ブレイクしかけている。

 枕元 門松がわり 靴を置く   

 雨上がり 我が寝床から 虹が立つ 

 これらは想像力の勝利だ。正月の路上の寝床が、たちまち門松の並ぶお屋敷となる。路上のねぐらにとって、寝ている最中に降る雨は悩みの一つだが、それを幻想的な光景に変えてしまう。私は真夜中の暗闇に濡れた毛布から虹が上っているイメージを浮かべて、その美しさに鳥肌が立った。

 出初め式 元消防団の 血が騒ぐ 

 ホームレス状態であろうがなかろうが、出初め式を見れば、自動的に腕が鳴るのだ。路上生活者は、「職」を失ったのであって、「職能」を失っているわけではない。  

どの句も、有無を言わせない強烈なリアリティで、こちらにホームレス生活の日常を体験させる。サラリーマンの生活にはサラリーマンの世界の常識や習慣や文化があるように、路上生活にも路上生活なりの習慣や常識がある。

 宿なしは 「福は外」へと 大豆をまく 

 何が楽しいといって、路上の価値観にまみれていくうち、自分が当然だ普通だと思っていた価値観が揺らいでくるのがたまらない。その瞬間、私は書いた人たちと同じ地平に立っている。だから、もしこの句集でわからないところがあったら、路上の人に尋ねてみる、なんてことも、この本を読んだあなたならできるかもしれない。路上生活者とそうでない者という、普段なら分断されている者同士を、言葉でつないでしまうお茶会に参加したのだから。 (ほしの・ともゆき 作家)

タイトル: 『路上のうた ― ホームレス川柳』

senryu
編集:ビッグイシュー編集部
本の内容: 第1部 ホームレスの四季/第2部 ホームレスを生きる (解説 星野智幸)
本の体裁: 文庫版、128ページ、ソフトカバー付き
定価:700円 (税込)
*路上の販売者から購入すると定価の半分の350円が販売者の収入になります。ぜひ販売者にお問い合わせください。

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ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊350円の雑誌を売ると半分以上の180円が彼らの収入となります。