「助けて」と言えない若者につながるためのマーケティングの重要性

 2018年5月22日、東京都港区で「孤立しがちな若者と支援者はどう繋がるか」を考えるイベントが開かれた。主催したNPO法人「OVA」など3団体は、マーケティングの手法を活用して、検索エンジンでの「死にたい」といったキーワードに対してウェブ広告を表示する試みや、LINEや通話アプリを使って妊娠相談を受ける試みなどを紹介した。得意分野の異なるNPO団体の連携は、多様な悩みを持つ当事者を見逃さない支援に繋がると期待される。


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「死にたい」と思っている若者といち早くつながるために/OVA 伊藤次郎さん

インターネットを使った自殺相談窓口を運営するNPO法人「OVA」代表理事の伊藤次郎さんは、「支援が必要な人にこそ、支援が届かない状況がある」と話す。伊藤さんは例として、日本の自殺問題を挙げる。2017年の日本の自殺者数は警察庁によると21,321人。8年連続で自殺者数は減少しているものの、毎年2万人以上が自殺で亡くなっている。しかし、NPOや公的機関などの支援者が、「自殺を考えている人」を探し出すのは容易ではないと伊藤さんはいう。その理由の1つが、自殺したいと悩んでいる人ほど「声をあげない」「声をあげられない」ことだ。

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OVAによると、インターネットの検索エンジンでは月に十数万回「死にたい」という言葉が検索されている。SNSなどに投稿するのと違い、検索エンジンで「死にたい」と検索しても、誰かの反応があるわけではない。こうした行動の背景には、自殺を考えている人が周囲の人に相談できず、孤立している状況があると伊藤さんは考えている。「辛い思いを誰にも相談できず、痛みを表現したくて思わず『死にたい』と打ち込んだのだろう。そうした若者が膨大な数いるんじゃないか」(伊藤さん)。

問題が深刻になって初めて、相談窓口を訪れる人もいる。自殺願望を抱えるまでに複数の問題を抱えている場合もあり、対応が後手に回ってしまっている。「もうちょっと早く出会えていたら、ここまで深刻にならなかったと思うことも多い」(伊藤さん)。

そこでOVAは、「声をあげられない」「声をあげない」当事者を支援者へ繋ぐ試みを行っている。検索エンジンに「死にたい」と打ち込んで検索すると、OVAの自殺相談窓口の広告がウェブ上に表示されるサービスだ。困っている人が窓口に来るのを待つのではなく、「死にたい」と検索した人が相談窓口と繋がることができる。

伊藤さんが参考にしたのは、企業のマーケティングの手法だ。伊藤さんによれば、マーケティングとは、「営業して物を売るのではなく、商品を置いておくと、みんなが(自分から)買うようになるしくみをつくること。」
「検索連動広告で、自殺リスクの高い人をスクリーニング(発見)して、ネット相談窓口につなげる。これはマーケティングそのもの」(伊藤さん)。

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これまでの、支援者と当事者の繋がり方「アウトリーチ」には、改善の余地があると伊藤さんは強調する。「現在のアウトリーチは『支援者が当事者を訪問して支援する』のと同義。大切なことだが、訪問は当事者の存在や場所を知っているからこそできる。例えば、性被害にあった人が誰にも相談できなかったら、支援者はアウトリーチができず、当事者と繋がることができない。(現在の)アウトリーチ以外の方法の可能性も検討しなければいけない」(伊藤さん)。OVAは、このイベントの後にスタートする「声なき声プロジェクト」で、子どもや若者を支援する相談機関を対象に、ウェブ調査を行う予定だ。どれだけの人が支援につながらずに困っているのかの実態調査の他、各団体のアウトリーチの手法を集積し、支援の成功要因を探るなどの狙いがある。「これまでのアウトリーチは、『支援者のカン』に頼ってきた部分もある」と伊藤さん。調査は公益財団法人トヨタ財団の助成を受けた。まとめた調査結果は実際の若者支援の現場で活用することを目指す。
声なき声プロジェクト

年齢を理由に支援してもらえない若者は「自己責任」を感じやすい。
だからこそ、「情報」が必要/ビッグイシュー日本 佐野未来

有限会社ビッグイシュー日本の佐野未来は、NPO法人「ビッグイシュー基金」の活動としてリーマンショック以降急増した若いホームレスの人々への支援を紹介した。ホームレスというと高齢者のイメージが強い。実際、2012年の厚労省の調査によれば、路上生活者の年齢構成は55歳以上が全体の7割以上を占めた。ところが2008年のリーマンショック以降、20~40代のビッグイシュー販売希望者が急増したと佐野はいう。「それまで販売者の平均年齢は60代半ばだったが、2009年5月から8月30日までの期間に新たに販売者になった人たちの平均年齢は40歳」(佐野)。

