「鬱病や不安障害について、これまで教えられてきた考え方は間違いだと思う。」 
ジャーナリストのヨハン・ハリ(39)は言う。鬱病は脳内物質の機能不全が原因なのではなく、私たちの生き方に対する反応だというのが彼の主張だ。



 彼は3年もの年月をかけて世界をめぐり、鬱病や不安障害の分野で目覚ましい発見や革新的治療法をもたらした科学者や医者に取材した。そのリサーチ結果と自身の鬱体験談をまとめたのが、最新著書『Lost Connections: Uncovering the Real Causes of Depression – and the Unexpected Solutions』(2018年1月出版、未邦訳)だ。

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表紙 (Bloomsbury Publishingのご厚意により)

前著『Chasing the Scream: the First and Last Days of the War on Drugs』(未邦訳)が薬物依存やその治療についての捉え方を変えるきっかけとなったように、今回は鬱病や不安障害へのアプローチ方法を根本から見直すことを提案している。

出版からまだ間もないが、ナオミ・クライン、ビル・マー(米国のコメディアン、テレビ司会者)、アリアナ・ハフィントン(ハフィントン・ポストを創設したギリシャ系アメリカ人作家)など錚々たる人物から大絶賛され、エルトン・ジョンからは「人生を変える本」とのお墨付きを得た。

そのヨハン・ハリがロンドンの自宅から弊誌の取材に応じてくれた。まずは、鬱病に関するリサーチを思い立った理由を聞いた。

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写真:サイモン・エメット

ヨハン・ハリ:
この本を書いたのは、私の頭からずっと離れない二つの謎があったから。一つ目は、なぜ私は長年、鬱病に悩まされていたのかという疑問です。

私が最初に医者にかかったのは10代の頃。つらい感情に襲われ、自分ではどうしようもないんですと訴えると医者は、「脳内にはセロトニンという化学物質があって、これが不足していると気分が落ち込みやすいんだ。きみは明らかにそのタイプだね。この薬を服用すれば気持ちもラクになるよ。」と言いました。

処方された薬を13年間飲み続けていますが、一向に鬱病は治りません。飲み始めた当初こそ気分がマシになりましたが、数ヶ月もするとまた気が滅入ってきました。再び医者にかかると、薬の量が足りてないと薬の量を増やされました。いくぶん気分が和らいだのはほんの数ヶ月だけ、また暗い気持ちに襲われました。そのパターンが、薬の最大摂取量に達するまで続いたのです。やれることはすべてやった。なのになぜ、私はいまだに鬱に苦しんでいるのか。

二つ目は、私のように鬱に苦しんでいる人がなぜこんなにたくさんいるのか、という疑問です。

鬱病や不安障害は、世界中で爆発的に増えています。今日、アメリカ人の5人に1人が向精神薬を、11人に1人が抗うつ薬を服用しています。かつてないレベルで鬱病が広がり、その余波はさまざまなかたちで目にします。

私はこの二点を理解したくて、長い旅に出たのです。当分野で先進的研究を行っている科学者たちに片っばしから会い、旅した距離は合計4万マイル。おかげで、鬱病や不安障害について多くの学びがありました。

抗うつ薬についての実情

長年薬を飲み続けながらも鬱状態にある自分は何かおかしいんじゃないか、そう思ってましたが、私は決して特別ではありませんでした。なんと、抗うつ薬を服用している人の65〜80%が引き続き鬱状態にあったのです。

ここで注目すべきは100%ではないという点です。私はこの本で抗うつ薬を真っ向から否定しているわけではありません。主張したいのは二点だけです。

一つ目は、抗うつ薬が今後も絶対唯一の解決策であり続けることはないということ。なぜなら、半分以上の人に効果が出ていませんから。確かに薬が効いている人もいますが、少数派なのです。

