超富裕層イーロン・マスクが寄付すれば世界の飢餓はなくなるか? 格差社会の是正に必要なものとは

2021年10月31日、電気自動車企業テスラ社のCEOで世界を代表する実業家イーロン・マスクが、自身の財産のうち60億米ドル(約6800億円)を飢餓救済に寄付してもよい、と冗談まじりのツイートをした*1。ただし、そのお金を具体的にどう使えば“今すぐ”世界の飢餓を解決できるのかを事細かに説明してくれれば、とも述べている。

*1 参照:イーロン・マスクのツイート

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この発言は、国連世界食糧計画(WFP)のデイビッド・ビーズリー事務局長がCNNのインタビューで、超富裕層であるジェフ・ベゾスとイーロン・マスクに、世界の飢餓の解決に「今こそ、一度きりでいいから」援助してほしいと訴えかけたことに応じたものだ。「60億ドル(イーロン・マスクの純資産のおよそ2%にあたる)あれば、4200万人の命が救えます。シンプルな話です」事務局長は語っている。2020年にWFPがノーベル平和賞を受賞した際にも、ビーズリー事務局長は億万長者らに向けて50億ドル(約5700億円)の寄付を呼びかけたことがある。

このやりとりの背景について、『How to Feed the World(世界を養う方法、未邦訳)*2』の著書がある社会科学者のジェシカ・アイズが解説する。

*2 著書トレイラー:https://youtu.be/-tsH0Sf81sk

1. このやり取りが注目を集める理由

2021年時点で純資産34兆円を誇る世界一裕福な人物イーロン・マスクは革命的な起業家。一方のWFPは世界最大の国際組織である国連に属し、2020年にはノーベル平和賞にも輝いた。イノベーションと個人主義を重視するイーロン・マスクと、外交と多元主義を重んじる国連。株主に対して説明責任を負うイーロン・マスクと、193の加盟国を尊重し、その声に耳を傾けなければならず、官僚主義に陥りがちな国連。考え方やアプローチがまったく異なる両者の間には、ある種の緊迫関係があるといっても過言ではないだろう。

そんなマスクとビーズリー事務局長(元サウスカロライナ州知事でトランプ政権下で現ポストに任命された)のバトルは、2つの異なる世界の衝突を象徴している。SNSでのやり取りなどたわいもないものと思われるかもしれないが、「飢餓撲滅」という世界的かつ喫緊の課題をクローズアップさせた。

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栄養不良状態にある世界人口は2020年に急増し、7億6800万人に上るとみられている。表: The Conversation, CC-BY-ND 出典: Food and Agriculture Organization of the United Nation

2020年時点で全人類の10%近くが栄養不足に陥り、その数は2019年から1億1800万人も増えているとみられている。世界的課題を解消するには、イーロン・マスクと国連機関の両者の強みを融合すべきではないのか。

2. 世界の飢餓問題をなくす難しさ

地球上にはすでに、すべての人に行き渡る量の食糧はある。多くの人々が飢えているのは、食糧を育てられないからではない。もちろん、猛暑、干ばつ、洪水、暴風雨といった気候災害が農業の生産性を低下させており、社会として早く行動を起こさないと、その影響はますます大きくなるだろう。

ただ、現在生じている飢餓は、紛争、脆弱なインフラ、不平等、貧困によるものだ。たとえば、何年も紛争が続くイエメンでは500万人以上が飢餓の危機に瀕している。10年前から紛争状態が続くシリアでは、人口の60%以上にあたる1240万人が十分な食事をとれずにいる。

60億ドルを寄付する条件として、WFPに具体的なプランの提示を求めたマスクにも一理ある。WFPは1961年の設立以来、世界の飢餓撲滅に向けて努力し、2020年には過去最高の84億ドル(約9500億円)の資金を集めている。そのほとんどは各国からの自発的支援で、一部が民間からの寄付だ。にもかかわらず、世界の飢餓ははびこったまま、世界人口の約40%が健康的な食事にありつけないでいる*3。

