ザック・マクダーモットは、公選弁護人(*1)として働いていた26歳のある日、自宅のアパートを出ると、なぜかこの日はコメディ番組のパイロット版の撮影中なんだと思った。いかにもニューヨークっぽいシーンで、出会う人たちはみな俳優。アドリブ演技もできてしまう。服を脱ぎ捨てながら通りを走り抜ける。バスケットボールの試合に飛び込み、何本もシュートを決めた。


*1連邦政府または州政府に雇われる弁護士。貧困等の理由で私選弁護士を呼べない人のために弁護活動をする。

そして、ベルビュー精神病院に連れて行かれた。病院すらも完璧なセットに思えた。これは撮影なんかじゃない、そう気づいたのは数日後のことだった。
これが、彼が最初に双極性障害(*2)を体験した時のことだ。

幸い、ザックは母親から絶大なサポートを受けることができた。がっちりした体格でひげの濃い彼は「ゴリラ」、母親は「バード」の愛称で親しまれている。

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『Gorilla and the Bird』の著者ザック・マクダーモットと母親 写真は著者自身の厚意によるもの 

2017年9月に出版した彼の著書『Gorilla and the Bird: A Memoir of Madness and a Mother’s Love(未邦訳)』には、双極性障害の体験談と家族のサポートの大切さ、そして、カンザス州ウィチタの労働者階級での生い立ち、ニューヨークで貧困層や精神疾患を抱える人々を弁護する仕事についても触れられている。

*2 躁と鬱の気分変動が循環して起こる精神障害。以前は「躁うつ病」と呼ばれていたが、昨今は「双極性障害」に代わってきている。明確な原因は明らかになっていないが、生物学的な差異や遺伝的要素が指摘されている。他、過労や心理的葛藤、社会的なストレスなどが加わって発症するという説もある。

 

ー 双極性障害は具体的にどんな感じですか?

躁状態のときは、万能感にあふれて世界を思うままに操れるように思えます。あらゆるものに、実際には存在しないつながりを感じます。最悪の状態も最高の状態もより誇張され、自分の「ベスト状態」がさらに強まる感じです。

反対に鬱のときは、「悲しい」よりもひどい状態。それは程度の問題というより、もっと別次元なものです。世界の何もかもが白黒に見え、顔を上げて周りを見てみようという気にすらなりません。「悲しみ」を感じられるのはまだいい方です。少なくとも何か激しいものを感じられるというのは生きてる証拠ですから。悲しみを感じたら、涙を流したり、ジムでサンドバッグを殴れば、大抵は「もう大丈夫」となるでしょ。でも、鬱状態にあるとそうは思えないのです。

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© 2018 Pixabay

ー 長期の入院生活を救ってくれたものは?

幸い、私は絶大なサポートを受けることができました。いろんな人脈もあり、公選弁護人の仕事をしていましたから健康保険も充実していました。悪夢のような日々ではありましたが、治療を受け、薬を飲むことができました(*3)。いったん気持ちが落ち着くと、「この10日間ほどはテレビに出演してる気分だった...いやいや、しっかり治療しないと!」と振り返れたんです。

病状が強烈かつ深刻で、かえってラッキーだったと思います。何らかの対処をしないとヤバいことになる、と思えましたから。

*3 双極性障害の主な治療手段は、投薬と心理カウンセリング。

ー それが警鐘になったと?

「警鐘」ということばは使いたくありません。精神疾患と奇異な行動を結びつける言葉ですから。何かすべきでないことをしたからそれ相応の仕打ちを受けた、そんなニュアンスがあります。

双極性障害とは、実際に症状が出てはじめてわかるもの。後で振り返って初めて、「あれが引き金だったのかな、避けた方がよかったのかな」と気づくのです。実際に躁状態を経験するまで、何が引き金となるか一切わからないのです。

私の場合でいうと、慢性的な睡眠不足、深酒に加え、大量のマリファナ(*4)もやってましたから、決してコンディションは良くありませんでした。とはいえ、自由を楽しみたい年頃に好きなことを我慢するなんて容易じゃありません。そんなことをしたからって全員が精神病棟に入れられるわけじゃありませんし。

