野生動物獣医になりたいと、18年前にケニアに移り住んだ滝田明日香さん。ナイロビ大学で獣医師免許を取得、ジステンパーウィルスの予防接種、ゾウの密猟対策などの仕事を続け、昨年の秋にはケニアで外国人として初めて野生動物の治療ができる許可を得た。

その喜びもつかの間、突然、腰の激痛が滝田さんを襲う。原因は広大なマサイマラ保護区(※1)を車で走りすぎたことだった。もはや車の運転は不可能とドクターストップがかかった滝田さんは、小型飛行機のライセンスを取って野生動物保護の仕事を続けようと決意。寄付を募って集まった資金をもとに、フライトスクールに通い始めた滝田さんから便りが届いた。

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気合いを入れて2ヵ月以内にライセンスを取って来い
だが、授業はちんぷんかんぷん

4月、南アフリカのヨハネスブルクで開かれた、アフリカ大陸で活動する追跡犬と探知犬20ユニットの関係者40人が集まるワークショップに出席して、より多くの犬たちの活用方法などを学んだ。その直後、ナイロビでフライトスクールに入学した。

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小型飛行機のみのライセンスを南アフリカで取得する当初の予定は、ケニア民間航空局(※2)のライセンスシステムの違いの問題で、小型飛行機でなくその上のカテゴリーのセスナライセンスをケニア国内で取得することに急きょ変更になった。大きめのセスナのライセンスを取得すれば小型飛行機で飛んでも問題ないというケニアのシステムに従うことにして、フライトスクールに入学。

先輩パイロットから気合いを入れて2ヵ月以内にライセンスを取って来いと言われたが、42歳になって学校での勉強がまともにできるのかが、やっぱり心配だった。そして案の定、初日からケニアのシステムに悩まされることになった。

1時間目の授業は「飛行原理」だった。いきなり、ちんぷんかんぷん。先生が何やら説明して問題をいくつも出すが、一つも理解できない。ノートを取るが、他の生徒たちは先生の出す質問などにも普通に答えている。結局、私はずっと何も理解することができずにボーッと先生の話を聞いているだけで終わってしまった。最後に学校で勉強したのが13年前だったので、脳みそが退化しているに違いないとまで思ってしまうほど何もわからなかった。

しかし、あまりにも理解できないことが腑に落ちず、隣の生徒に「あなたたちはどれぐらい前にクラスを始めたの?」と聞いてみた。すると「授業を開始したのは、3週間前かな」と驚くべき答えが返ってきた。「少し遅れても何も問題ないから、今日から来なさい」と先生に言われてやって来たが、3週間もの遅れだったとは! 思わずイスから転げ落ちそうになった。そんなに遅れて、全然大丈夫ではないだろうっ?!

ライセンスを取得するために合格が必須の科目は、飛行原理、飛行性能、気象学、ナビゲーション、航空機一般知識、無線交信、人間のパフォーマンスの7つ。しかし、すべての授業がまったくわからない状態で、どれだけ独学で追いつけるのかと、初日から先が思いやられた。

飛行訓練で転倒寸前の事故
心臓が口から飛び出す思い

さらに驚いたのは、実際の飛行訓練である。なるべく短時間で職場復帰したいとキャプテンに伝えると、学校は3日目から飛行訓練を入れてくれた。 大雨続きだったので結局その日になったが、初日から飛ばしてくれる予定だったらしい。初めて教官と二人乗りのセスナ152に乗り込むと、いきなり「コントロールコラム(ハンドル)を握って自分で動かしてみろ」と信じられないことを言われた。

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そして、飛行訓練5日目にして、離陸時に、心臓が止まるかと思うほどのハプニングに遭う。離陸の加速で、時速110キロで走っている途中に、いきなり教官側のドアがバン! という大きな音と共に開いたのだ。びっくりして一瞬右側を向いて0・5秒後に滑走路に目を戻すと、離陸速度に達し猛スピードで加速するセスナが左側に傾き始めていた。恐ろしいことにマニュアル車に慣れていて緊急事態はクラッチを踏むことに慣れていた私の左足は、無意識のうちに左の方向舵を踏んでしまっていたのだ。

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時速110キロで動いているセスナが思い切り左に傾き、次の瞬間に滑走路の横の草原に突っ込んで転倒するシーンが頭を横切った。教官が「飛べっ!」と怒鳴ってセスナを転倒寸前で離陸させてくれなかったら、絶対に事故になっていたハプニングだった。心臓が口から飛び出すのではないかと思うほどうろたえた一瞬で、もう二度と同じ間違いは繰り返さないと心に誓った。

