独裁により100以上のラジオ局が閉鎖に―「情報の砂漠化」ベネズエラの現状

ベネズエラではこの1年で、政府によって100以上のラジオ局が閉鎖に追い込まれている。メディアの衰退に拍車がかかり、市民の情報アクセスはますます難しくなっている。ジャーナリズム学教授で、メディア監視機関「メディアナリシス」の共同設立者マリエラ・トレアルバは、「(ベネズエラの地方部では)市民が情報を得るための最後かつ唯一の窓口だったラジオ局が、急速に失われつつあります」と述べる。


1999年に誕生したチャベス政権以降、独裁色を強めてきたこの国では、表現の自由や情報アクセスなどの権利を制限する措置が取られ、ジャーナリストの労働組合が「情報の砂漠化(information desert)」と呼ぶ状況に陥っていた。そこに今回の、国家電気通信委員会(CONATEL)からの相次ぐ放送局閉鎖命令が、とどめの一撃となっている。今年になって閉鎖された放送局のほとんどは、CONATELが定めた要件を満たしていないとされる小規模の民間企業やコミュニティ団体で、その多くが国や地方当局に批判的な番組を持っていた。

ベネズエラの人口は2850万人、その大半がカリブ海に近い北部に暮らしている。10年前には100紙以上の紙媒体の新聞が流通していたが、長年にわたり国が外貨や為替管理を独占してきたことで印刷用紙の輸入が困難となり、70紙以上が廃刊となった。主要な全国紙数社と民間のテレビニュース局は、編集方針の異なる企業へと売却された。1930年設立のラジオの草分け的存在「ラジオ・カラカス・ラジオ」など、政府に批判的なラジオ局も営業免許が更新されなかった。

ベネズエラ、カラカスのバリオ_Bene_A_iStock
ベネズエラ、カラカスのバリオ/Bene_A/iStock

インターネットに活路を見出そうとしたメディアも多いが、かつてのようには読者や視聴者を獲得することができず、国営以外のメディアは縮小を余儀なくされた。数百人のジャーナリストやメディア関係者が職を失い、他の国や職業に移っていった。10年にわたる不況が、最大で75%もの国内総生産の減少を招き、数年にわたるハイパーインフレと急激な通貨下落、激しい政治的衝突と社会的危機から、700万人以上が国外に脱出している。

貧しさと、不十分な情報

監視機関「メディアナリシス」では、内陸部の住民がどのように情報を入手しているかを調査した。「報道メディアと答える人はまずいません。ほとんどの人がソーシャルメディアを使っていると言います。ただ、インターネットへのアクセスが悪かったり、電気が通っていなかったりするので、得られる情報も断片的なのが実情です」とトレアルバは言う。

昨年12月、同国中西部に位置する、農業が主要産業のヤリタグア市(人口約10万人)で、貧困者のための炊き出しを訪れた40名(主に高齢者)に調査したところ、「メールを使える」が3人、「携帯電話を使える」が14人で、そのほとんどが子どもや孫、近所の人が所有する携帯だった。「住民は貧しい生活を送っているだけでなく、十分な情報が得られていません。アクセスできるのは国営メディアがほとんど、でっち上げや偽情報が広まる格好の温床です。比較する情報がないため、確かな世論を形成する力を持たないのです」とトレアルバは語る。

流すのは情報ではなく、音楽

全国報道労働組合(Sindicato Nacional de Trabajadores de la Prensa)のトップを務めるリカルド・タラソナは、出身地であるヤラクイ州(中西部に位置する人口約70万人の州)について、「2014年に14局が、今年になってさらに5局と、ラジオ局の閉鎖が続いています。14局のうち7局は、その後運営を再開したのですが、以前のようなニュースやオピニオン、コミュニティ報道の枠はなくなり、もっぱら音楽と広告ばかりを流しています」と話す。「(残りの放送局も)政府系のテレビ局VTVとの連動を命じられ、地域の声を届けようとする放送人が活躍できる場はもうありません」

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smorazanm/Pixabay

表現の自由や知る権利を擁護するNGO「エスパシオ・プブリコ」のカルロス・コレア理事も、多くの民間ラジオ局が「当局に忖度して、自ら政府系テレビ局が提供する情報だけを扱うようになっている」と指摘する。ニコラス・マドゥロ大統領は、2013年の就任から数年間は、多い時で週に数回はテレビやラジオの強制放送を実施していたが、メディアが自主規制を始めたために、今やその必要性がほぼなくなっている。

ちらつくマネーの影

ラジオ局の相次ぐ閉鎖、その背景には、新たなラジオ局を開設し、放送局のネットワーク化を目論む大きな動きがある、とコレアは指摘する。そこには、自分たちに好都合なメディアを持ちたいと考える地方の政治指導者の影響があると。

国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会(ECLAC)によると、同国におけるラジオ広告は、2010年代以降の国内経済の落ち込みとともに低迷していたが、2022年になって国全体の経済活動が最大12%の回復が見込まれており、それに合わせて、ラジオ広告も復調している。

ベネズエラ放送産業会議所は、「CONATELによるラジオ局の閉鎖は、実質的にすべて非公開のうちに決められており、まっとうなラジオ局による放送を阻害するものだ」との声明を発表した。ラジオ局2社の関係者が匿名で語ったところによると、数十のラジオ局が認可を得られていない理由のひとつは、CONATELがおびただしい要件を設定し、周波数の申請書類の審査を遅らせているためだという。閉鎖を強いられたラジオ局のオーナーは、CONATELに処分を解除してもらえるよう、批判や苦情の表明を控えるようになると。

各ラジオ局に課せられる技術調査の費用は推定5千〜1万ドル(約68万円〜135万円)とされ、潤沢な資金があるならともかく、地方の小さな局には負担が大きすぎる、とコレアは指摘する。エスパシオ・プブリコをはじめとするNGO、全国ジャーナリスト協会、報道労働組合は、「ラジオ局の審査に関する行政手続きが、市民の多元的な情報にアクセスする権利を妨げている」と批判している。

数千人規模の失業者、国民の約半数が “情報の砂漠化”

ラジオ局の相次ぐ閉鎖に伴い、失業者の数が数千人規模となっている。同国中西部にあるアラウレ市で20年にわたり放送を続けてきた「ソノラ107.7 FM」では、2022年12月12日に放送が停止され、25人が職を失ったが、これはほんの一例に過ぎない。

「視聴者への影響」を正確に推定するのは難しいが、北西部の産油地帯にあるスリア州(人口500万人)では、今年になって33のラジオ局が閉鎖されている。報道社会研究所のマリアネラ・バルビは、最近行われた大学の公開討論会で、「全面的あるいは部分的に起きている〝情報の砂漠化〟が、1400万近くの人に影響を及ぼしている」と警鐘を鳴らした。

国連および米州機構の表現の自由に関する報告者も、2022年8月30日に、ベネズエラにおけるメディアとジャーナリストの状況について、次のような共同声明を発表した。「政府の命令による報道機関の閉鎖や設備の差し押さえは、市民が独立性や信頼性のある情報にアクセスする権利をますます制限しているとともに、メディアによる自己検閲の風潮を強めている」

Courtesy of Inter Press Service / International Network of Street Papers

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