2018年10月15日、ハンガリー政府は路上生活を事実上禁止する憲法修正案を可決した。スロバキアのストリート誌『ノータ・ベネ』はこれに真っ向から対抗、ハンガリー国内のホームレスの人々への支援を表明している。 今回の憲法修正が及ぼす影響を取材した。

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多くの国がホームレス問題対策として住宅支援を強化しているなか、ハンガリー政府は路上生活を法的に禁止することを決めた。法律施行からの1週間で、すでに4人が逮捕されている。

62歳のエミリアは介護の仕事をしていたが、5ヶ月前に14年間連れ添ったパートナーに先立たれ、住む家を失った。だが、シェルターに入るつもりはない。7年ものあいだ可愛がっている愛犬と離れ離れになりたくないからだ。

10月18日の夜、毛布にくるまって公園のベンチに腰掛けていたところ、警察から「公共スペースからの立ち退き」を求められた。これで4度目の警告だったため、警察署に連行された。少し前までは警察から人目が届く明るい場所にいるようアドバイスされたのに、新条項が発効された今、同じ行動を取ると逮捕され、裁判沙汰にまで発展する。

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© Pixabay

非人道的な姿勢

彼女のケースからも、人はいとも簡単に社会の底辺に転がり落ちることがわかる。

エミリアは1995年に米国へ渡るまで秘書の仕事をしていた。 両親が他界し帰国した彼女だが、そのことを「人生最大の過ち」と振り返る。帰国後は介護の仕事をしながら、パートで清掃の仕事もしていた。 そして今年、パートナーを亡くし、彼の家族から家を追い出され、路上生活に行き着いた。

地域の人たちはとても良くしてくれている。朝のコーヒーを差し入れしてくれる人、彼女が危険人物でないことを裁判で証言してあげると言ってくれた人もいた。しかしこの申し出は却下された。手続き上、エミリア自身も公判の場に同席できなかった。

「この非人道的な扱いは憂慮すべき事態です。訴訟の3件に2件は、ホームレス当事者の証言はテレビ会議経由で行われています。殺風景な白い部屋で透明の椅子に座らされ...」ハンガリーのストリート誌『フェデル・ネークル』の発行団体で心理学者として働くジュディット・ポポビッチは言う。

今回、エミリアは警告だけで「出所」できた。いつまでも路上生活を続けるつもりはないと自己弁護した。退去せざるを得なかったアパートについては、裁判所の判決待ち中だ。前科がないため情状酌量の余地があったが、また同じような事態となれば、奉仕活動や懲役が課せられるぞと裁判官から警告を受けた。

3日間で100人以上の路上生活者に警察の介入

新条項の発効から3日間で、警察は100人以上のホームレスの人々に対処した。 まずは公共スペースを去るよう助言される。協力的な姿勢を見せてシェルターなどに移動すれば、警告を受けるだけで済み、逮捕には至らない。

「拒否すれば、初めての警告か否かに関わらず身柄が拘束されます」

社会学者のゾルタン・グラリーは言う。そして、協力的か否かに関わらず、警告を4度受けると裁判が行われるまで身柄拘束となる。

ブダペスト中心部の路上は、以前より人が減ったように思える。地下通路付近など人通りの多い場所にも、マットレスやホームレスの人々の姿はまばらだ。

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©Pixabay

「シェルターに入った人もいますが、ほとんどは都心部から郊外に移ったのだと思います。路上生活に慣れた人たちが新たな居場所を見つけるのは容易ではありませんが」と言うポポビッチ。

落ち着き先を探してあちこち移動するため、ソーシャルワーカーとしても接触が取りづらい。厳しい冬の間は特に。

シェルターにも社会保障にも不備

2018年、ハンガリー政府はホームレス支援策として3億フォリント(約1億1,900万円)の追加拠出を決めたが、3万人いるとされる路上生活者に対してシェルターのベッド数は11,000床どまりだ。