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©Pixabay


二つ目は、これまで抗うつ薬について語られてきたことは必ずしも真実ではないかもしれないということ。鬱病は脳内の化学的バランスが崩れることが原因で、それを正すために抗うつ薬が必要とされてきたわけですが、その説には科学的根拠が見当たらないのです。

鬱病は脳内の低セロトニン状態が原因という説について、プリンストン大学のアンドリュー・スカル教授は「大きな誤りで非科学的」と言い切りました。英国の専門家デイヴィッド・ヒーリー博士も、この説が「信ぴょう性を失ったわけではない。そもそもこの説が信用された時代などなかったのだから」とまで言い放ちました。専門家の半数以上がこの説を信じたことなどなかったのだと。

-抗うつ薬の有効性を論じた研究もたくさん読まれたと思いますが、いかがでしたか?

あなたがセルフィーを撮る時を考えてみてください。29枚撮っても、二重あごや写りがイマイチだとすべてゴミ箱行き、一番映りの良い30枚目をTinder(出会い系アプリ)のプロフィール写真に使いますよね。

抗うつ薬研究の現場でもそれとよく似たこと、つまり見栄えの良い研究結果のみが強調されがちなのです。

250人以上の被験者に対して行われたある調査では、抗うつ薬の効果が出た27人の結果のみが公表されていました。

ハーバード大学医学大学院のアービング・カーシュ教授が発見した物的証拠からも、抗うつ薬で苦痛が和らぐ人はいるが、それは服用者のごく一部であることが判明しています。

これまで鬱病は頭のなかの問題、脳の機能不全が原因とされてきましたが、私の得た知見は違いました。鬱病は、すべてではないものの圧倒的に、私たちの生き方に対する反応だったのです。

となると、抗うつ薬を全く違う風に考えざるを得ません。この点に関し、精神科医のデレック・サマーフィールド博士から聞いた話が大きなヒントになりました。

今世紀初頭、サマーフィールド博士は抗うつ薬が導入されたばかりのカンボジアにいました。抗うつ薬について知識のない現地の医者たちに博士が説明してあげたところ、彼らはこう言ったのです。「私たちに抗うつ薬は必要ありません。すでに手に入れてますから。」「どういうこと?」博士が聞き返すと、医者たちはこんな話をしました。

水田での労働に励むひとりの農夫がいました。ある日、彼は作業中に地雷を踏んでしまい、足が吹き飛ばされました。その後、義肢をつけて水田の仕事に復活した彼でしたが、義肢をつけての水中作業は非常にツラく、地雷を踏んだ場所に来るとトラウマに苦しめられ、涙が止まりません。やがてベッドから出るのも嫌がるようになりました。明らかな鬱状態でした。

「だから、彼に抗うつ薬を与えたんです。」医者たちは言いました。「どういうこと?」博士が尋ねると、「彼のもとを訪ね、なぜそんなに嘆き続けるのか話しを聴いて、分かったんです。彼に一頭の牛をあげれば酪農家になることができ、一日中水田にいなくてよいので、哀しい思いをしなくて済むと。そこで一頭の牛をプレゼントしました。数週間もすると彼は泣くことを止め、今では元気にしています。」

カンボジアの医者たちはサマーフィールド博士に言いました。
「先生、その牛が抗うつ薬だったんです。」

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© Pixabay

これまでの鬱病の捉え方と比べると、冗談のような話ですよね? でも、深く理解するほどに、鬱病は「私たちの暮らしで起きていることへの反応」という考え方が至極もっともなことに思えてきます。

全員ではないとしても大半の人は、やむを得ない理由から鬱状態になっているのです。彼らを鬱状態や不安障害に陥らせる「こと」が実際に起きているのです。

ですから、真の解決策は鬱症状が出ないようにすることではなく、なぜそこまで気分が落ち込むのかを共に考え、生活のあり方を変えてあげることです。

-鬱病の人に共通する9つの原因があったそうですが、意外だったことはありますか?

