ペットを愛する飼い主に「ペットを取りますか、住まいを取りますか」と究極の選択を迫り、「ペット」と答えると「望んでホームレス状態を選んだ」と判断される?! ホームレス状態にある人々のペット事情について、英国の調査結果を紹介したい。
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英国、ペット同伴可の簡易宿泊施設は37%
英国内にある生活困窮者向け簡易宿泊施設を対象に「ペット同伴」を許可しているかどうかオンライン調査を実施した*1。523拠点中117の施設から回答があり、ペット同伴可の施設は37%(43拠点)のみだったが、77%(90拠点)の施設ではペット同伴可能かの問い合わせを受けたことがあると回答した。
“ペット同伴可”としている施設では、その理由を「飼い主またはペットにメリットがあるから」と説明。「他の滞在者やスタッフもそのペットを可愛がることができる」と回答した施設もあった。他方、“ペット同伴不可”の施設の理由はさまざまで、最も多かったのは「スタッフと他の滞在者の健康と安全面」だった。ペットを同伴すればフンの始末などが問題となることは、ペットを飼ったことのある人ならよくお分かりだろう。新しい環境となるとなおさらだ。
“ペット同伴可”の施設では、契約や宿泊ポリシーに 「ペットの世話、散歩、清掃は飼い主の責任」と定めることで、そうしたリスクに対応しているとのこと。他の施設でも同様のポリシーを定めればよいのではないだろうか。
住まいもままならないならペットを飼う資格はない?!
「ペットを飼うこと」というのは、飼い主にとっても、獣医にとっても、社会にとっても、さまざまな道徳的問題を提起する。「住む家がないならペットなんて飼うべきじゃない」という批判もあるが、飼い主がホームレス状態になる前からペットを飼っていた可能性だって大いにある。
英国には“ホームレス状態とされる人”の数は約32万人、総人口の0.5%に相当するとみられている*2。英国の家庭の約45%がペットを飼っていることを踏まえると、飼い主がホームレス状態になればペットも同じく“ホームレス”となるわけだ。
*2 日本では路上生活者のみを指すことが多いが、英国では簡易宿泊施設などに滞在中の者など「住まいを失う可能性の高い人」もホームレスの定義に含まれている。
路上生活者がペットを飼うことへの批判はまた、動物との絆が路上生活者にもたらすポジティブな効果を無視している。ペットの存在がいかに大切であるかは多くの研究が指摘している通りで、社会的に孤立した人や排除されている人々にとってはなおさらだ。路上生活者にとってのペット(特に犬)は、身体的にも精神的にも、そして社会的にも大きな支えとなり、唯一無二の存在であるケースも少なくない。実際にペットを飼っている路上生活者はそうでない人よりも鬱症状や孤独を感じにくく*3、今回の調査で取材した際もペットを“家族”と呼ぶ人が多くいた。
*3 カナダで189名の若者ホームレス(89名がペットあり、100名がペットなし)に調査したところ、ペットなしの方が鬱症状を抱えてる人が3倍多かった。
参照:The Protective Association between Pet Ownership and Depression among Street-involved Youth: A Cross-sectional Study(2016.3)
10年以上続く緊縮経済、新型コロナウイルス感染症による大打撃、そしてEU離脱問題…..今後、英国の公共サービスにはさらなる制約が課せられることになるだろう。しかし、一人の人間を1年間安定した住まいがある状態にすることで公共支出を平均約9千ポンド(約123万円)以上抑えられるとの推計もある*4。家を失った人や路上生活に陥りそうな人を早い段階でサポートすれば、かなり高い費用対効果が見込めるのだ。
*4 参照:Crisis UK – Better than cure?
またホームレス状態になることは、財政面だけでなく、人の命そのものが犠牲となる点も無視できない。2018年度、イングランドとウェールズで “ホームレス” の死者は726人と推定されている。その約88%が男性で、死亡者の平均年齢は男性45歳、女性43歳だった(英国の一般的な死亡者の平均年齢は男性76歳、女性81歳)。死因は薬物関連が圧倒的に多く、アルコール依存症、自殺と続く*5。
*5 参照:「Deaths of homeless people in England and Wales: 2018」
さまざまな危機が広がっている中で、ペットの問題など大したことではないと思われるかもしれないが、社会で最も疎外されている人々の中にはペットがかけがえのない存在となっている人がいることも、さまざまなエビデンスから明らかである。
調査回答者の多くが、「ペットと離ればなれになるくらいなら路上生活でも仕方ない」と述べた。しかしペットを手放すことを拒否すれば、自治体からは「ホームレスでいるという意思がある人(intentionally homeless)」とみなされ、“住まいサポート対象外”となってしまう。このような人たちをも支援していくには、ペット同伴可の宿泊施設を増やすことが重要である。
ホームレスにも“家族”とともに眠れる場所を
コロナ禍で住宅事情はさらに厳しい状況下にある。コロナ対策として政府が実施した「エブリワン・イン(Everyone In:すべての人に住まいを、の意) 」構想では、およそ15,000人の路上生活者をホテルやその他の安全な施設(民宿、安宿など)に収容した、と住宅・コミュニティ・地方自治省(MHCLG)は発表している。
ホームレス問題がこれ以上拡がらないよう、『ビッグイシュー』を含む諸団体が尽力してはいるが、精神面でのサポートや雇用の提供など、数々の課題が立ちはだかっている。企業の倒産や人員カットの事例が増え、一時的に禁止されている立ち退き命令も解除されれば、おそらく路上生活者の数はさらに増えてしまうだろう。
「安心して眠れる場所」はすべての人に提供されるべき基本的ニーズで、ホームレス状態にあろうともペットとの生活は守られるべきである(私たちも、ロックダウン中に家族や社会支援ネットワークと切り離されるストレスを味わったことを忘れてはならない)。社会から排除された弱者たちが “家族”と一緒に居られることの意義を受け入れ、環境を整えていくべきである。
著者
Jenny Stavisky
Assistant Professor in Shelter Medicine, University of Nottingham
Pru Hobson-West
Associate Professor, Social Sciences, University of Nottingham
※ 本記事は『The Conversation』掲載記事(2020年7月24日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。
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