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警鐘と何気なくおっしゃった言葉が、社会における私たちの位置づけをよく示していると思います。当事者の親御さんにとっても厳しいことです。多くの親は「これでラストチャンスだからね」と、奇異な行動は病気が原因とは考えないですから。

*4(編集部注)ニューヨーク市は世界一のマリファナ消費都市とされており、医療用大麻の解禁(2016年)に続き、嗜好用大麻の合法化に向けた動きが広がっている。一方で、大麻が双極性障害の症状を悪化させる可能性があるなど精神衛生上のリスクを懸念する声もある。
参考:http://www.afpbb.com/articles/-/3113976

ー 「愛のムチ」という考え方なのでしょうか。

この病気に愛のムチなど無用です。疾患に対しては、怒ることも追い払うこともできません。そういう問題ではないのです。

他の多くの悪行とも違います。10代の若者が羽目を外した行動を取ったなら、ちょっとばかり愛のムチを与えてやろうとなるやもしれません。でも、躁状態を発症する人には、不可避なもの以外、報いなど必要ありません。

本にもこんなジョークを書きました。「ごめんなさい、私は躁状態にあってアーバン・アウトフィッターズで新作のTシャツに800ドル(約9万円)使ってしまいました。大目に見てもらえないでしょうか?」難しいのは承知してますが、こんな事態であっても見逃してあげるべきなのです。

私がラッキーだったのは、自分の体はあまり傷つけなかったこと。「目の前にあるグラスで自分を殴りたい」と考えてもおかしくない状態でしたが。

2度目の長期入院中に、直立の姿勢から床に倒れたことがあります。床すれすれのところで受け身の姿勢を取ったのですが、数年経ってから、手根管症候群の症状(*5)が出始め、レントゲン撮影やMRI撮影をしたら手に細かいひびがたくさん入っていました。

*5 手のひらの付け根にある手根管という部分が、しびれたり痛み、親指が動かしにくくなる。

ー さぞ痛かったでしょう。

ええ、ものすごくね! この病気が原因で経験した身体的な痛みはこれだけです。

「あなたは生まれてからずっと双極性障害だったのですか?」と多くの人に聞かれます。それは私にもわかりませんが、多くの「戦い」に巻き込まれてきたのは事実です。脳内化学物質がおかしくなったのです。戦いに勝てたことは一度もありません。

20歳のときに頭を強く打って以来、下部脊椎に椎間板ヘルニアがあります。22回ほどかな、よほどのことがないかぎり、そんなに何度も頭を打つことはありませんよね。ある意味、それが警鐘だったのかもしれません。

ー ロースクールに進み、公選弁護人になられました。あなたと似た問題を抱える人々を助ける仕事ですよね。司法制度に変革は必要でしょうか?

第一に、懲罰を減らすべきです。「刑務所に入れておけばいい」なんて、それが当然かのような言い方はやめてほしいです。刑務所は後から考え出されたものですから、論理的にもおかしいです。

私には連続児童性的虐待のような事件は解決できません。でも、刑事司法の対象となるものの大半は軽犯罪です。

違法行為を犯した人が収監されるときに「カスタマーサービス的アプローチ」を取ると効果的だと思います。「こんなところに入れられるなんて、お前に何をしたってのさ 」大抵、争点になるのはこの点です。パンを盗むようなもの、とまでは言いませんが、コカインを吸うのは卑しいことだと思いません。11〜12歳でコカインを吸い始める人は、「大人になったらフリーベース(*6)を吸いたい」なんて考えてやいません。後の人生で多くの痛みを味わってきたからこそ、フリーベースにまで手を出すのです。

「これは効果があるのか?」と問えば、物事をわきまえた人は「絶対に効かない」と答えるでしょう。違法行為をしでかしたらどう対処すべきかは問いとして間違っています。どうすればそもそもの違法行為を防げるのか、を問うべきなのです。

生まれつきの悪人など滅多にいません。シカゴの殺人率はなぜあんなに高いのか。人が互いに殺し合いたいからではありません。仕事がない、お金がないことが原因です。人は生きていけるだけのお金を持ち、基本的人権を持つべきです。これには、十分な医療、手頃な価格の住宅、雇用の機会も含みます。「マクドナルドくらいなら誰だって働けるだろ」なんてデタラメは言わないでください。

