市民団体「ARCH」は2016年より、東京の路上で夜を過ごすホームレス人口をカウントする調査を行ってきた。その目的は何か? 共同代表の北畠拓也さんに取材した。
深夜0時30分。終電後の新宿駅、9つのエリアをグループで回る
2018年1月20日、深夜0時30分。終電後の新宿駅に三々五々、ダウンジャケットなどの防寒具を着込んだ老若男女が集まってきた。これから深夜の路上で行われる「2018冬 東京ストリートカウント」に参加するボランティアたちだ。
「東京ストリートカウント」とは、ホームレス問題についての政策提言や研究を行う市民団体ARCH(アーチ)が主催する、市民参加型の夜間路上ホームレス人口調査。終電後の東京の街をボランティアたちが歩き回り、ホームレスの人の数や寝床の状態などを記録していく。16年1月の調査開始以降、都内の11区で実施されてきた。
今年の冬は3回に分けて実施される予定で、初回の1月20日当日は、新宿、渋谷、千代田、中央の都内4区でカウント。新宿区の調査に参加したのは、学生や支援団体関係者など約30人。区内を新宿駅西口エリアや都庁・中央公園エリアなど9つのエリアに分け、それぞれ3〜4人のグループで回ることになった。
新宿駅に集まったボランティアのみなさん
北畠拓也さん(ARCH共同代表)より、知り得た情報の秘匿義務も含む注意事項などの説明があった後、グループ内で記録係などの役割分担をし、午前1時頃、夜の街に出発する(図1)。同行したグループが回ったのは、深夜でもネオンが煌々と輝く新宿駅周辺。街中をもれなく調査するために、担当範囲内の道路をすべて回る予定だ。ビルの裏や細い路地などもくまなく確認し、地図上に歩いた道筋を残していく。
ホームレスの人を見かけたら、場所と人数、段ボールの小屋か寝袋かなどの居住状態や性別などを細かく記録。移動中と思われる人を見かけた場合も記録を残すことになっていて「〇〇広場、50代男性、紺の上着、赤いバッグ」などその人の特徴を詳細に記録しておく。移動中の人は移動した先でもカウントされる可能性があるため、この情報をもとに本部で重複チェックを行うのだという。
カウントのための資料を見ながら
午前3時半、調査終了。ホームレス人口4区で582人
深夜2時半、予定していた地図上の道路の半分を塗りつぶす。実際に歩いてみると、寝袋に身を包み座ったまま仮眠をとる人や段ボールで家を作っている人、寒空で身体を温めるためか荷物を抱えたままひたすら歩き続けている人など、「ホームレス状態」と一括りにできないほど、さまざまな居住実態が見えてきた。また、ビルとビルの間の暗がりの中で眠る人や、植木の根元にひっそりと横たわる人など、予想もしない場所が寝床として使われていることに驚く。
社会福祉を学ぶ大学生で、調査に初めて参加した高橋さんは「夜の街の中だと、ホームレスの人たちがはっきりと見える。なんだか異様な感じです」とその様子を表現する。確かに昼間の雑踏の中では浮き彫りになりにくいホームレスの人の存在が改めて感じられる。16年当初からボランティアとしてかかわっているIさんは「ストリートカウントは市民が気軽に参加できるのがいいところ。街の人に参加してもらって、『あのおじさん、どうしてるかな』と気にかけてくれる存在が増えていけばいい」と話す。
午前3時半、担当範囲の調査が終了。本部に戻ると、始発の電車を待つ間、感想を話し合う参加者の姿があった。初めて参加した女性は「段ボールで作った家や寝袋だけの人など、いろんな生活スタイルがあった」、2回目参加の女性は「支援につながってからも、それぞれの人にあった生活が続けられればいいですよね」と話していた。
後日、この日の集計結果は市民総勢91人で調査、4区合計で582人が路上で寝ていたとの発表があった。
公共空間にいるホームレスの人のためのプロトコル(議定書)を
