カナダのストリートペーパー『リティネレール』(ケベック州モントリオール市で発行)では、薬物依存症や貧困、家を失うなどして苦しむ先住民の人たち向けに、ワークショップや研修、カフェでの就労トレーニングなどを通して社会復帰を支援する事業「ラウンドハウス・プログラム」を実施している。
ある先住民の生い立ちー父親は刑務所、母親は薬物依存症
プログラム参加者の1人、クリー族のテイラー・モリン(23歳)も、ここに至るまでにあまたの壁を乗りこえてきた。生まれは州都エドモントンから80キロ離れたところに位置する先住民コミュニティ、エルミネスキン・クリー・ネーション。社会福祉課が、養えなくなった母親の元からテイラーを引き取ったのは、彼がまだ2歳の頃だ。「母は薬物問題を抱えており、今じゃどこにいるのかさえ分かりません」と嘆くテイラー。実父はテイラーが幼い頃から刑務所生活だった。
クリー族の若者テイラー・モリンは人生をやり直すためにモントリオールにやって来た。「ラウンドハウス・プログラム」でそのチャンスを掴んだ。Photo credit: Carla Braga
先住民コミュニティから車で1時間ほど離れた小さな町マンデアの児童養護施設に入り、「その後は養子として引き取ってもらえました。とても良い人たちが里親になってくれ、僕はラッキーでした」。と語る。養父はメティ(先住民とヨーロッパ系住民のルーツを持つ)で、養母は白人だった。「彼らは先住民の文化にも触れさせ続けてくれました。パウワウ(先住民の踊りを交えた集会・祭り)の集まりに参加したりと、先住民としてのアイデンティティを持ち続けられたのはうれしかったです」
その後、養父母と近くの農場に引っ越し、高校卒業までの日々をそこで過ごした。勉学もさることながら、まわりはほぼ白人という環境で人種差別にもぶつかり、学校生活には苦労したという。
大学を中退、道を踏み外し…
卒業後、経営管理を学ぶためエドモントンに出た彼だったがー。「勉強を好きになれなくて、19歳で退学してしまいました。その頃から、酒や薬物まみれの先住民たちとつるむようになったんです。そしたら僕もどんどんそんな生活に引きずり込まれてしまって……」その後の数年は薬物が生活の中心となり、暗黒の日々が続いた。「街のギャングの一味にもなった。ギャングの中には血の繋がった親戚も何人かいて、お前を危険から守ってやるって言ってくるんだけど、それは嘘でした」。
行き場を失ったテイラーは、知り合いの家を泊まり歩く生活を4年くらい続けた。タチの悪い組織に入れられそうにもなったが、それまでの経験から警戒心を高めていた彼は、なんとかその道は避けられた。
モントリオールに辿り着き、「ラウンドハウス・プログラム」と出会う
心を入れ替えなければと心に決めたテイラーは、ヒッチハイクでサスカチュワン州、マニトバ州、オンタリオ州をめぐり、2020年にモントリオールにたどり着いた。そして、ホームレス状態にある先住民の支援団体が拠点を置くキャボット・スクエアに行き着いた。「テントでサンドイッチを配っていたんです。そこで非営利の支援団体を紹介され、シェルターに入れるよう手配してくれました。しばらくそこで寝泊まりしながら、酒と薬物を断っていきました」
そこで出会った年配のセラピストもとてもよくしてくれ、テイラーと同じような境遇にあったティムとの共同生活も始まった。「そのセラピストがラウンドハウス・プログラムを紹介してくれたんです。ワークショップやトレーニングにたくさん参加してきました。これからはラウンドハウス・カフェ*1で働き始めます。ちょっと緊張しますよね」とテイラー。
*1『リティネレール』が運営するモントリオール市唯一の先住民によるカフェ。
https://itineraire.ca/roundhouse-cafe/
先住民出身で医師として活躍するスタンリー・ボラントをワークショップ講師に迎え、準備したたくさんの質問を投げかけるテイラー・モリン。Photo credit: Justine Latour.
彼は今、確かに正しい道を歩んでいる。『リティネレール』とラウンドハウス・カフェのメンバーが彼を応援しているので、これからもきっとうまくやっていってくれるだろう。
その後、テイラーは19週間のカフェ勤務プログラムを修了し、民間企業の用務員として働けることとなった。
By Josée Panet-Raymond
Courtesy of L’Itinéraire / INSP.ngo
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