下水道の重要性―マンホールの下で働く人たちに話を聞く

私たちは視界から消えたものを、すぐに忘れてしまいがちだ。台所、トイレ、洗濯機、食洗機などから大量の汚水が下水管へと流れ出している。どの街にも最大のインフラが地下にある。ストリートペーパー『ボド』誌(ドイツ・ドルトムント)が作業員について取材を行った。


※以下は2022/11/06に公開した記事を加筆・修正した記事です。

重装備が必要な下水道の世界

自治体の車の後について行くと、シュプロックヘーフェラー川近くの脇道で停車した。水管理チームのメンバーが、そこにあったマンホールの蓋と、数百メートル先にあるマンホールの蓋を開けた。後で、その蓋から地上に出てくることになっている。

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Photos by Daniel Sadrowski

「この地域の下水道を全部合わせると163kmになり、ポンプなどさまざまな設備を備えています。今日ご案内する下水道は直径2.6メートルと大きい方です」この地域の下水道の責任者マティアス・ノイマンが説明する。

「水を排出するための下水道で、いわば雨水排水用の長細い地下ため池というわけです。このような中間貯水場はホールのような形をしています。地上からはマンホールの蓋しか見えませんが、地下には家がいくつも建つくらいのスペースがあります」

「出口の方は管が細くなっており、大雨のときも下水処理施設へ水があふれ出ないようになっています。ここルール地方では、汚水と雨水を同じ下水道で集める合流式システムを採用しています。中間貯水場に十分な容量がない場合は、河川に流れ出す仕組みになっています。十分に希釈されているので、環境へのダメージは心配ありません」

私たちは着替えた。防護服の着用が義務付けられている。使い捨ての作業着、ゴム長靴、手袋、ヘルメット、墜落制止用ベルト。さらに、懐中電灯、ガス検知機、そして防水カバー付きの自己救命器も持たされた。酸素カートリッジが入っており、ガス検知機が鳴ったら直ちに自己救命器を作動させ、速やかに下水道を脱出しなければならない。

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Photos by Daniel Sadrowski

「ガスの発生はときに大きな問題になります」とノイマン。「汚水の中で自然に腐敗が進むことで、二酸化炭素、メタン(引火性が高く有害)、そして何よりも硫化水素が発生します。硫化水素は、濃度が低いと腐卵臭がしますが、濃度が高いと人間の嗅覚が麻痺して何も臭わなくなり、感知できません。そうなると非常に危険です」

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Photos by Daniel Sadrowski

そんな話を聞きながら、私たちはマンホール下に入っていった。彼らにとっては日常業務だが、私たちにとってはリアルな冒険だ。一番下まで降りると、チームメンバーの一人、マイク・ゾンネンシャインがベルトからカラビナ(登山用金具)を外した。空気は湿っていて、わりと温かく、なんだか甘い匂いがした。ガス検知機は鳴っていない。薄明かりに少しずつ目も慣れてきた。


深さ30cmほどの濁った水が、ゴム長靴を洗うように流れていく。ゾンネンシャインが先頭に立ち、「歩くときは、地面に足を滑らせるように動かしてください。そうすると足元が安定しますから」とアドバイスする。「このあたりは足を取られやすいです。万が一、転んでしまったら、必ず口は閉じて、顔を触らないように! そこらじゅう雑菌だらけですから、ヘタすると病院行きですからね」

壁に残っている線から、水がどこまでの深さになるのかが分かる。下水道管をつなぐ継ぎ目も確認できた。

入れ歯や義肢まで…異物が流れ込む下水道

立派な木の根っこが下水道内まで伸び、灰色のカーテンのようにぶら下がっている。「伸びすぎたら切り落とさなくてはいけません」とゾンネンシャイン。「それも私たちの任務です。もっと細い下水道管では管理用ロボットを導入しています。とにかく、水の流れを阻むものはすべて取り除かなければなりません。例えばこれとかね」と言って、濁った水の中から丸いコンクリートを拾い上げた。

「コアドリルで穴を開けたときのコンクリート片です。家を建てて下水道とつなぐ際に穴を掘るときに出るものです。工事業者が責任を持って撤去すべきなのですが、そこまで徹底されていません」と言って、そのコンクリート片を手に歩き出した。その後ろを、懐中電灯の明かりを頼りに、足を引きずるようにして進んで行く。

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Photos by Daniel Sadrowski

時々、得体の知れないものが水面に浮かび上がってくる。出口となるマンホールまであと2つの流入管を通過すれば、そこからは下水道が細くなり水量が減る。私たちは再び日の光の下へ戻ってきた。

「バスマットや鍋など、家庭の下水管からどうやってここまで流れてきたのか、まったく見当がつかないものもあります。生理用品などは見慣れたもので、ウェットティッシュは最悪ですね。紙ではなく石油ポリマーでできているので、分解されずに繊維がどんどんと長くなりポンプを詰まらせてしまうので、非常に厄介なんです」

「とにかく、ありとあらゆるものが見つかります。おもちゃ、古いコイン、メダル、メガネ、入れ歯、義肢……。かつてハンブルクには、下水道で見つかったものを展示する博物館まであったんですから*1」

*1 1842年に着工されたハンブルクの新型下水設備は、ヨーロッパ大陸でも最初に導入されたものの一つ。下水道博物館では通常の展示とともに、下水道から見つかった奇異なアイテムを展示していたが(参照)、2009年3月に閉館。

多くの人命を救った下水道

古代文明がせっかく築いた下水設備も、中世になるとすべて忘れ去られていた。宮殿で人々は柱に向かって用を足し、排泄物は道に打ち捨てられ、都市の衛生環境はひどいものだった。

1858年の夏にロンドンで発生した「大悪臭(Great Stink)」は有名な話だ。「おかしな話だと思うかもしれませんが、水洗トイレの発明が原因の一つだったのです」とノイマン。「発明自体はたしかに進化だったのですが、その結果、(側溝に流れる)排水が増えて、汚水があふれてしまったのです。排泄物が道を流れ、テムズ川に流れ込みました。1858年の夏は暑く、テムズ川が大きな下水道となったのです。天高くまで臭いが立ち込めたでしょう。議会までもがロンドンから逃げ出したのですから。この解決策としてジョゼフ・バザルゲット技師が下水道システムを提案し、ロンドンは救われたのです」

消えたのは悪臭だけではなかった。それまではたびたび、汚水が井戸水を汚し、チフスやコレラの感染症を蔓延させていたが、下水施設の導入に伴い、チフス感染者は半分以上に減った。「当時はウイルスやバクテリアのことがあまり知られておらず、瘴気(しょうき)、つまり悪い空気が病気の原因だと考えられていました。下水道はペニシリンよりも人の命を救ったとも言われています」

By Wolfgang Kienast
Translated from German by Jennifer Caisley via Translators without Borders

Courtesy of bodo / International Network of Street Papers

参考:インフラに興味のある人向けに「インフラツーリズム」が用意されている。
https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/region/infratourism/(国土交通省)








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