「東京ストリートカウント」を主催するARCHは2015年、東京工業大学で都市デザインなどを研究する学生や卒業生が中心になって設立された。彼らは「ホームレス問題を仕事や住宅、公共空間の管理などさまざまな人がかかわる“都市の問題”である」と考えている。調査の目的は「東京都が実施する既存の調査では捉えきれない、ホームレスの人の正確な実態把握」にある。東京都の調査は昼の時間帯に公園や道路、河川、駅舎などで行われ、この調査で得た数字がさまざまな行政計画を立てるための基礎情報となる。しかし、ホームレス状態にあっても仕事をしている人は55.6%(※1)。夜のみ路上で過ごす人の数は、既存の調査では把握できないのだ。
これに対応すべく、ARCHは終電後の深夜から未明にかけての調査を行う。その結果、17年に厚労省が発表したホームレスの人の数は全国で5534人、東京都内の11区で499人だったが、同年「夏のストリートカウント」では同11区で1307人と、都の調査結果の約2・6倍にのぼった(図2)。
また、これまでの調査には、中学生から60歳代までの市民計440人(のべ762人)が参加したことが注目される。北畠さんは「人が人を支え合う都市を実現するには、まずはお互いの存在を認めることが大事。多くの人にストリートカウントに参加してもらい、ホームレスの人の存在に気づくきっかけとしてもらいたい」と語る。
ボランティアに説明する北畠拓也さん
さらに今、2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催にあたり、「ホームレス問題に本気で取り組む東京の姿勢の宣言」を求めて提言活動を行っている。これは2000年のシドニー五輪を契機として「公共空間にいるホームレスの人のためのプロトコル(議定書)」(※2)を結んだオーストラリアのレガシー(遺産)を参考にしたものだ。プロトコル締結後のシドニーを訪れた北畠さんはこう語る。「プロトコルによって、ホームレスの人も公共空間にいる権利を持つことが認められました。実際に現地の公園で、サラリーマンとホームレスの人が芝生の上で一緒に昼寝をしているなど、同じ『市民』として暮らしている光景を目にしました。人が人を大事にして、お互いに支え合って暮らす。そんな地域が増えれば、優しくて柔軟性がある強い社会になると思います」。東京にはそんな都市を目指してほしい、それがARCHの願いである。
深夜の路上を歩きながら、「優しくて強い街」とはどんな街なのか、ぜひ思いを巡らせてみてほしい。
(中原加晴)
Photos:高松英昭
※1 平成28年、厚生労働省「ホームレスの実態に関する全国調査(生活実態調査)」より
※2 「ホームレスの人々は、社会のどのメンバーとも等しく、公共空間にいて、一般に開かれたイベントへの参加する権利をも持つ」「ホームレスの人は、支援目的で交流する場合やその人のふるまい自身や周囲の人の安全を脅かされる場合を除き、介入されるべきではない」。現在も行政職員へのプロトコル周知や、異なるプレーヤー間の共通理解と協働の促進が見られ、恒久的レガシーとなっている。
※3 8月3日(金)「2018夏東京ストリートカウント」参加者1000名募集中 詳細は下記
ARCH(アーチ) Advocacy and Research Centre for Homelessness 2015年10月設立の市民団体。ホームレス問題についてのアドボカシー(政策提言)と研究を行うチーム。研究者や学生、支援団体の現場ワーカー、法律家などのプロボノワーカーがメンバー。2020年の東京が、華やかな大規模イベントの裏で社会的・経済的に弱い立場にある人々を周縁に追いやるのではなく、多様な人々が共に暮らし支え合う営みをレガシーとして社会に残せるよう働きかけている。 |
市民参加型路上ホームレス人口調査
「2018夏東京ストリートカウント」参加者1000名募集中!!
ー誰も知らない深夜の東京に出会おう。そして、東京を、変えよう。
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