*1 2017年3月より放送されている、家族の大切な家具をスペシャリストたちが力を結集させて修復する過程を紹介する番組。
ワイアットはかつて、薬物依存症と闘う日々の中で『ビッグイシュー英国版』と出会い、ブリストル市のペロズ橋のたもとで3年間(2008〜2011年)販売者として活動していた。その後依存症を克服し、家具修復の技術に磨きをかけ、2021年よりドーセット州プール市に実店舗を構えるまでになった。
まったく違う世界にいたと思える二人を結びつけたのは、傷つき古びた机や椅子に輝きを取り戻す家具修復をこよなく愛する気持ちだ。「アンティーク家具にかける情熱が、ぼくたちを突き動かしたんだよね」とワイアットが言うと、ブレイドも「家具修復への熱い思いから、共に活動することになりました。人生でどれだけ厄介なことがあろうと、大好きなものを追い求めてきたことで道が開ける。家具を修復することで、人生までやり直すことができた。自分が本当に好きなものを追い求めることは、人生の目的意識を与えてくれるからね」と同意する。
家具修復をこよなく愛する『ビッグイシュー英国版』の元販売者スティーブ・ワイアット(左)とテレビ司会者ジェイ・ブレイドは、8年前から友情を育んできた。Image: The Dolphin, Poole
「雑誌販売が生きる目的をあたえてくれた」
だが、ここに至るまでの道のりは、二人とも順調ではなかった。彼らが扱う家具と同じで、“最高の状態”を引き出すまでに、かなりの努力が必要だった。
ブレイドは失読症*2 に苦労した過去を公表しているし、2015年に前妻と別れたときには、一時的に車上生活をしていた経験を『ビッグイシュー』誌に語っている。ワイアットも、住まいがないとはどういうものかを知っている。14年に及んだ薬物依存症との闘い。薬物を手に入れるためのお金欲しさから罪を重ねて拘置所に出入りするようになり、更生施設で薬物治療を受けていた。薬物を絶とうともがいていた頃に、『ビッグイシュー』の販売を始めた。雑誌販売とお金の管理スキルが、今日の彼のビジネスに役立っている。
*2 文字の読み書きや文章を読むのに困難を抱える神経学的障害。ブレイドは31歳のときにはじめて、11歳レベルの能力しかないと診断された。
「ビッグイシュー誌の販売で目的意識ができ、いろんなトラブルから抜け出すことができました。前向きになれたおかげで、悪事から距離を取れるようになったんだ」とワイアットは語る。「以前はドラッグのために稼ぎ、ドラッグに溺れる生活だったけど、今は家具を修復して、生きる活力を取り戻せている。スキルは使い方次第だよな、と言われたことがあるよ」
薬物を断って9年になる。更生施設を出ることができたワイアットは、依存症者が家具修復に取り組む社会事業「トランスファーニチャー」を立ち上げた。10年前に更生施設でやってみて以来、趣味となっていた家具修復に、真剣に取り組むことにしたのだ。「夢中になったが最後、こんなことになってね」とほほ笑むワイアット。「好きなことへの情熱を介して人とかかわり合える。家具修復のおかげで、人生をやり直そうと前向きになれた。僕の人生を救ってくれたのはまちがいない」
人と違うことができるかどうか
更生施設を出て約1年半が経った頃、ワイアットは助言を求めてブレイドに連絡をとった。当時、ブレイドは社会的弱者たちに家具修復の技術を教える慈善活動「アウト・オブ・ザ・ダーク」を運営していた。ウルヴァーハンプトンでのワークショップで初めて顔を合わせた二人はすぐに意気投合。ブレイドがBBCの番組で有名になる前のことだ。
「ある日、やって来たスティーブと、何を実現したいのか、どんな取り組みを考えてるのか話し合いました」とブレイドが振り返る。「軽いメンタリングみたいなものです。“何か成し遂げたいと思っている人”というのがスティーブの第一印象です。よりよい自分になりたいと、やりたいことの方向性がわかっていて、最初からうまくいきそうな印象を受けました」
ワイアットも「刺激をもらいました」と振り返る。「取りかかっていた家具を見てもらいました。前々からそうしたいと思っていたのに、依存症のせいでなかなか行動に移せなかった。更生施設を出て、ようやく会えたジェイは、開口一番、こう言いました。『きみはどんなユニークなことができるの?』」
他と違っていることが重要だとブレイドは主張する。「『他の人と同じように見えれば、背景に溶け込むだけ』とスティーブに言ったんだ。僕自身、背景に溶け込もうとしたことはないし、どうすれば他の人と違っていられるかに心を砕いてきた。僕はそういう人間なんだってね」。それからまもなくして、ブレイドは「ザ・リペアショップ」の出演により、英国の家具修復の顔となった。
Pablo Echazarreta/iStockphoto
ワイアットにとっても、この出会いが出発点となり、今やアンティーク家具店「リストアード・レトロ」の店主だ。金融サービス企業リーガル&ジェネラルとドルフィショッピングセンターが、コロナ禍で大打撃を受けた大通りの活性化をねらう施策の一環で、店舗の賃料が2年間無料になるという大チャンスを幸運にも手にしたのだ。今や600点の家具を扱い、ブレイドのブランド「Jay&Co*3」の最初の販売店となるなど、ビジネスは順調だ。隣の物件が空いたときには、まっ先にブレイドに連絡を入れ、2023年3月には「Jay&Co」の新店舗がオープンした。あくまでこれは、2人が取り組んでいる“極秘プロジェクト”のひとつだという。
*3 Jay&Co https://www.jayand.co
「お互いが成長する姿を目の当たりにしてきた。まさに申し分のないタイミングでチャンスが訪れたしね。僕たちが出会った8年前には、こんな未来になるなんてとても信じられませんでした」とワイアットが言うと、ブレイドもうなずく。「8年前には想像もできなかったことです。興味を駆り立てられ、ただひたすら目標に向けてがんばっていたら、自分の店を持つチャンスが舞い込んだ。この先どうなるかなんてわからないけど、前に進むことだけはやめないつもりです。スティーブが依存症と闘い、更生施設から出てきた身だということは知っています。まさに底辺からの出発だった彼が、自分の店を持っている。お互いに背中を押し合ってきたおかげです」
ビッグイシュー販売者へのメッセージ
大きな夢を実現させた元販売者ワイアットのストーリーは、私たちに大きな学びを与えてくれる。少しの支援、ケア、関心があれば、生きる気力を取り戻し、生活を立て直すことが可能なのだ。「あきらめないで」とは、ワイアットから現役販売者たちへのメッセージだ。「私は14年近く依存症と闘い、20回以上失敗し、何度か命を落としかけたこともあります。でも、あきらめませんでした。助けなくしては挑戦を続けることもできませんでした。支援サービスとつながることができ、人生のキーパーソンたちと出会っていなければ、今日の私はありません。自分の好きなことをを見つけてください。情熱を向けられるものを大切にしてください」
By Liam Geraghty
Courtesy of the International Network of Street Papers / The Big Issue UK bigissue.com @BigIssue
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