2017年公開のチリ映画『ナチュラルウーマン』は、トランスジェンダーの女優が主演を務めた映画として初めてアカデミー賞外国語映画賞を受賞、映画史にその名を刻んだ。

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*「トランスジェンダー」:自分の思っている心の性別と、もともとの身体の性別が合致していないと考えている人

映画『ナチュラルウーマン』予告編


チリ人女優・歌手のダニエラ・ヴェガが鮮やかに演じてみせたのは、昼はウェイトレスとして働き、夜はナイトクラブで歌う20代の女性マリーナ。トランスジェンダーである彼女は、年上の男性オルランド(フランシスコ・レジェス)と恋仲にあり、二人は人生をともに生きようと考えている。

しかし、一緒に暮らしていたサンティアゴのアパートでオルランドは突然亡くなってしまう。悲しみに暮れるマリーナを待ち受けていたのは、オルランドの家族からの蔑視とのけ者扱い、医師や警官からの嫌がらせ。それにもめげずマリーナは、自分なりの方法で愛した人に別れを告げようと奮闘する。いつしか、観客は彼女に共感を覚える…。商業映画の’主流派’観客がトランスジェンダーの主人公に自分を重ね合わせるなど、かなりめずらしい体験だ。

本作品に関わるようになったきっかけについて、ヴェガはこう語る。
最初は文化的なことで相談に乗ってほしいと監督から連絡をもらったんです。それから一年経ってからです、トランスジェンダーをテーマに作品を撮るからと私に声を掛けてくれたのは。とても自然な成り行きでした。
セバスティアン・レリオ監督は南米の映画界を牽引する存在だ。国際映画祭で絶賛された『グロリアの青春』(2013)は、現在ジュリアン・ムーアを主演に迎えハリウッド版リメイクが進行中だ(レリオ監督自らが手掛けている)。



レリオ監督の作品クオリティはお墨付きですから。
ヴェガは迷うことなくオファーを受けたという。

『ナチュラルウーマン』の大当たりに貢献したのはヴェガのカリスマ的存在感もある。自身もトランスジェンダーである彼女が演じたことで、この作品に臨場感と信ぴょう性がもたらされた。これまでのハリウッド映画『リリーのすべて』(2015年)のエディ・レッドメイン、『ダラス・バイヤーズクラブ』(2013年)のジャレッド・レトーなど、シスジェンダー(生まれ持った性別と心の性が一致し、その性別に従って生きる人)の俳優がトランスジェンダーを演じた時には成し得なかったものだ。

周囲の人々からの偏見や悪意、数々の試練に耐えていくマリーナだが、これらはトランスジェンダーの人々ならチリのみならず「世界中どこでも」経験すること、とヴェガは言う。

なかでも、オルランドの家族からオルランドのマリーナに対する愛情は「性的倒錯」とみなされる場面はかなり痛ましい。オルランドの前妻もマリーナに向かって言い放つ。「あなたを見ても、自分が何を見ているのか分からない」、そしてマリーナのことを怪物呼ばわりする。

人は「未知の状況をひどく恐れますし、多様性こそが人間の宝という事実を受け入れられていないのです」とヴェガは言う。主人公マリーナもヴェガに似て賢く、共感力があり、ひどい個人攻撃に遭ってもへこたれない。

超現実的な映像に秀でたレリオ監督は、『ナチュラルウーマン』でも度々空想シーンを描いている。マリーナが空中を浮遊し、スクリーンの両端をつかむようにして観客をじっと見つめるシーンがある。トランスジェンダーの人々は日々こうした視線を浴びている、とでもいうように。マリーナの太腿に立てかけられた鏡がその下にあるものをぼかし、彼女の穏やかな表情を映し出すシーンも秀逸だ。
とても美しいシーンですよね。マリーナが自分をどう見ているか、世界が彼女をどうとらえるべきかを物語っています。
トランスジェンダーの最もプライベートな身体部分を知って当然だと考える人すべてにメッセージを投げかけている。ジェンダーアイデンティティと自我は身体性を超越するのだと。

作品では、トランスジェンダーを嫌悪する「トランスフォビア」たちによる激しい暴力シーンも描かれている。ヴェガ自身も似たような経験を持つが、それでも自分はとても恵まれていると言う。
世界を見渡せば、自分の好きなことを仕事にできる能力なりチャンスに恵まれたトランスジェンダーは多くありませんから。
チリ国内のトランスジェンダーをテーマにした他作品について尋ねると、「主役はすべて私よ」と返ってきた。

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多彩な才能を持つヴェガは現在も複数の映画作品を撮影中。本の執筆、コンサートの準備と多忙な日々を送っている。『ナチュラルウーマン』全編にわたって流れる美しい歌声はすべて、オペラ歌手としても活躍するヴェガによるものだ。

将来、ヴェガがトランス俳優として初のオスカーに輝くことを期待する。しかし、オスカーが男優/女優でカテゴライズされている現状ではいったい何賞になるのだろうか。
きちんと評価されることがとても大事。いい仕事ができれば、どんな風に見られてもかまいません。大事なのはどんな仕事をしたかなのだから。
ヴェガは言った。

By Cerise Howard
Courtesy of The Big Issue Australia / INSP.ngo

ナチュラルウーマン 公式サイト

『リリーのすべて』予告編


『ダラス・バイヤーズクラブ』予告編

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