ホームレス状態の女性を200人雇用し、他社の作業を代行/豪ビッグイシューの取り組み

ビッグイシューの販売者は男性がほとんどだが、ホームレス状態にある女性がいないわけではない。オーストラリアでは、ホームレス人口の42%は女性だとされ、子連れも少なくない。つまり、女性がホームレス状態となっても可視化されにくいのだ*1。女性がホームレスになる原因として圧倒的に多いのが家庭内暴力で、とりわけホームレス状態に陥りやすいのは55歳以上の女性たちだ。ビッグイシュー・オーストラリアが10年以上前から実施している女性支援の取り組みを紹介しよう。(『ビッグイシュー・オーストラリア』2022年3月4日掲載)


*1 参照:Australia’s ‘invisible’ homeless women

Women’s Workforce – 外部からの業務委託

ビッグイシュー・オーストラリアでは、2010年に「ウィメンズ・サブスクリプション・エンタープライズ(WSE)」を立ち上げ、ホームレス状態にある女性たちを雇用し、雑誌の梱包や定期購読者への発送といった業務を任せていた。その後、彼女らのスキルが高まり、人材も増えてきたことから、現在は「ウィメンズ・ワークフォース(Women’s Workforce)」と活動を発展させ、ビッグイシュー内部のみならず、外部からの業務委託も受けるなど、幅広いサービスを提供している。

具体的な業務は、梱包、郵送代行、データ入力、コールセンター業務、イベントサポート、ポスティングなど。発注元も、政府、スタートアップ企業、非営利団体、企業とさまざまで、オーストラリア郵便公社、ザ・ボディショップ、ウエストパック銀行、メルボルン国際ジャズフェスティバルなどが顧客に名を連ねる。

コロナ禍で発送作業の仕事をしたリン/ビッグイシューオーストラリア

「ビッグイシューは本当の家族のような存在」ベトナム難民のリュウ

ウィメンズ・ワークフォースでのこの日の業務は、デザイン開発企業「アイコン・デベロップメント(ICON Developments)」からの依頼を受け、メルボルン市街地の公営住宅で予定されている「改修工事お知らせ」チラシのポスティングだ。

設立当初から働いているというリュウは仕事の手順にも慣れたもので、チラシの束と格闘する筆者に丁寧にやり方を教えてくれた。チラシを配りながら集合住宅の間を歩いていると、「この仕事の良いところは、言葉を交わす時間がたっぷりあること」とリュウが言う。「私はベトナムからの難民なので、安全でいられることの大切さを痛感しています」

リュウがオーストラリアにやって来たのは1979年。ウェスト・メルボルンの、移民が多く暮らす街フッツクレーに落ち着き、アジア食品店を10年間経営していた。家庭を持ち、子どもが生まれてからは、家族との時間を確保するため、新規ビジネスを始めた。一時はかなり順調だったが、ある夜、「身を守るため」、着の身着のままで子どもたちと逃げ出した。行く当てもなく、どこに助けを求めればよいのかも分からなかった。高校3年生の娘は受験を目前に控えていた。「不安でいっぱいでした。子どもたちには悟られたくなかったけど、気づいていたでしょう。おびえる子どもたちに、心配ない、とにかく今は家にいられないのだと言い聞かせました」。結局、サザンクロス駅の医務室で助けを求めた。

今では子どもたちも成人した。大学まで通わせたことを誇りに思っている。リュウにとって、「ウィメンズ・ワークフォース」との出会いは、経済的に助けられただけではない。「この仕事の一番の魅力は、いつでもサポートを受けられることです」と言う。「自分のこと、家族のこと、ここに来れば、仲間といろんな話ができます。ビッグイシューは本当の家族のような存在。助けが必要なときはスタッフに伝えれば、いつでも時間を取って話を聞いてくれます。思いやりにあふれた、心の支えになる場所です」

4つの州で約200人の女性を雇用。人生の予期せぬつまずきをサポート

ウィメンズ・ワークフォースはこれまでに4つの州(ビクトリア州、ニューサウスウェールズ州、南オーストラリア州、西オーストラリア州)で約200人の女性を雇用してきた。最短4時間〜のシフト制で、法定最低賃金が支払われる。現場を監督する管理責任者がいて、必要に応じてトレーニングを提供するなど女性たちのサポートにあたる。女性にありがちなさまざまな状況に対応できるよう、フレキシブルな勤務体制を大切にしている。

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 Illustrations by Eleanora Arosio

多くの女性にとって、「ウィメンズ・ワークフォース」は、仕事や学業復帰への足がかりとなっている。中には、これがないと生活が立ち行かない人もいる。

「初めての勤務をすっぽかしてしまいました。普通の仕事なら、もうおしまいですよね」とクリステルは苦笑する。モナシュ大学の採用担当として14年間勤めていたが、その仕事を辞めて1カ月近く経った頃に、大きな事故に遭った。そこに新型コロナウイルスが襲いかかり、手術が延期となり、大変な時期を過ごした。一時は、友人の家を転々としてホームレス状態だった。しかしその後、住宅あっせんサービスを介して住まいが見つかり、1年前からウィメンズ・ワークフォースで働いている。

「手術が終わればすぐに仕事に復帰できると自分に言い聞かせていました。でも問題はケガだけじゃなかった。心の傷を癒やす必要があったんです。ビッグイシューのおかげで、やっと一歩を踏み出せました。仕事復帰のリハビリにぴったりの場所です。人とつながりを持つ感覚を少しずつ取り戻しています」

BIA_Women’s Workforce_2
 Illustrations by Eleanora Arosio

ティナはしばらく仕事から遠ざかっていた後、5年前からウィメンズ・ワークフォースで働いている。「精神的にかなりまいってました。ここの仕事は4時間から始められるので無理がないし、ほかの女性と会っておしゃべりすることもできる。とてもフレンドリーで楽しい場です。対人スキルや時間管理の感覚も取り戻せてきたし、朝起きて、身支度をして、仕事に行く。余裕を持って行動することにもずいぶん慣れました」

メルボルンの街なかをチラシを配り歩きながら、女性たちのいろんな話を聞かせてもらった。仕事とは、お金をもらうためだけの場ではない。自分の居場所となり、話し相手がいて、自分のことを気にかけてくれる仲間がいる、そういう場所であるべきだ。 「何も持っていなくても、すべて失ってしまっても、ビッグイシューに来れば仲間と出会え、前に進む背中を押してくれます」とリュウが語った。

Women’s Workforce – The BIG ISSUE AUSTRALIA
https://thebigissue.org.au/our-programs/social-procurement/


By Melissa Fulton

Courtesy of The Big Issue Australia / International Network of Street Papers
 サムネイル画像:ArLawKa AungTun/iStockphoto

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