大変興味深かったのは、ギャラップ社が実施した仕事に対する人々の姿勢についての世論調査です。仕事が「大好き」「楽しい」「楽しみ」と回答した人は全体のわずか13%、好きでも嫌いでもない「仕事の夢遊状態」とも言える人が63%、「嫌い」「大嫌い」「恐い」が24%でした。つまり、回答者の実に87%が好きでもないことに1日の大半を費やし、仕事が「大好き」より「嫌い」になる可能性も約2倍。なかなか信じがたい結果です。

これと鬱病の関連性を調べたところ、数多くの証拠がありました。

決定的調査を行ったのはオーストラリアの社会科学者マイケル・マーモットです。彼が発見したのは、自分の仕事をコントロールできない人ほど鬱になる可能性が高いということ。

人間には生まれながらにして自分がしていることに意味や目的を持ちたい欲求があります。しかし、常に管理された状態にあると、自主性が持てず、自分がやっていることに意味を見いだせず、自身がつまらない存在に思えてきます。

「カンボジアの牛の話」に照らして考えると、ぎちぎちに管理された職場で働いている人が鬱病になったとして、その原因は脳に問題があるからではなく、その人の世界ならびにそのしくみに問題があるからと考えるのです。

ボルチモア(米メリーランド州の最大都市)でも別の実験が行われていました。そこで私はメレディス・ミッチェルという女性に会いました。彼女はかつて、日曜の夜ベッドに行く時間になると、この先1週間を思い気が滅入っていました。彼女の仕事はいたって普通の事務職、特に劣悪な職場環境というわけでもありません。ただ、こんな生活がこの先40年も続くと思うとゾッとしたのです。

彼女の夫ジョシュは10代の頃からボルチモアのバイクショップで働いていました。厳しく管理された職場で、仕事もかなり不安定。ある日、彼と同僚は思いました。「僕たちが自転車修理してるあいだ、上司は一体何をやってるんだ?」

夫婦は仕事を辞め、自分たちで自転車ショップの経営を始めました。従来のやり方ではなく、民主的な共同運営スタイルを採用。経営に関することはすべて二人で決め、タスクはすべて分配、収益もきっちり分け合いました。

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面白いのは、彼らを苦しめていた鬱状態や不安障害がたちまち消え去ったことです。彼らはなにも、自転車修理の仕事を辞めてフロリダでサーフィンを教えることにしたわけではありません。昔も今もやっていることは同じ、自転車の修理。変わったのは、仕事のコントロール度合いだけ。

-大きなトラウマもなく、立派な家に暮らし、素敵な家族に囲まれ、すべてを手に入れたと思える人たちが鬱病になるケースも少なくありません。これはどう説明できますか?

60年代以降に書かれた数多くのフェミニズム本を読むと、よく似たくだりが出てきます。女性が医者にかかり、こう言うのです。「精神的に参ってしまって…。私には優しい旦那もいて、彼は暴力も振るいません。車も持ち、子どもも2人います。多くの女性が欲しがるものはすべて手に入れました。なのに不安でいっぱいなんです。」 すると医者は「そうだね」と言って、精神安定剤を処方するのです。

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私が当時にタイムスリップして彼女たちに話しかけられるなら、こう言いたいです。「あなたは確かに女性が欲しがるものすべて手に入れました。でもそれらはあくまで『文化基準』に基づいたもの。本当に必要なのは、自らの存在意義、自主性や目的を持って生きているという実感、平等意識…大切なものは他にもたくさんあります。」

これは現在起きていることとも似ています。人が欲しがるものはすべて手に入れた、なのに鬱状態になる人がたくさんいますから。「文化基準」に照らし合わせたものと、その人が本当に必要なものは異なるのです。

-外因性モチベーションの行動が増えてませんか?

