自動車はその発明以来、私たちを大いに興奮させ、イマジネーションを掻き立ててきた。そして今、「自動運転車」が路上を埋め尽くす未来が現実になろうとしている。自動運転車が日常風景になるまでに解決しなければならない技術的、倫理的、社会的課題について考える。

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テクノロジー世界での多大な成功により、ここわずか数年の間に、都市には自動運転の車、トラム、バスが数多く走るようになった。道路はこれまでよりも安全になり、死角など過去のもの。「未来の車」はすべてお見通しで何ひとつ見逃さない。こんな未来都市は環境の面でも「楽園」だ。音もなく滑走する電気自動車は、賢いアルゴリズムによって常に満席。大勢の人が1人1台SUVに乗って移動する時代は終わった。この楽園では駐車場が激減、遊び歩きまわれる広々としたスペースが生まれる。


あいにく、この楽園はまだ計画段階にある。スイス連邦工科大学チューリッヒ校のローランド・シーグワート教授をはじめとする専門家らは、完全な自動運転車が走るシステム開発にはまだまだ時間がかかるとみている。サポートシステムを装備した数種のテスラ車を除けば、依然路上には運転手がハンドルを握る車がほとんどだ。コンピューターが管理できるのは車内温度とGPS情報どまり。自動運転車が主流になるには技術革新が不十分であることを認めざるを得ない。 自動走行の完璧なアルゴリズムを作り出すべく、Google(シリコンバレー)、BMW(ミュンヘン)、スイスポストの子会社ポストバス*(スイス)など世界中で開発が進められている。



スイスのヴァレー州シオン市で試験走行中の自動運転シャトルバス

スイス南部ヴァレー州の州都シオン旧市街では、2年前から小さなシャトルバスが2台運行している。そのひとつ「トゥールビヨン」が、まるで魔法のように、小さな木の橋を渡り、曲がりくねった街路を走り抜けていく。車体より20cm幅が広いだけの狭い道を走行するという第一関門はクリアだ。そのまま、ゆっくりと家々の間を走り抜けていく。

こんなに狭い道を走り抜けられるのかと多くの方が驚きますが、トゥールビヨンには容易いものです。
安全パイロットの一人が説明する。安全パイロットは、このシャトルバスに同乗してあらゆる状況を監視し、必要に応じて介入するのが仕事だ。

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車体が揺れ、トゥールビヨンが急停止した。バスに取り付けられた6つのセンサーが車体の左に歩行者を検知したのだ。待機。通り過ぎると、わずかな振動とともに発車し、平均速度に達するまで加速、プログラム通りに走行を続ける。あらかじめ、すべての街路、家、花の伸び具合までもがミリ単位で計測され、あらゆるカーブ、優先通行権、停止ポイント、速度制限が設定されているのだ。

トゥールビヨンは毎日、歴史あるシオン旧市街の同じルートを走る。まるでレールの上を滑走しているかのように。
このあたりで問題が起きますよ。
プランタ広場に近づくと安全パイロットの一人が言った。他の往来と合流し、優先通行権のルールが適用されるため、問題多発スポットとなっているのだ。

通常、トゥールビヨンはセンサーによってトラックや自転車が車両の右手を通過していることを検知でき、通過し終わってからゆっくりと発車する。しかし、今日は様子が違う。右手のトラックは停車したまま。運転手が積荷を降ろすのに時間がかかっているのだ。そうなると、安全パイロットが手動でゴーサインを出すまでトゥールビヨンは発進しない。


