日本の2021年の小麦流通量は、国産が82万トン、輸入が488万トン。輸入元はアメリカ、カナダ、オーストラリアがほとんど*1だが、ロシアのウクライナ侵攻により、今後この割合も変化する可能性がある。すでに、さまざまなものが値上げとなり、日本の多くの人もその余波を「他人ごとではない」と感じ始めているだろう。ノッティンガム・トレント大学で食品産業マネジメントの専任講師を務めるハナ・トロールマンが『The Conversation』に寄稿した記事を紹介したい。
Daniel Garcia Mendoza / Alamy
*1 農林水産省「麦をめぐる最近の動向」より
ウクライナとロシアは、かなりの量の穀物やその他の食料を生産・輸出している。ウクライナは、国際市場で取引される食料の全カロリーの6%に相当する食料を生産している。しかし、これは世界最大の核保有国に侵略されるまでの話だ。ロシアは世界最大の小麦輸出国で(補足:ウクライナは世界5位)、国境を越えて取引されるすべての小麦の17%以上を供給している。しかしこれも、国際的な制裁を課されるまでの話だ。
ともかく、これまでウクライナ産やロシア産の小麦を使っていたパンの多くが、今年からはそうではなくなるだろう。黒海エリアの国々から小麦を調達できなくなるのなら、世界の人々が日々口にするパンの原料はどこから調達すればよいのか?
ウクライナの小麦収穫は半分以下に。その余波は直接の輸出先だけではない
穀物(小麦、トウモロコシ、米、大麦など)の生産については、100万トン=1MMTの単位で語られる。小麦1kgで3,400カロリーなので、1MMTの小麦だと約3.4兆カロリーとなる。これだけあれば、ヨーロッパの全人口がおよそ2日間、アフリカの全人口でも約1日半食べていける。もちろん、人間にはこれ以外にもビタミンやタンパク質が必要ではあるが。
2021年、ウクライナが生産した穀物は約80MMTだったが、2022年の収穫はその半分以下になると見込まれている。この減った40MMTのカロリーを、たとえば英国1カ国で埋め合わせるとなると、すべての英国民が3年間穀物を食べられなくなるほどの量だ。実際には、1カ国にそのしわ寄せが集中するのではなく、複数の国で少しずつ不足するという状況になる。そして近いうちに、あらゆる人々の食卓の上に影響が及ぶことになるだろう。
穀物の世界総生産量は1年あたり約2,200MMTで、これだけの穀物がそのまま人間の口に入れば7千兆カロリー以上となる。この地球に暮らす約80億人が1年間生き延びるのに必要な5千800兆カロリーを20%も上回る。しかし、これらの穀物の多く(昨年ウクライナで栽培された大量の穀物の半分以上を含む)は人間の食用ではなく、動物の飼料、酒の原料、燃料、その他の目的で使われている。また、そのほとんどは国際市場に出されることはなく、栽培・収穫、消費まですべて同一国内で行われている。
不足するであろう穀物を補うには、それらがいつ収穫され、人類がどんな目的で使っていたかを明確にする必要がある。
ウクライナでの収穫時期は主に二度あり、大量の小麦の収穫が7月に始まり、さらに大量のトウモロコシの収穫が10月に始まる。秋に収穫するトウモロコシの多くは、冬場に動物の飼料として使われてきた。そのため、スーパーで販売される食品に影響が出るのは2023年以降になるだろう。秋の収穫分を植えるのは5月頃なので、農家がウクライナ産トウモロコシの不足分を埋め合わせる手段(例. 他の場所で植えるトウモロコシを増やすなど)を考える時間的余裕がまだある。(補足:この記事が執筆されたのは2022年4月)
しかし、より問題となるのは、7月の収穫に向けて2〜3月に植えるはずだった小麦だ。この夏、ウクライナが国外に出荷できる小麦は16.7MMTほどになると見込まれている。主な輸出先は北アフリカや南アジアで、インドネシア、エジプト、パキスタン、バングラデシュ、モロッコなどはこの夏、1MMT超のウクライナ産小麦を待ちわびている。欧州や北米に輸出されるものはほとんどないものの、世界的な輸出量不足が小麦取引価格にすでに反映されている。
穀物市場は依然“国際的”で、自国と一切関係ない問題などありえない。これまでウクライナの小麦に頼っている自覚がなかったフランスやイタリアの国民が、パンの原料の新たな調達先を探し求めるエジプト人やモロッコ人と張り合うことになるだろう。
新しい調達先として注目されているのが、この数年で小麦生産を劇的に拡大させているインドだ。良好な天候と農業技術の向上により、5年前には88MMTだった収穫量が、今年は107MMTにまで上昇すると見られている。しかしインドは大国なので、国内で収穫される小麦のうち、97MMTは13億人の国民の食卓に使われ、外国に輸出されるのは10MMTが限度だろう。
昨年の干ばつの影響は改善されるにせよ、2022年度の供給量が厳しくなることは免れられそうにない。インドなどで植え付け量を増やして生産高につなげられるかどうかは、天候が運命を握っている。
著者
Hana Trollman
Lecturer in Food Industry Management, Nottingham Trent University
※本記事は『The Conversation』掲載記事(2022年4月12日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。
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