*3 参照:3 billion people cannot afford a healthy diet

3. 超富裕層の力に頼るべきなのか

WFPによると、現在の世界的飢餓を改善するには、年間66億ドル(約7480億円)の追加予算が必要だという。超富裕層たちにかかれば、毎年楽に寄付できる額だ。2020年、米国の上位1%の富裕層だけで、合計34.2兆ドル(約3900兆円)の純資産を保有しているのだから。ただ、彼らがお金を出したとしても、それだけで飢餓を解決できるわけではない。各国政府がインフラを整備し、市民運動の広がりによって社会の平等性を高め、政府間交渉による政策変更や紛争軽減を目指さなければならない。

大規模な民間寄付の例に、ビル&メリンダ・ゲイツ財団の活動がある。約500億ドル(約5兆6700億円)の基金を持つ同財団は、この20年でマラリア、エイズ、結核の撲滅に向けた世界的な取り組みに30億ドル(約3400億円)以上を提供してきた。マラリアのワクチン開発など一定の成果を収めてはいるものの、“完全勝利”とはいかず、依然、年間40万人以上がマラリアで命を落としている*4。

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マラリア撲滅に多額の寄付を決定したビル&メリンダ・ゲイツ財団に拍手喝采するマラリアの研究者や政策決定者たち(2007年10月)。AP Photo/Elaine Thompson

米国では寄付がとてもスタンダードで、2020年、米国全体の非営利団体への寄付総額は4710億ドル(約53兆3900億円)にのぼる。しかしもちろん、各団体が取り組む課題はさまざまで、決してすべての人が世界の飢餓問題を第一に考えているわけではない。

*4 そのほとんどが、サハラ以南のアフリカに暮らす幼い子どもたちだ。
参照:Malaria’s Impact Worldwide

4. WFPが取るべき方策

マスクはTwitterで気まぐれな発言をすることがあるため、今回も本気ではない可能性もある。ただ、ジェフ・ベゾスは2017年にTwitterで、慈善活動に力を入れる意向を表明したことがある*5 のだから、マスクの今後の行方には注目していきたい。

これを機に、マスクとビーズリー事務局長はエゴを捨て、協力関係を結ぶこともできるだろう。マスクが要求したように、WFPがTwitter上で具体的な計画を提示すれば、マスクも世間の人々の前で自らの誓約を果たす責任が発生する。WFPは従来から会計情報を公開しているのだから、全く無理な話ではないはずだ。

*5 参照:ジェフ・ベゾスのツイート

5. イーロン・マスクだからできること

2012年、マスクは自己資産の半分以上を生前もしくは死後に慈善活動に寄付することを誓う「ギビング・プレッジ*6」に署名しているが、それ以降、実際に慈善活動にあてた寄付額は比較的少なく、支援計画についても多くを語ってこなかった。

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イーロン・マスクは慈善活動への具体的な寄付を明言していない。picture alliance/Getty Images 

しかし2021年に入ってから、寄付金額そのものは増えている。マスク財団のそっけないウェブサイト*7 には、宇宙開発の研究と擁護、小児科研究、理工学教育、人類に役立つ安全な人工知能の開発をサポートすると明言されているが、具体的な支援先や連絡先は記載されていない。飢餓をなくすには、紛争を鎮め、貧困を根絶し、インフラを整備し、気候変動を遅らせる必要がある。実に革命的な取り組みだ。宇宙旅行よりもはるかに挑戦しがいがあるだろう。ぜひ彼の資産力、影響力、革新性を、この世界最大の課題解決にあてていただきたいものだ。

*6 2010年にビル・ゲイツとウォーレン・バフェットが始めた寄付啓蒙活動。
*7 公式サイト:Musk Foundation

著者
Jessica Eise
Assistant Professor of Social and Environmental Challenges, The University of Texas at San Antonio


※本記事は『The Conversation』掲載記事(2021年10月14日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。

The Conversation

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