技術的課題:完全な自律走行は別の次元

安全パイロットの仕事はこんな介入だけではない。先週は、ランパール通りの鉄柵から垂れ下がっていた植物の蔓を押し込めなければならなかった、と別のパイロットは言う。枝や葉が風で揺れると障害物だと認識し、トゥールビヨンはプログラムに従って減速または完全停止するのだ。障害物を「回避する」という選択肢はない。安全パイロットがビデオゲームのように操作レバーで操縦しない限り、プログラムされたルートを外れることもない。
追い越しや障害物の回避ができるようになるには、さらなる改良が必要です。
と言うのは、このプロジェクトの提携企業「Best Mile」社に長年勤務するモード・シモン。当社はスイス連邦工科大学ローザンヌ校のイノベーションパークに拠点を構え、トゥールビヨンのルート計画・改良に取り組んでいる。
障害物の認識もそのひとつで、この問題を解決するには、十分なスペースがあるかどうか、反対車線に進入すべきか、他の車はどの方向から来るかなどをすばやく判断する非常に複雑なプロセスが必要です。
トゥールビヨンにはまだ実装されていない処理だ。

「ポストバス社」(地方交通サービスを提供するスイスポストの子会社)も自社が直面している課題を認識している。しかし、計画としては概ね順調に進んでいるため、シオン市との共同プロジェクトは延長が決まった。それはこの実験によって、自動運転車の限界だけでなく可能性が示されたからでもある。

プロジェクトリーダーのユルク・ミシェルの事務所(ベルンのベルプストラッセにある)を訪れた。鮮やかな黄色の椅子にもたれて、彼は次のように語った。

私たち全員が自動運転車で通勤できる日も近いと信じている人たちがいますが、現実にはまだほど遠い状況です。
ペンを持った手を大きく動かしながら、データの制約、降雪時の特別要件、塗装の損傷など、直面している課題について説明してくれた。
だが最大の課題は、法的および倫理的な問題だ。

倫理的課題:アリゾナ州で起きた死亡事故の余波

車の自律性が高まるほどに、その判断プロセスは複雑になる。これまでトゥールビヨンが直面してきたのは対応しやすい状況ばかりだ。路上に何かあればブレーキをかけ、路上を通過するものがなくなればプログラム通りの速度で走り続ける。

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でも、子どもが飛び出しブレーキが間に合わない場合はどうなる? ハンドルを切るべきなのか? それによって乗客や他の車の運転手の命が危険にさらされる可能性があるとしたら? スイスの人口の約半数が自動運転車に乗りたくないと考えるのは、このような状況が起こりうるからだ。

2018年3月中旬、米国アリゾナ州で起きた自動運転車による死亡事故(ウーバー社による試験走行中の自動運転車が歩行者をはねて死亡させた)によって、自動運転車の評判はさらに損なわれた。いまだに自動運転車は人間の指示なしには車線変更が許されてないのも当然だ。

この事故を受けてガイドラインが厳格化。自動走行バスはプログラムからほんのわずか外れただけでトラブル扱いとなる。シオン市のシャトルバスプロジェクトでは、(携帯電話で)通話中の歩行者が前に現れると数分間その後ろを静かに走り、予期せぬ障害物があれば完全停止するようになった。 自動運転車に道路を自由自在に走る権利を与える前に、プログラムにどんなモラルを適用するかを決めなくてはならない。優先するのは若者より年配なのか、猫より犬なのか、 関係ない人たちを死亡させるリスクがあっても車に乗ってる5人を救うべきなのか。

この問題についてはオスナブリュック大学の研究者らが議論している。ここではヘッドセットを使って自動運転車の旅を疑似体験できる。乗客が障害物にどう反応するかを見ることで、車両プログラミングの重要な決定を下すのだという。これはベストな対処法なのだろうか?研究者らはこれが最善の方法で、現状を打開する鍵にすらなると楽観的だ。

乗客の障害物への反応をもとに、モラルとしてどう判断すべきか法則として定めることができ、そのルールをシャトルバスにも適用できます。
レオン・シュットフェルト教授は述べる。
しかし、ドイツ交通省の倫理委員会は意見が異なる。

膨大な詳細情報をもってしても、ある特定の状況にしか使えないこともあるのだから、路上でぶつかるさまざまな障害物を倫理ベースのプログラムで処理するなど不可能、との見方だ。