シェルターや関連サービスがあてにならないと感じている人たちも少なくない。プライバシーなど全くないぎゅうぎゅう詰めの空間、盗みも頻発、虫も発生しやすい環境なのだから。

「一つの部屋に20人以上が詰め込まれることもあります。夫婦向けシェルターはないため、暖かい夜を過ごしたいなら離れ離れにならないといけません。犬を飼ってる人も同じ。シェルターでの配慮はまだまだ不十分なのです」とポポビッチ。

社会保障も不備だらけ、ワンルームのアパートすら借りられないのだと。

国連の専門家らも、今回の法律改正を、残酷かつ国際人権法に相いれないと批判する。「社会事業に関わってきた人たちは誰一人としてこの新条項を良く思っていません。ホームレス状態を犯罪化しても何の解決にもなりません」20年以上ホームレス問題に取り組んできたグラリーは言う。

「今、必要なのはシェルターよりもアフォーダブル住宅(*)の整備です!」

*手頃な価格で購入あるいは賃貸可能な住宅のこと

私たちと同じ「ひとりの人間」なのだから

ハンガリー議会前でのデモに駆けつけたのは1,000人ほどだった。「国民の連帯感は期待していたほどではありませんでした」とグラリーは言う。 ホームレス当事者に対する連帯感はこれまでも低かったが、この新条項によりさらに悪化するのではと危惧されるが、「メディアがこれらの事実を報じ続ければ、抗議者が増えると希望を持っています」と語った。

ポポビッチも、報道することで関心が高まり、ホームレスの人々を「名もなき集団」とする見方を変えられるのではと考える。

「ホームレス当事者の暮らしについて、社会の人々はもっと目を向ける必要があります。彼らだって私たちと同じ人間なのですから」

警察介入の現場を捉えた動画も

ハンガリーのウェブサイト「Merce」には、路上生活者に介入しようとする警察を通行人が遮る場面を映した20分間の動画が掲載された。

動画に登場する若い男は説明する。

「アメリカのテレビドラマ『サンフランシスコ捜査線』の一場面のようでした。 3台のパトカーが、ただ普通に座っているだけの高齢男性に近づいたんです」

警察に取り囲まれた高齢男性の名はゾルタン。通行人は言う。

「この人は何もしてない、ただ座っているだけでしょう。警察が捕まえるべきは、こんな気の毒な人じゃなく泥棒だろ!」「もう路上生活は許されないのか? この人たちはどこにも住めないのか?」

二人の警察官のあいだに割って入り、高齢男性が連行されるのを制止しようとする女性の姿も。

「なんだっての? 人情はどこにいっちゃったの? なんでこんなことになるの? ねえ、こんなのありえない!」

見るからに具合が悪そうなゾルタンは、結局、警察に連行された。後日の報道によると、彼の裁判は、肋骨の骨折などの体調不良により延期されている。

「権利より支援が必要」と言い張るハンガリー政府

警察の介入にあたってホームレスの人々の尊厳は守られるべき、政府はそう主張する。警察介入の目的は、彼らを路上からシェルターに移し、厳しい寒さから守ることなのだと。

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©Pixabay

ベンツェ・レトヴァリ国務長官は「ホームレスの人々には権利よりも支援が必要」との声明を出した。

多くのホームレス当事者に無料司法サービスを行っている弁護士らはこれに対抗。「投獄をちらつかせて社会福祉を無理強いされるなど、あってはなりません(6ヶ月以内に3度逮捕されると収監される)。」

弊誌『ノータ・ベネ』が所属するNGO「プロチ・プルドゥ」では署名活動を始めた。

「人権を侵害する法律によって路上生活者が逮捕されるなんて理不尽です」

NGO代表のニーナ・べノーバはコメントした。

By Sandra Tordová
Translated from Slovak by Ludmila Kopaskova
Courtesy of Nota Bene / INSP.ngo

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