アルゼンチンの首都ブエノスアイレス市内「バホ・フローレス地区」では、学校帰りに女子児童が行方不明になる事件が頻発している。これを受け、地元住民らが自主的にスクールバスの運行を始めた。関係者たちは少女たちが「迷子」になったのではなく「誘拐」されたとわかっていたからだ。

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ライラ・フェルナンデスは10ヶ月間に二度も誘拐された。最初は2015年、彼女が13才の時。二度目はその翌年、最初の誘拐事件の訴訟のため、役所にて証言を行った直後だった。火曜日の朝7時、スラム街にある自宅から通学していた時だ。一人きりで通学したのは最初の誘拐から3度目だったが、また学校に姿を現さなかった。

エステル・オロペサは学校からスラム地区にある自宅に帰宅途中に姿を消し、数日後に無事に見つかった。第3商業学校のジュディス・ヴェラ(15)は、11日間行方をくらました後、5月19日に発見された。

発見された少女たちは、おそろしい恐怖を体験したと口を揃えた。3日間、暗い部屋に監禁された者もいた。ブエノスアイレスの中心地ミセレレ広場で解放された少女は、ポールの上に座っていたところを警察が発見した。

3人の失踪事件には共通点がある。通学途中に姿を消したこと、そして比較的すぐ解放されたこと。早期に解放されたのは、支援団体、家族、友人、近所の人たちが迅速に行動し、SNSで発信するなどコミュニティとして団結できたからだ。

「ラ・ドミティラ号」で安心して通学

これら多発する行方不明事件を受け、「MP La Dignidad(*1)」は、地元の子どもたちを暴力、誘拐、虐待から守るネットワーク組織「La Red de Docentes, Familias y organizaciones del Bajo Flores」と連携し、女子児童たちが安全に通学できるよう取り組み始めた。

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*1 MP La Dignidad: スープキッチンの運営、ごみ収集、コミュニティ保健医療、職業訓練などの社会・文化・教育サービスを行う政治団体。

そして、バホ・フローレス地区の住民たちの手で、オレンジ色と白色のバス「ラ・ドミティラ号(*)」が月曜から金曜まで運行することとなった。スラム地区内のバス乗り場から学校まで、40人以上の少女が乗り込む。授業が終わる頃になると、外で待っているバスで家まで送り届けるのだ。

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* ドミティラ: 1977年、女性4人とハンガーストライキを行ない、独裁者ウゴ・バンセル・スアレスの失権の発端を作り出したボリビア人鉱山労働者のリーダー、ドミティラ・バリオス・デ・チュンガラにちなんで名付けられた。

失踪してから24時間ですべきこと

ラ・ドミティラ号には少年たち(13〜16才)も乗り込む。中学生になると、彼らも人身売買やマフィア犯罪の危険にさらされるのだ。警察では手に負えず、犯人たちの逮捕に至っていないケースが多い。

「MP La Dignidad」のラウラ・ビットいわく、行方不明相談センター「バホ・フローレス少女たちの家」には11〜16才の少女の失踪報告が増えている。
失踪事件の増加をきっかけに、「ラ・ドミティラ・プロジェクト」を立ち上げました。コミュニティ主導で、教員や保健所と協力し、誘拐事件発生時の行動手順書をまとめ、関係組織への連絡を取りやすくしています。政府は全く見て見ぬふりですから。
行動手順は次のとおり。子どもが行方不明になると、先ずは「検察官事務所」に報告。そして、失踪者の写真、名前、年齢、服装、失踪した時間帯、最後に目撃された場所、連絡先が公開される。その後で、ブエノスアイレス市の「失踪者センター」に連絡し、学校の捜索、よく立ち寄る場所、病院、警察署内を捜す。

性的犯罪が危ぶまれる場合は、「女性のための全国ホットライン144番」に通報される。人身売買などの犯罪を扱う検察官事務所ホットライン145番にも匿名で報告。これらの手続きはすべて24時間以内に行われる。2016年、ホットライン145番に寄せられた報告は3,256件にも上り、そのほとんどはブエノスアイレス市内からだった。

それから支援団体は、地元警察が事件を把握していることを確認する。

支援を受ける側から地域を助ける側に

プロジェクトコーディネーターを務めるアイデは小柄なボリビア人女性。足取りはゆっくりだが、きっぱりした話し方をする。25年前にボリビアから移住、スラム街の環境改善や政府の現政策に抗議する活動団体「La Corriente Villera Independiente」のメンバーでもある。
10代の少女たちが姿を消しているというのに、警察も軍も聞く耳を持たず、何ひとつ動いてくれません!
運転手を務めるエリザベスは、この数週間でバスの利用者数がぐんと増えたと言う。

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初日はたった5人だったのに、口コミで広がり、今朝は満席でした。
もう一人のメンバー、ハネットは、バスを利用する少年・少女たちの名前、通っている学校、両親の名前など、いざというときに役立つ情報を収集する係。アイデいわく「ガードマンみたい」な役割だ。

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少年たちのことを以前から知っていたわけではありませんが、姿を見かけないと、どこにいた? テストや体育の授業があるの?とまわりの友達たちに聞きます。私たちが安全確認をしているのです。(ハネット)
最初のバス停で乗ってきたのは、14才のハクエリンと15才のエヴェリン。親友同士で、どこへ行くのも一緒だという。
スラムから通っているのは私たちだけ。それもあって私たちは仲良しなの。以前は132番のバスを使っていたけど、時間はかかるし、満員だと私たちのバス停で止まってくれないこともありました。このバスだと15分で学校に着くから、ずっと快適で安心です。(ハクエリン)
バスは安全運転でブエノスアイレス市内を走り抜ける。エリザベスは大型車両の運転は初めてではないそうだ。
ボリビアにいた頃、家族が所有していたローリー車でトウモロコシを運搬していました。
当プロジェクトのことを知らない生徒もまだたくさんいる。
今朝、ある女の子がツアーバスかと思ったって言うから、「私たちは月曜から金曜まで毎日旅してるのよ」って。彼女、明日から乗るって言ってたわ。(ハネット)
アイデが話してくれた。
こんなことに関わるなんて思いもしなかったわ。おかげでいろんな学びがありました。独学で政治を学び、組織運営についても内部から知ることができました。そもそもは、私が炊き出しでお世話になったのが始まりです。今度は、私が近所の人たちを支援する番です。住民票もないスラムの住人など、政府は市民としてカウントしていませんから。彼らにとって、スラムは無人地帯なのです。

ですから、バホ・フローレス地区で起きていることを発信し、スクールバスサービスを充実させたいのです。これは、教育を受ける子どもたちにとっても重要なこと。まだバスの本数は足りていません。人身売買の犯罪リスクがあるのはここだけではありません。もっと大きなスラム街があるルガノやバラカスでは、もっと多くの子どもたちが失踪しています。女の子たちにとっては、とても危険な状況です。

だから、ラ・ドミティラ号を走らせているのです。
By Vivi Vallejos
Photos by Constanza Niscovolos
Translated from Spanish by Clare Morgan
Courtesy of Hecho en Bs. As. / INSP.ngo