大学は「学生ケアラー」の実態把握と支援体制構築を急ぐべし

 近年、日本でも「ヤングケアラー」の存在が注目されるようになってきた。厚生労働省の定義によると、大人並みのケア責任を負う18歳未満の子どもとされ、2020年の調査によると中学2年生の17人に一人が該当し、1日平均4時間がケアに当てられているという*1。しかし18歳以上の若者でも深刻な状態に置かれているケースがある。英国スタフォードシャー大学保健学部ジェシカ・ルナクレス上級講師らが、『The Conversation』に寄稿した記事で各国の「大学生ケアラー」の実態を概観している。


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BUNDITINAY/Shutterstock

*1 参照:「ヤングケアラーの実態に関する調査研究報告書
(令和3年3月、三菱UFJリサーチ&コンサルティング)

英国では人口の約6%が無償でインフォーマルケア(プライベートでの支援や介護)を行い、約60%の人が生涯のどこかの時点で介護に携わるとされている。その中には、大学に通いながら介護をする「学生ケアラー」も含まれる。介護がないと生活が立ち行かない家族に、食事、投薬、お金の管理といった身の回りの世話や身体的サポートを無償で行っている大学生たちだ。

どれくらいの大学生がこのインフォーマルケアを行っているか、まだまだ実態は把握しきれていない。自分がそうであると明かさない(または気づいていない)学生も多いし、大学側も学生ケアラーの存在を正確に確認できていないのが現状だ。在学中に介護状況が変わることもあるため、状況把握は決して簡単ではない。

2015年、英政府は「介護者は高等教育との両立が難しくなるため、追加支援が必要となるだろう」と認めた。しかし、学校側が学生ケアラーの存在を把握しないことには、支援の手を差し伸べようもない。筆者の研究チームでは、「学生ケアラーの大学生活」に関する世界各地の調査を考察した*2。すると、学生ケアラーが直面するさまざまな課題に加え、大学が提供する支援が十分でない現状があらためて浮き彫りとなった。

*2 2020年2〜5月に文献検索を実施し、2,484件の記事がヒットした(うち14件が審査中の論文)。

学業と介護のプレッシャー

学生ケアラーの当事者からは、介護が勉学や大学生活に悪影響を与えているさまざまなケースが報告されている。時間的な制約から「レポートの締め切りに間に合わない」「課題を終わらせられない」「授業に出席できない」、また、サークル活動やアルバイト、インターンなど大学生としてのさまざまな機会を逃すことにもつながっていると。ほかにも、介護する相手のそばにつきながら勉強しなければならないという制約から、介護に支障のない科目を選択するしかなく、実習科目などが受講しづらい現実もある。

さらに、介護の重圧が学生のメンタルヘルスに悪影響を与えていることも分かってきている。カナダの研究では、学生ケアラーは介護をする必要がない学生よりも幸福度が低いことが指摘されているし、英国の調査でも、学生ケアラーからメンタルの問題(ストレスや不安感、気分の落ち込みなど)を抱えているとの声が上っている。また、強い疲労感を味わうなど身体面でもダメージを受けている。タイでの調査は、学生ケアラーが腰痛を発症しやすいことを明らかにしている。

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fizkes/iStockphoto

介護が学業に影響するだけではなく、学生であるために介護が思うようにできないという見方もある。学生ケアラーが直面している問題は、必ずしも介護責任があるからというわけではなく、不十分な支援体制に起因している場合もあるということだ。

介護手当も大学生は対象外

英国学生連盟(NUS)の調査によると、英国の学生ケアラーの3分の2が生活費の不安を抱えている。週に35時間以上介護する者に支給される介護手当*3も、大学生は対象とならない。大学生だからといって介護時間が減るわけでなし、介護に時間を取られてアルバイトをする時間も限られるというのに、この線引きは現実に即していない。

*3 週に69.70ポンド(約1万1千円)支給されるが、正規の学生はこの受給対象とならない。

どんな支援があるのか、情報を入手しにくいことも一因であろう。支援や補助金が用意されていても、学生ケアラーがそれを知る術がなければ意味がない。大学はすべての学生に向けて、どんな支援サービスや補助金が使えるのかをわかりやすく伝える必要がある。個々人の介護状況に応えられるよう、個別ガイダンスを設けるとよいだろう。

大学側に求められる柔軟な対応

大学側の方針や規則が柔軟性に欠け、学生ケアラーのニーズに合っていないケースもある。たとえば、宿泊が必要なフィールドワークなど、数日にわたって家を留守にしなければならない科目の履修が難しい場合などだ。

さらに、支援を得るための申請が複雑で時間がかかることや、必要な単位を取るためのスケジュールに柔軟性がないことが支障となっており、学生ケアラーからは「友人や家族に頼ることが多い」との声が上っている。

大学は学生ケアラーを支援すべく、介護のために授業に出席できない場合への対応、受講スケジュールの変更に応じる、学習資料や支援をオンラインで利用できるようにするなど、もっと柔軟性ある対策を取り入れるべきだろう。

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介護の重圧が、学生の身体的・精神的な健康に影響をおよぼしうる。Africa Studio/Shutterstock

教員や大学職員も、困っている学生ケアラーを見つけて支援する上で重要な役割を果たす。「学業的にも精神的にも教員や職員から助けられた」と回答した学生もいたので、今後はすべての大学関係者が学生ケアラーを取り巻く問題について研修を受け、支援情報やサービスを知っておく必要がある。

こうした取り組みをすすめる上で大前提となるのが、学生ケアラーの存在を認識することである。すべての大学が、学生が介護をしていることを伝えられる透明性の高い手段を用意する必要がある。英国では自身の障害について専門アドバイザーを介して報告できるしくみがあるので、それをベースに構築していくとよいだろう。

家族をサポートする重要な立場にありながら、学業を続けやすくなる支援が十分に受けられていない学生ケアラーたち。今からでも遅くないので、大学は学生ケアラーへの支援のあり方を真剣に検討すべきだ。

参考リンク:厚生労働省のヤングケアラーについてのページ
https://www.mhlw.go.jp/young-carer/

著者
Jessica Runacres
Senior Lecturer in Research Practice, Staffordshire University
Daniel Herron
Lecturer in Psychology, Staffordshire University


※本記事は『The Conversation』掲載記事(2022年4月19日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。

The Conversation

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