人生最後の食事を選ぶとしたら、どんなメニューにするだろうか? ありがちなステーキとベイクドポテト? それとも今まで一度も食べたことのないもの?
世界的に有名な写真家ヘンリー・ハーグリーブスは、シリーズ作品「ア・イヤー・オブ・キリング(A Year of Killing)」を通して、食がいかに私たちを結びつけるものなのか、食事メニューの選択がわれわれ人間について何を語るのかを探る。死刑囚の「最後の食事」を撮ることで、死刑執行を目前にした人の人生最期の瞬間を温かみあるものにする一方、アメリカの死刑制度について対話を促したい考えだ。
※この記事は優れた記事や取り組みに対して贈られる「INSPアワード」の2017年ベスト・カルチュラル・フィーチャー賞~最も優れた文化記事~を翻訳したものです。他の受賞等の詳細はこちら
「最後の食事」に取り組むまで
ラコステ、プラダ、エルメスなど高級ブランドのモデルとしてキャリアを歩み始めたハーグリーブスだが、「撮られる」仕事を数年した後、今度は「撮る」側に挑戦してみることにした。
外食産業で働いたこともある彼は、自身の真の情熱が向かう「食」にレンズを向けることにした。
料理を提供するのはほんの一瞬ですが、お客さんの注文する様や食への向きあい方がいかに人となりを語るかが実に興味深いなと思っていたんです。
2011年、テキサス州が死刑囚への「最後の食事」プログラムを廃止したことが大きく報道された。これに好奇心を刺激された彼は、死刑執行前に彼らが口にする「最後の食事」に関心を抱くようになる。
死刑囚がオーダーした食事についてネットで読み、彼らに人間の温かみのようなものを感じて…驚きました。もはや匿名の誰かではなく、ひとりの人間に感じられたのです。
「最後の食事」の歴史
「最後の食事」の伝統は死刑制度が始まった頃までさかのぼる。歴史を通じて、さまざまな土地で宗教、迷信、人々の慈悲の感情に根差して定着していった。
最も有名なのはイエスが十字架刑に処せられる前に使徒たちと食べた『最後の晩餐』だろう。中世ヨーロッパでは、「最後の食事」は死刑囚の魂を満足させ、死者の霊が死刑執行人を呪う可能性を低くすると考えられた。
その後、「最後の食事」は長い年月をかけて進化していった。絞首刑に処される者には最後の酒が、銃殺刑に処される者には最後のたばこが与えられた。現代ではほぼ、人生最期の時を迎える者へのささやかな優しさとして提供されている。
「最後の食事」については法律で定められているわけではないが、米国では死刑執行以来、すべての死刑囚への特権として提供されてきた。しかし近年は、「最後の食事」に対して厳しい制約を課す州が増えている。
私が育ったニュージーランドには死刑制度がないので、死刑は西洋社会における最も奇妙な概念のひとつに思えるのです。しかも、この奇妙な「最後の食事」の儀式を突如として、実におかしな理由で廃止しようとしています。
テキサス州では、死刑囚のローレンス・ブリューワーが大量の食事を注文したものの、結局お腹が空いてないと言って食べることを拒否したことを受け、「最後の食事」制度が廃止された。他の州では、刑務所内の厨房で簡単に用意できるメニューだけに限定、または食事の最高額を定めている。オクラホマ州では刑務所外のものもオーダーできるが、金額は15米ドルまでとかなり厳しい制限を設けている。
食べ物は受け手によって解釈が異なる
死刑囚がオーダーする「最後の食事」に興味を持ったハーグリーブス。
とてもおもしろいのは、人によって解釈が異なるということです。私たちは各メニューに自分なりの感情を持っているので、受け取る人によって意味が異なってくるのです。
「最後の食事」に興味を抱くのは彼だけではない。死刑執行を報じるほぼ全てのマスコミが、囚人が最後に口にするメニューを取り上げる。概して、死刑囚の最期の時に興味がある人は多いのだが、食事メニュー以外についての情報はほとんどないのが実情。
陶器の食器に盛られていたのか、プラスチックの皿だったのか? 料理人は「最後の食事」をつくることに誇りを感じたのか、それとも特別な思い入れなどなくこしらえたのか? ひざに乗っけて食べたのか、きちんと木のテーブルについて食べたのか? 私の作品ではそういった点まで見せたいと思いました。
2011年、この問題について考え始めたハーグリーブスは、まず死刑囚10数名の「最後の食事」を自ら再現した。
そのなかには、オクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件の犯人ティモシー・マクベイのものもあった。チョコチップミントアイスクリーム1リットルのみという彼の食事はシリーズでも最も力強いもののひとつで、さまざまな反響を呼んだ。
マクベイの選んだメニューはひとりの狂人の「最後の食事」なのか? それとも何もかもを放棄した人の「最後の食事」なのか? そこに正解・不正解はあるのだろうか?
