北は北海道から南は九州・熊本まで。全国11都道府県の路上で販売されている『ビッグイシュー日本版』。だが、ホームレスの人たちによる路上販売以外にも「委託販売制度」があり、カフェや書店などの一角を彩っている。
猫のボブが招いた「委託販売」
店主の鈴木司さんが、ご自身の移動本屋で『ビッグイシュー日本版』の委託販売をするようになったのは、2019年のある猫との出合いがきっかけだった。
「もともと僕は映画の自主上映会の活動を長らくしていたんですね」。その縁で、「こんな映画を上映してほしい」というリクエストも時に寄せられていた。そんなある日のこと、「『ボブという名の猫』を上映してもらえませんか」というリクエストが舞い込んだ。
英国の『ビッグイシュー』誌販売者と飼い猫ボブとの交流を描いたこの映画は、国内外で老若男女を魅了してきた。鈴木さんは即OKし、上映会は好評のうちに幕を下ろした。
だが話はそこで終わらず、この映画のリクエストをした方が「実は帯広で『ビッグイシュー日本版』を委託販売してくれるところを探しているのですが……」と相談。移動本屋の活動もしている鈴木さんは、「それでは、うちでしましょうか」と話にのったのだ。
「ビッグイシューのことはうっすら知っている程度だったのですが、ボブ猫を通してより深く関わるようになったんですよね」
移動本屋「鈴木書店」
人気を博したボブ号(SOLD OUT)
ボブ猫が帯広に「委託販売」をもたらした
「1、2年前のものでも内容が古くならない。そこがいいですよね」と『ビッグイシュー日本版』の魅力を語る鈴木さん。現在は「鈴木書店」を通して帯広内のカフェ数点でも販売されており、コアなファンが月2回の販売日を心待ちにしているという。
平日は訪問看護の仕事に携わっていて、映画の自主上映と移動本屋は週末の「趣味」と語る鈴木さん。上士幌町出身で、学生時代にはよく地元の書店に通い、本に親しんできた。だが、街の本屋はやがて姿を消し、映画館も帯広市内にシネコンが一つという状況になった。「観ることのできない映画、読むことのできない本を地元に、帯広に届けたいというのが原点なんですよね」
だから「これが観たい」というリクエストがあれば、できる限り上映し、「お得意さんがこの本を気に入りそうだな」と思いつくとその本を仕入れる。「新品だけど出版年が古い本って、店頭から消えてすぐ手に入らなくなるんですよね。そういうなかなか手に入らないけれども魅力的な本をなるべく揃えるようにしています」
出合いを待つ本たち
ここ数年上映してきた映画は環境活動家グレタ・トゥーンベリさんの活動を描いた『グレタ ひとりぼっちの挑戦』、取材許可を得るまでに6年、撮影に2年を費やし日本の刑務所に潜入した坂上香監督の『プリズン・サークル』、世界でも有数の有名図書館の舞台裏を撮った『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』など話題作が並ぶ。
「上映する作品は、社会派のドキュメンタリーが多いですね。やはりシネコンでは上映されない作品というのを意識しています」
移動本屋の方も、帯広市内で開かれたピーター・バラカンさん*(日本で活動するイギリス出身のブロードキャスター)のトークイベントにてバラカンさんにちなんだ書籍を出張販売したり、上士幌町内のフリーマーケット「楽楽市」やイベントでの出店を行ったりと、その活躍の場は多彩だ。
「移動本屋の魅力は、販売する場所も変わるので雰囲気が一変することですよね。自分には呼ばれた場所に出向いていくというのが向いているみたいです、どうも一箇所に留まることのできない落ち着きのなさがあるようで」と笑う。
映画上映会の際にはその映画にちなんだ書籍や映画のパンフレット、家族連れが多そうなイベントには絵本という風に、その日その場所でしか出合えない1冊というものがあり、まさに一期一会の魅力を満喫できる。そしてその出合いの中に、1冊の『ビッグイシュー日本版』とまだ見ぬ読者の1人との出合いが紛れ込んでいる。
本のラインナップはイベントによって変わる
「僕は本や映画がもちろん好きなのですが、もっと好きなのは移動本屋を開いたり、映画を上映したりすることなんです。まだ読まれていない本、観られていない映画を届けたい。これからもそのような機会を提供していきたいと思っています」
(文章:八鍬加容子、写真提供:鈴木司さん)
おびひろ自主上映の会×鈴木書店
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ビッグイシューの委託販売制度
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