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飛行11時間目にソロフライト
第一歩を踏み出したと達成感

そんな毎日を繰り返しながら迎えた、飛行訓練8日目のことだった。訓練が終わり、ベースに戻る途中で教官が滑走路にセスナを戻し始めた。一体何をするのかと思っていると、いきなり教官はドアを開けた。そして「一人でもう一周して帰ってくるように」と言うと、さっさとセスナから降りてしまった。「ちょ、ちょっと待ってーっ! 一人で飛べるわけないでしょーっ!」と、声を出して訴えたが、全然聞く耳を持たない。「心の準備ができていないから、お願いだから、来週にしてほしい!!」と頼んでも「今だ」の一点張り。そして、最後には管制塔に「生徒を初めてのソロフライトにリリースします」と連絡を入れて、ドアを閉めて歩き始めてしまった。


ほとんど何事にも動じない性格の私だが、たった一人で初めて機体の中に座っていると、ものすごい緊張と不安が押し寄せてきた。しかし、管制塔から離陸するように指令が入った瞬間“もう前に進むしかない!”と心を決めてセスナを加速させた。セスナが地面を離れて空に浮いた瞬間“意地でもこのセスナを無事に着陸させてやる!”と思いながら機体の高度を上げていった。

大きな円をかいて着地するだけのことだったが、今までの人生の中でこんなに根性がいる10分間もなかった。途中、管制塔からの無線を私が聞いていないので、何回もリピートされてしまった。それ程、セスナの速度、高度、傾きなどをチェックするのに精一杯だった。そして、自分でも信じられないが飛行時間11時間目にして無事セスナを着地させ、ソロフライト(単独飛行)を完遂することができた。
学校に戻ってくると、教官と他の生徒が“ソロ成功”の伝統で、大きなバケツ3つに貯めた水を私に思い切りかけてお祝いしてくれた。ブッシュパイロットの道を目ざし、空から野生動物を守るための道の第一歩を踏み出したと確信して、達成感を感じた日だった。

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※1  ケニア南西部の国立保護区。タンザニア側のセレンゲッティ国立公園と生態系を一にする
※2 civil aviation authority

(文と写真 滝田明日香)

▼マラソラ・プロジェクトへの寄付のお礼とご報告▼
 マラソラ・プロジェクトには多くの方から寄付を寄せていただき、本当にありがとうございました。
 2018年4月現在の寄付額は約250万円となりました。そのうちの約100万円は滝田のフライトスクールへ通うための実費やフライトトレーニングの費用に、また約110万円は今回購入が確定したバットホークという軽飛行機(ジャイロコプターよりも野生動物保護に活用されている機種で使い勝手が良い)の前金に充てました。今後、バットホークの購入の残金、ケニアまでの運送、税関、フィールドで実践するためのトレーニング、マサイマラ導入後のメンテナンスとプロジェクトの運営などの費用がかかるため1000万円以上が必要となり、継続して寄付を募っています。どうぞよろしくお願いいたします。
 なお、寄付いただいた方はお手数ですが、メールで info@taelephants.org(アフリカゾウの涙)まで、その旨お知らせいただけると助かります。
(山脇愛理/アフリカゾウの涙)

MARA SORA PROJECT支援金振込
口座名:MARA SORA
ゆうちょ銀行から振込の場合
口座番号 10130-79020661

*その他の銀行から振り込む場合
店名:〇一八
店番:018
普通預金 口座番号 7902066


ーー

以上、ビッグイシュー日本版337号より「滝田明日香のケニア便りvol.11編」を転載。

たきた・あすか
1975年生まれ。米国の大学で動物学を学んだ後、ナイロビ大学獣医学部に編入、2005年獣医に。 現在、ケニアのマサイマラ国立保護区で動物の管理をしながら、追跡犬・探知犬ユニットの運営など、密猟対策に力を入れている。南ア育ちの友人、山脇愛理さんとともに「アフリカゾウの涙」を立ち上げ、2015年6月、NPO法人に。 https://www.taelephants.org/


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▼滝田あすかさんの「ケニア便り」は年4回程度掲載。
本誌75号(07年7月)のインタビュー登場以来、連載「ノーンギッシュの日々」(07年9月15日号~15年8月15日号)現在「ケニア便り」(15年10月15日号~)を本誌に年4回程度連載しています。


316号(SOLD OUTにつきPDFで販売中)
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317号
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296号:スペシャルインタビュー:アフリカのマラウイ視察と活動10年目の思い(知花くらら)

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