死刑囚ビクター・ファーガーがオーダーしたのは、種ありオリーブの実ひと粒だった。オリーブは心の安らぎを意味するのか、それとも死後の成長と生まれ変わりを表すのか、多くの人が疑問に思った。
警察官を殺害後に自身の頭を撃ち脳障害を負ったリッキー・レイ・レクターの「最後の食事」も忘れがたい。ステーキ、フライドチキン、粉末ジュース、ピーカンパイ。パイは「後で食べる」と看守に言い残して死んでいったと言われている。
それぞれの食事にさまざまな疑問や解釈の余地がある、とハーグリーブスは言う。
食べ物は人によってさまざまな意味を持ちます。だからこそこの作品が成功し、多くの人々の心を引き付けたのだと思います。食は誰にとっても何かしら関わりのあることですから。
毎週ひとりのペースで死刑執行されているアメリカの現実
彼の作品はネット上で急速に広まり、国際的にも認められ、「最後の食事」の概念のみならず死刑制度に関する対話や議論に火を付けた。
世界各地でいろいろなかたちで展示することができ、新聞や雑誌にも数多く取り上げてもらえました。ですが、死刑の執行頻度や文化的妥当性にまでは踏み込めていないと感じていました。
時は経ち2016年、彼はこのプロジェクトをより深化させられる機会に恵まれた。この年に実施されたすべての死刑および死刑囚たちの「最後の食事」を『ア・イヤー・オブ・キリング』としてまとめたのだ。
死刑執行はごく稀にしか行われていないと思われがちですが、実際には毎年平均47名が処刑されています。ほぼ毎週ひとりのペースです。
この新シリーズにより、「最後の食事」が死刑囚それぞれにとって意味するものをより詳しく深った。
私にとってこの作品は、死刑囚である彼らの気持ちになってみるひとつの手段でした。きっと彼らは、つらくて浮き沈みの激しい人生を歩んできたのでしょう。虐待的な家庭で育った人も多かったはず。そして今、これまでの人生と同じくらい暴力的に人生の終わりを迎えようとしている。実に複雑なテーマです。
しかし、芸術作品であるからには多くの批判にもさらされてきた。
彼らが犯した行為を容認しているのかと誤解した人たちから厳しい非難を浴びてきました。でも違うんです。私は他の面に目を向けたいのです。決して彼らを美化しようとしているわけではありません。かなりの人が誤解していますが、まあしょうがありません。どんなものでも世に出せば、気に入ってくれる人・嫌う人の両者がいるものですから。
結局のところ、写真家である彼が望むのは対話だ。誰かに説教を垂れるつもりはなく、内省と話し合いを促したいのだ。
一体どんな気持ちになるのか、私には想像がつきません。だから、人生最期の瞬間にある人たちの身になって考えてみるということなんです。「死ぬ権利」を読み上げられ、「最後の食事」をオーダーする。その緊張感を想像するしかない私。
この作品がそうした気持ちを探るきっかけになれたらと願います。そこには正解・不正解などなく、一面的なもの具体的なものもありません。善悪を説くつもりもなく、みなさんにこの事実について考え、より深く認識してもらいたい、それだけです。
2016年11月、オクラホマ州では死刑制度を巡る投票が行われ(State Question 776)、66%が死刑制度を守ることに賛成した。死刑制度が続くからには、ハーグリーブスが作品のネタに困ることは当分なさそうだ。
文:ウィットレイ・オコナー
TCC_Photo Series_Last Meals of Death Row Inmates
All credits: Henry Hargreaves
Courtesy of The Curbside Chronicle / INSP.ngo
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