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ホームレス状態の若者は、年齢を理由に自治体から支援を断られることがある。また、生活保護など公的な支援を受けることへの社会的なスティグマもあり「まだ自分で何とかできる」と自分を追い詰めてしまうことも多い。「ホームレス状態になったのは自分の責任」と支援を受けることにも消極的だと佐野は指摘する。そこで、ビッグイシュー基金は、困窮している若者が自然に支援の窓口に繋がれるように、情報発信を強化した。地域の炊き出しやホームレス支援の情報を紹介する「路上脱出ガイド」を作成して、ホームレスの人々に配布した。自団体でだけでなく、配布を希望する人に無料で提供することで、より多くの人に届けることができるようにした。「それまで出会ってきた路上生活の経験が長い人は、炊き出しの情報などについて、支援者より詳しく知っている場合もある」(佐野)が、突然雇い止めにあった若者は、情報が無く、「それこそ死んでしまうのでは、と思った」(佐野)。「(支援などの)情報を当事者の手に取りやすくすることで、支援者の存在に気づくことができる人もいるんじゃないか」と考えたという。

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現在、路上脱出ガイドは全国6つの都市でご当地版が配布され、入手場所も他の支援団体や図書館、お寺などに広がった。ビッグイシュー基金のホームページでも公開しているため、ネットカフェなどで読んで、支援者と繋がる人も増えているという。

支援者が当事者と繋がるには当事者が情報にアクセスしやすい工夫も必要だと、佐野は指摘する。「路上脱出ガイド」という名前は、路上生活者を連想しやすく、手に取るのに気後れするという意見があり、大阪のガイドは名前を「生活SOSガイド」と併記する形に変えた。その結果、ガイドの配布数は増加した。
ビッグイシュー基金 路上脱出ガイド )

対面や電話コミュニケーションに慣れていない層が相談しやすい窓口を/一般社団法人「にんしんSOS東京」中島かおりさん

「当事者が相談しやすい入口」が重要だと指摘するのは、一般社団法人「にんしんSOS東京」代表理事の中島かおりさんだ。にんしんSOS東京は「妊娠をしたかもしれない」と悩む人の相談窓口を運営する。「若年層はオンラインによる相談が多い。妊娠SOS東京を知ったきっかけも、ほとんどがネット検索。」と中島さんはいう。若い世代はネットを介した、テキストによるコミュニケーションが当たり前。にんしんSOS東京では電話や対面での相談も行うが、相談の初期の段階では、メールでやり取りが多いと中島さんは言う。当事者に「相談したい」と思って貰うためには、その人が親しみやすいコミュニケーション方法に対応する必要があると考えるからだ。

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その一方で、メールすら馴染みのない若者もいる。LINEをつかう若者が多く、「(にんしんSOS東京への)相談のためだけにメールアドレスを作ったという子も結構いる」(中島さん)。また、携帯料金が払えず電話を止められてしまい、無料Wi-Fiが使える環境でないとLINEすら使えない子もいたという。そこで、にんしんSOS東京では、ネット環境さえあれば無料で使える通話アプリを開発した。

妊娠の問題は、特に「自己責任」とされやすいと中島さんは指摘する。当事者が学生である場合は、友人に相談するとSNSで一気に拡散してしまう恐れもある。また、スクールカーストと呼ばれる学校内の序列も子どもにとっては重要だという。「スクールカースト上位の人から(性)被害を受けると、打ち明けても周りから信じてもらえない、もしくは却って冷たくされると思ってしまう」(中島さん)。「親に心配をかけたくない」と家族にも相談できない場合もあり、妊娠で悩む子ども(若者)は孤立してしまうという。

そういった環境の中、妊娠で悩む若者は「これからどうしたらいいかわからない状態」(中島さん)。だからこそ、相談してきた若者を肯定的に受け止めることが重要だという。にんしんSOS東京では、相談してきた当事者に「よく相談してきてくれたね。ありがとう。」「これまで一人で抱えて辛かったね」と声をかける。「相談で『誰に何と言われたか』というのは非常に大事。相談員が相談者にとって安心・安全な存在であることが必要」(中島さん)。

日本の妊娠から出産、子育てに渡る、切れ目ない支援は妊娠届を提出し、保健師との面談を経て母子手帳の交付を受けるところから始まる。しかし、妊娠届を提出したり、母子手帳を貰いにいくのは「産むと決めた人たち」(中島さん)。「出産を決めきれず、悩んでいる子ども(若者)が支援者と繋がることができない仕組みになっている」という。にんしんSOS東京への相談は「妊娠をしてしまった」だけでなく、その手前の段階での相談、例えば「生理が遅れている」、「避妊に失敗したかも」、「妊娠していたらどうしよう」というメールが端緒になることも多い。そういった妊娠に関する不安や恐れを抱えた声こそ、繋がらなければいけない当事者だと中島さんは訴えた。
にんしんSOS東京 )

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当日会場で販売されていた中島さんの著書「漂流女子

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