米国でのヒップホップ人気を若者への教育に活かす教師が増えているという。実際の成果はどれほどのものなのだろう? ミルズ大学(カリフォルニア州)の非常勤教授ノーラン・ジョーンズがニュースメディア『The Conversation』に寄稿した記事を紹介する。
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2017年、イリノイ州ジョリエットの高校数学教師キャシー・クリムは、高等代数学の初回授業で自己紹介がわりに自身がラップを歌う動画を流した。カーディ・Bの大ヒット曲『ボダック・イエロー』(2017年リリース。 Billboard Hot 100で3週連続の1位)をアレンジした『コダック・イエロー』。生徒がこの科目に興味を持てるよう、歌詞に数学用語を散りばめた。
カーディ・B
Photo courtesy of Atlantic Records
指数 / 比率 / 累乗 / 代数 / 三角法
選びたくない / 焦らずいこう / 油断しちゃいけないよ
チャートデータに情報提供を行っている「ニールセン・ミュージック」の2019年版年次報告書によると、ヒップホップは2年連続で「米国で最も人気の音楽ジャンル」に選ばれた*1。生徒の関心を引きつけたい教師がヒップホップを授業に取り入れることは自然なことだし、クリム以外にも多くの教師が実践している。
カリフォルニア州パサデナのジョン・ミューア高校では、社会科教師マヌエル・ラスティンが「都市文化と社会」という科目でヒップホップを使って歴史の授業を行っている*2。デトロイトのフレデリック・ダグラスアカデミー校では、教師のクアン・ネロムスが生徒たちにお気に入りのヒップホップ曲から大学習得レベルの語彙を選び出し、米国史における重要な出来事と関連づけさせることをおこなっている*3。
この3人の教師は「ヒップホップ教授法」を導入している新世代の教育者と言えよう。
*2 Teaching History Through Hip-Hop
*3 This Detroit Teacher Uses Hip-Hop Literacy to Engage His Students and the Community
果たして、実際の効果はどれほどのものなのか?
WokandapixによるPixabayからの画像
この10年、K−12レベル(幼稚園から高校まで)から大学レベルの講師までを対象に「ヒップホップ教授法」をレクチャーしてきた筆者の経験からいうと、ヒップホップには、シェークスピアや神経科学といった重要だが興味を持ちにくい科目に生徒の関心を引きつける力がある*4。
ただし、すべてはやり方次第。軽い気持ちやウケ狙いではうまくいかない。歌の背景もよくわからずそれっぽい言葉を並べたてる、手当り次第でラップの動画を流すだけではダメ。大事なのは、見せかけではない “本気” の取り組みだ。
*4 In hip-hop, educators find a bridge to Shakespeare
ヒップホップは複雑な社会を映し出す鏡
ただし、米国の教育現場でヒップホップが導入されたのは最近のことではない。ヒップホップを活用することの影響と効果については10年以上前から研究が行われている。学術研究でパイオニア的存在となるのが、94年に出版された『ブラックノイズ――現代アメリカのラップ音楽とブラックカルチャー』で、それ以降、多くの教育本が発表されている。それらの研究により、クリティカル・シンキングやSTEMスキル*5を育む効果があることが分かってきている。
*5 Science, Technology, Engineering and Mathematicsの略で、科学・技術・工学・数学の教育分野のスキルを指す。
ヒップホップが大学レベルの教育に活用されるケースも増えている。現在では300以上の大学でヒップホップ関連のコースが開講されている。アリゾナ大学では副専攻としてヒップホップ学が選択できるし、ミネソタ州セントポールのマクナリー・スミス音楽大学では、ヒップホップ音楽の制作・言語・歴史を学べる3セメスターのコースを提供、修了者には「ヒップホップ学位」が与えられる。
「ヒップホップ教育」についての大規模調査が行われた2011年時点で、K-12レベルの教師の少なくとも150人が授業でヒップホップを使用していることが分かった。しかしこれほどの普及に至るまでには、懐疑論に打ち勝つ必要もあった。ヒップホップは暴力、消費、女性蔑視を美化してきた音楽ではないのか? 教育の場にふさわしい音楽か?といった声だ。
Trần Tiến Lộc ĐỗによるPixabayからの画像
だが、ヒップホップは複雑な社会を映し出す鏡のようなもの。何もヒップホップ自体が、暴力や行き過ぎた消費主義、女性の不当な扱いを生み出したわけではない。むしろ、そういった社会問題を議論するための土台を提供しているのがヒップホップなのだ。
ヒップホップ音楽の活用による成果
前述の教師の一人ラスティンは、チャイルディッシュ・ガンビーノの挑発的なミュージックビデオ『This is America』を題材に、生徒たちに米国社会の情勢を批判的に分析させた。この動画について、ある生徒はこう述べている。
「暴力が持つ衝撃的な意味…黒人がひどい扱いを受けても何も感じなくなっている搾取的な社会を歌っています。とにかくこの歌は、米国の黒人社会の窮状に光を当てています」
ミュージックビデオ『This is America』
彼の授業は、州の教育基準に沿って、大学レベルの文章力、読解力、批判的思考を養うことを目的としているが、ヒップホップの歌詞を読み解くには一定レベルの批判的分析力が求められ、それがこの授業の狙いでもある。授業の中で議論することで批判的思考力が伸びるだけでなく、大学進学の準備にもなったと卒業生は振り返る。
数学教師のクリムは、動画を使い始めてから生徒の授業態度はより積極的になり、単元テストをするたびに成績が上がっていったと語った。
デトロイトの教師ネロムスがヒップホップを取り入れるようになったのは、語彙力テストの合格率がたったの33%だったからだが、導入後7週間で合格率100%にまで上昇したと言う*6。
今後、ヒップホップを活用する教師が増えていけば、同じような成果を上げていけるだろう。生徒たちの多くはすでにお気に入りのミュージシャンの歌詞を通して社会を見て、世界観を形成している。彼ら彼女らが日常的に聴いているヒップホップを教室に取り入れることは理にかなっているし、教師と生徒をつなぐ有効なツールとなるに違いない。
By Nolan Jones
Courtesy of The Conversation / INSP.ngo
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