プロジェクトリーダーのミシェルは倫理的責任の問題にも関わっている。
安全な運転手順を取り入れることが必要なのは明らかだと述べる。だからこそ、オスナブリュック大学での研究でも重要プロジェクトとしてすすめられている。

しかし、研究者が机に座って考えることと実際の路上での運転は全く異なる。パイロットプロジェクトで明らかになる課題のひとつひとつから、関係者は多くのことを学んでいる。

2016年、トゥールビヨンはある状況を誤認識し、他の車体後部に軽くぶつかってしまった。
塗装が剥げたくらいのダメージで済んだものの、この事故から私たちは多くのことを学びました。
事故を踏まえて、シャトルバスにはより多くの物体を認識するようプログラムされた。長距離走行ならびに高速走行の安全性も向上している。

社会的課題:バス運転手の仕事は奪われるのか

自動走行が可能になれば、バス運転手はもう必要なくなるのか。
ビジネス的な問題も提起される。デジタル化により、物流や小売業界で起きたような劇的変革が公共交通機関にもたらされるやもしれず、多くの雇用が失われる可能性がある。

バーゼル大学の元研究者フロリアン・ブトーロはこの10年で中国の織物生産の現場に足繁く通い、調査をおこなった。現在はベルリンのワイゼンバウム研究所にて、「高度自動化デジタルハイブリッドプロセス作業」に関する研究グループを率いる。
デジタル化は止められないと言われますが、それでは非民主的です。社会全体の参加が必要ですが、まだ全然足りていません。
私たちはこうした交渉をどう進めるべきなのか。誰がこのイニシアチブを牽引すべきなのか。運輸職員組合で運輸政策コーディネーターを務めるダニエラ・レーマンは実用的なアプローチを取る。
デジタル化の波は妨げられませんし、妨げることを望むわけでもありません。

最も重要なのは、すべての関係者ができるだけ早い段階で同じ理解を持つこと。そうすれば、自動化プロセスが始まったときに、可能な限り多くの人がそのプロセスに参加できるだろう。全員が議論に関与して初めて、「そのビジネスに関わる誰もが利益を得る」ことができる。 自動化プロセスを実行する担当者だけに責任があるわけではなく、そのプロセスは社会全体に関わるとユルク・ミシェルは考える。これが具体的に何を意味するのか正確には説明できないが、そのように技術開発を行えば比較的問題が少ないと見ている。
シオン市では新たな仕事が生まれ、合理化の逆を行っています。

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そして、この状況をかつてのエレベーターボーイの運命になぞらえる。昔は各エレベーターには客に同行するエレベーターボーイが乗っていたが、今日では高級ホテルでしかその姿は見られない。一方で、建物に設置されるエレベーターの数は増えたため、より多くのサービススタッフ、技術者、製造業者へのニーズが生まれた。

公共交通についても同じで、自動運転車が加わっても問題はないと彼は考える。
しかし、実際にそうなるかどうかはまだわからない。元研究者のブトーロはテクノロジーが労働市場にもたらす影響を予測した結果、事態は極めて複雑と見ている。
新しい仕事によって生じる問題が見過ごされがちです。社会的混乱、不具合、争いがないわけではありません。
仕事の増加は必ずしもその仕事がより良く、より高い水準でなされることを意味するわけではない。世界の先進国でさえ、近年では社会的不平等が高まっている。ブトーロは、デジタル化がこれを変えると信じることにも消極的だ。デジタル化のマイナス面は、彼が言うところの「あやふやな仕事や不安定な仕事」が増えることかもしれない。

当面、トゥールビヨンはシオン市周辺のプログラムされたルートを、人間の監督下で運行し続けるだろう。そして、テストルートを鉄道駅まで広げれば、また新たに多くの課題に直面するだろう。
私たちには学ぶべきことがまだ多く残されている。

By Florian Wüstholz
Translated from German by Kirsty Smith
Courtesy of Surprise / INSP.ngo

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