学童保育施設やフリースクールの指導員、そして学校教師…本来子どもたちの安心を守るはずの人間による忌まわしい性犯罪が毎日のように報道されているが、それらの被害者の声がメディアで紹介されることは少ない。心無い人により「被害者に落ち度があったからではないか」などと粗探しされ、さらに傷つけられることが多いため、声を上げる被害者が少ないのだ。
しかし2021年に豪の国民栄誉賞「オーストラリアン・オブ・ザ・イヤー」に選ばれたグレース・タメは違う。2019年、10代の頃に教師から性暴力を受け続けていたことを公表し、それ以来、性暴力被害者の支援ならびに性暴力防止のしくみづくりに精力的に取り組んでいる。『ビッグイシュー・オーストラリア』が話を聞いた。
著作出版を機に、豪7都市で児童への性暴力を考えるイベント
昨年秋に初となる著書を出版し、オーストラリア国内7都市で、児童への性暴力を考えるトークイベントを開催したタメは*1、滞在先のホテルからZoomでの取材に応じた。ツアーでは、人権問題専門の弁護士マイケル・ブラッドリー、調査ジャーナリストのジェス・ヒル、コメディアンのマグダ・ズバンスキーらとも対談している。「毎回、素晴らしい体験となっています。私の話を聞きたいと足を運んでくださる方々とお会いでき、とても光栄です。メッセージ発信者として、活動を導く大きな原動力になります」と話す。こうしてタメは、支援と優しさの連鎖反応を引き起こしている。
*1 ブックツアーの収益の75%は、グレース・タメ基金に寄付された。https://www.gracetame.com.au/book-tour
初めて実名で性暴力被害を訴え、性暴力防止のための基金を立ち上げ
2021年のオーストラリアン・オブ・ザ・イヤーに輝いた際、スコット・モリソン首相(当時)のそばで無表情を貫いたことは、ネット上でも話題になった。10代の頃、数学の教師から性暴力を受け続けていたが、タスマニア州の箝口令(かんこうれい)により、教師を名指しで非難することは許されなかった。2019年になってようやく、自分の身に起きたことを語る権利が認められ*2、それ以来、タメは慈善団体「グレース・タメ基金」を立ち上げるなど、性暴力の防止に熱心に取り組んでいる。
*2 そもそもは性暴力被害者をメディアによる搾取から守るために設けられた法律だが、被害者が声を上げたくても上げられないなど、意図せぬマイナスの影響があった。#LetHerSpeakキャンペーンの働きかけにより、2019年に法改正され、タメはタスマニア州で初めて、名前を公表して性暴力被害について声を上げた女性となった。
記憶の影に突如あらわれる性暴力被害
初となる著書のタイトル『The Ninth Life of a Diamond Miner(ダイアモンド採掘者の9番目の人生)』(2022年9月刊行、未邦訳)は、タメが2014年の夏にポルトガルへの旅中に出会った一風変わった男性にちなんでつけられた。その男性は波乱万丈な人生を送った挙げ句、“鮮やかな記憶と真の友人たちの存在だけ”を大切にして生きていた、とタメは書いている。タメは自著にもこのアプローチを取り入れた。タスマニアでの子ども時代、家族との仲むつまじい関係、大好きなポップカルチャーや旅――今の彼女をつくり上げたすべての事柄を取り上げつつ、それらの影に隠れて、思いがけないタイミングで、彼女が受けた性暴力被害の体験が登場する。
「なにげない日常生活の中で、思わぬ瞬間にフラッシュバックが起きる私の現実を映し出しています。それは今でも続いています」と言う。「私にとって過去も現在も未来もないんです…..いったん記憶がよみがえると、次から次へと他の記憶も表面化する、まるで手品師が使うスカーフのように」
現状に挑むタメの姿勢を快く思わない保守層からは、厳しい目を向けられている。粗探しに余念がなく、タメの評判を落とそうとネタ集めに走るメディアの標的にもされてきた。本の中でも、この点についてユーモアをもって語られている。
「性暴力被害者についての誤ったイメージを正したい」
いろんな誤解を解くために自叙伝を出したのかと訊くと、タメは自信たっぷりにこう言った。「世間の注目を浴びていようがいまいが、人は相手について意見を持ち、その人なりの受け止め方をします。それについては、どうすることもできません。万人を喜ばせるなんて無理です」
「大切なのは、自分自身や、自分にとって大切な人たちの意見や受け止め方とどう向き合うか。誰かの誤解を解くことや事実を明らかにすることではありません。本を書こうと思ったのは、いわゆる性暴力の被害者についての誤った既成概念を正すためです」
実際、タメは性暴力に遭っていた当時の恐ろしい現実をありのままに詳しく書いている。それは、従来の“禁じられた恋愛”やゴシップネタとしてではない。権力を持つ立場にある年上男性から、その男のことを愛していると思い込まされるという、教師と生徒間の虐待に特有のおぞましい真実だ。
「性暴力被害児童に落ち度などない」
「性暴力加害者側は、被害者である子どもの方から仕掛けてきたなどと口にします。どんな目に遭ってきたかを、被害者側が大変な思いをして説明しなくてはならないなんて、なんともやるせないことです」
「私には私の経験がある。15歳のときに、私の人生にズカズカと入り込んできた男にされてきたことを、私の落ち度とは思っていません」
トラウマ体験を支援活動へと発展させ、自身の日常生活や性暴力に遭った経験について本にまとめたことは、第一歩に過ぎない。「これが今の時点でできることです。先々のことを心配し、完全であらねばと気負いすぎると、打ちのめされてしまいます」
「あえて大きな苦しみに身を任せなければならない日もあるでしょう。それは恐ろしい現実を認めることであって、自分を不憫に思うのとは違います」
著者提供
そして、最後にこう締めくくる。「つらくて大変な日もあります。ソファに寝ころんで壁を見つめることしかできない日も。でもそれでいいんです。また別の日に、起き上がって、自分ができるかぎりのことをすればよいのです」
Grace Tame
https://www.gracetame.com.au
Grace Tame Foundation
https://www.thegracetamefoundation.org.au
By Giselle Au-Nhien Nguyen
Courtesy of The Big Issue Australia / International Network of Street Papers
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関連サイト
・学校で性暴力被害が起こったらー危機対応の手引き(性暴力被害者支援センターひょうご)
・性暴力被害児童向けの解説ページ(性暴力被害者支援センターひょうご)
・性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター(男女共同参画局)
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