ハーバード・ロー・スクール出身者に聞きたいです。あなたの生まれがバージニア州フェアファックスではなくマーシー・プロジェクト(*7)だったなら、どんなキャリアを歩んでいたと思いますかと。ロースクールの卒業生やリクルーター、大学職員は試験や成績のスコアで優秀さを語りたがるけど、違うのです。あなたには両親がいて、サポートしてくれ、本を与えてくれたからです。稀にそんな両親がいないケースもありますが、宝くじを当てたようなものです。自力でそこまで到達できるほどの聡明さを兼ね備えていたのでしょう。

私の親友はお金があまりない家庭で育ちました。母親は不安定、父親もいませんでしたが、ロースクール入学を果たしました。3〜4歳の頃からよく本を読んでいたそうです。IQの宝くじ、読書好きの宝くじを当てたのでしょう。

*6 高純度コカイン
*7 ニューヨークにある低所得者用の公共集合住宅

ー 本を出版したことで、同じ障害を持つ人々にどんな影響があると思いますか?

「私もあなたと同じです」「障害者の母です」というメールや電話を多くの方からいただきました。自分の双極性障害を受け入れ始めた人たちです。自己診断で気づいた人もいます。本を書いて初めて他の人に役に立つ情報を提供できたと思っています。知ると知らないのとでは、金銭的にも精神的にも負担が違います。知るのはいたって簡単なことなのに。

すばらしいのは、それが補完しあうことです。つまり、世の中の多くの「ゴリラ」(精神疾患を患う者)は自分の問題にケリがついたら、今度は「バード」(無条件の愛を与える人)になりたいと思います。自分が経験した厳しい道を歩もうとする他人を無視するわけにはいきませんから。

ー 本の中でもご友人との難しい関係性が書かれていました。友人が双極性障害だという人に、何かアドバイスはありますか?

「バード」(母親)からのアドバイスを紹介しましょう。「人がドン底状態にあり、あなたがそれを不快に思うとき、すべきことはその人に歩み寄ること。」

精神病棟にいるお友だちを訪ねてください。退院できたなら、そもそもあなたがその人に抱いていた好意のままに受け入れてあげましょう。どれだけその人があなたを困らせたか、怖がらせたか、混乱させたにせよ、そのお友だちとご家族がどれほどの不便や恐怖、混乱を感じてきたかに思いを馳せましょう。僕の友人も、当時に戻れるなら違った対応をするでしょう。

すべての友人が無条件の愛を与えてくれるわけではありません。それでいいのです。精神疾患や双極性障害についての知識が広まるほど、友達から見捨てられるケースは減っていくでしょう。でも、あなたにとって重すぎる存在だと感じるなら、自分で決めればよいのです。

ー 「バード」は教師の仕事をしながら、どんな風にサポートしてくれたのですか。

彼女はいつもそこにいて、絶対的な愛を与えてくれました。私だけじゃなく、何百人もの生徒に対してもね。

今日も「手足だけでなく頭まで馬に引っ張られてるみたいな気分よ」なんて言うから、僕は言いました。「母さんは、おばあちゃん、僕、兄さん、姉さん、その子どもや孫たち。そして、ウィチタ公立学区の人たち、退学になった人、復学したいと思っている人たち、総勢250人もの人を助けてるからね。」

実にたくさんの人の人生に変化をもたらした女性です。20歳の頃から私たち兄弟を守り、私たちと世界をつなぐ緩衝材になってくれました。特に私には。ある意味、過保護な母でした。「またお前を停学にしたのかい? おバカなやつらだね!」そんな対応は甘すぎると考える親御さんもいるでしょう。でも、それ以外の方法はなかったのです。たとえ外出禁止にされたところで、私は出ていったでしょうから。

私に病気の症状が出ても、母は全くパニックになりませんでした。いや、違いますね。動じはしたのでしょうが、私にうろたえた姿は見せませんでした。広い心を持ち、共感力に長け、人の痛みを一緒に感じてくれる人です。どうしてそれが可能なのか...母はそんな宝くじを当てたのでしょう。

By Mike Wold
Courtesy of Real Change / INSP.ngo

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※上記の記事は提携している国際ストリートペーパーの記事です。もっとたくさん翻訳して皆さんにお伝えしたく、月々1000円からの「オンラインサポーター」を募集しています。
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