「人生においては金や地位を得ることが何より大事」 などと考えているあいだは、本当の幸せは得られない。

哲学者は何千年にも渡ってこう説いてきましたが、この観点から科学的研究を行ったのはイリノイ州立大学のティム・カッサー教授が初めてでした。彼は、人間のやる気を奮い立たすには「内因性」と「外因性」2つの方法があることを示しました。

あなたが午前中にピアノを弾いているとします。ピアノを弾くこと自体が好きで喜びを感じるからだとしたら、その行為は「内因性モチベーション」によるもの。何かを得るためではなく、その行為自体が大好きという状態です。

同じピアノの演奏でも嫌々ながら大衆酒場で、家賃を稼ぐため、親を喜ばせるためにやっているとしたら、その行為は「外因性モチベーション」によるもの。好きだからではなく、何かしら恩恵を受けるための行為です。

そして分かったのは、「外因性モチベーション」による行為が多いほど鬱や不安障害に陥りやすく、自分の人生に納得できなくなるのだと。

しかし、私たちの文化は常に、この「外因性モチベーション」による生き方を迫るものでもあります。自分が価値があると思うからではなく、何かを買うため、見せびらかすため、「インスタ映え」するための行動を取ってしまうように。

私たちの食生活がジャンクフードに乗っ取られ体の不調を訴える者が増えたように、私たちの心がナンセンスな価値観に占拠され、精神を病む人が増えているのが現状です。

- 鬱病の7つの解決策を提示されています。より幸せになるため、普通の人が手軽にできることはありますか?

UCバークレー校のブルット・フォード博士の研究が大変興味深かったです。私たちがより幸せになることに意識的に時間を費やすと幸福レベルは本当に上がるのかについて、アメリカ・台湾・日本・ロシアの4か国で調査を行いました。その結果、アメリカでは幸福度は上がらなかったのに、他の3か国では上がったのです。

今より幸せになろうとする場合、アメリカでは自分のモノを買う、自分の昇進を目指す、自らの利益を追いかける…「自分の幸せ」を追求しがち。本能的に「個人主義的な幸福感」を持っているのです。一方、他の3か国では「集団的な幸福感」が主流で、家族のため、所属するコミュニティのため、誰か他の人のためになる行動を取る傾向にありました。

実際に幸福度が上がったのは「集団的な幸福感」の方。(まあ、個人主義的な幸福感がうまく機能するなら、トランプ大統領はかなり幸福度の高い人間になりますね。)

ベーシックインカムがメンタルヘルスを大幅改善

1970年代にカナダで「ベーシックインカム社会実験」が実施されました。当時の自由党政権が、無作為に選ばれたドーフィンという街の全住人に対し、「今後あなた方にはベーシックインカムを提供します」と宣言、現在の価値でおよそ180万円 (US $17,000)相当を保障したのです。

これを3年続けたところ多くの成果がありましたが、私が一番注目したのは人々のメンタルヘルスが格段に改善したこと。入院レベルの鬱病は90%も減少、この変化はその他の街では見られませんでした。

「生活への大きな不安」が人々を憂鬱にさせることを物語っています。不動産所得のある人が不安障害になる可能性は、不動産所得がない人の10分の1程度です。生活への不安定感が増すと不安が高まる。ゆえに、2008年に起きたリーマンショック後に鬱病患者が急増したわけです。オバマ大統領(当時)が20年以内に実施見込みありとした「ベーシックインカム制度」は、ひとつの抗うつ薬になり得るのです。

こうした社会的要因への敏感度に生物学的因子が影響することもあります。つまり、ある遺伝子パターンは他のパターンより3割増しで社会的要因への感受性が高くなるというように。ただし、あくまで環境や心理状態における因子への感受性が高まるだけで、遺伝子が鬱病の原因になることはありません。

これまで私たちは、当事者が抱える苦悩の元とは切り離されたことを聞かされ、真の原因を理解してきませんでした。だからこそ、従来の解決策ではあまり効果が上がっていないのです。今こそ、現実を見て、鬱病や不安障害へのアプローチ方法を抜本的に見直してもよいのではないでしょうか。

Courtesy of Street Roots / INSP.ngo


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