(2006年11月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第60号 [特集 ナチュラルに美しく 生き方大転換]より)
「リグニン」の秘密、その見えない設計図を読む
地球の陸地をおおうほど繁茂するようになった樹木は、生態系を守りながら長い歴史を生きてきました。彼らにそれができた秘密は何だったのでしょうか?
樹木の細胞は糖類とリグニンの二つからできていて、リグニンと糖類は1対2か、1対3ぐらいの比率です。そしてリグニンは樹木が立てるような強度をつくり、同時に樹木を微生物から守ってきました。
このリグニンには、どのような設計図が書き込まれているのでしょうか? さらに、小さな分子の世界へと踏み込んでみることにしましょう。
上図はリグニンの分子構造の一例です。専門的にいうと、亀の甲(ベンゼン環/注1)をたくさん持っています。
そこにメトキシル基(—OCH3/以下、メトル君と呼びます/注2)というものがついています。けれど、不思議なことに、それがなぜついているのか、これまでまったくわかりませんでした。このメトル君は、もともとは活性であった構造を、わざと働けないように手にキャップをつけて、ブロック状態にされているのです。
では、メトル君は必要のないものなのでしょうか?
人間は、目に見える形、地上に立っている樹木の形を主役だと思ってしまいがちです。
植物は地球の生命をつくり上げた一つのシステムでした。植物によって地球の大気のバランスが保たれてきたのです。そんな歴史を持つ植物が、今も昔もリグニンを持っているのは、人間の目からは必要ないように見えても、地球上のシステムには必要だったからです。地上で立っている間はまったく働かず、用なしのメトル君なのですが、実は、樹木が倒れた後に土壌の中でキャップをはずして大変身し、仕事をします。
どのような仕事をするのでしょうか?
地上での樹木は、水に溶けた窒素、リン、カリ、マグネシウムなどの栄養分を吸い上げています。しかし、雨が降ると、水に溶ける栄養分は土壌から抜けて流れ出てしまいます。そのとき、メトル君は起き上がります。キャップをはずし活性となったメトル君は、その両手で栄養分をしっかりつかみ、水に溶けて流れないようにするのです。そして時が来ればそれを少しずつ離します。すると樹木はそれを少しずつ水と一緒に吸い上げるというわけです。
地上の樹木のために、土壌の中の栄養分をその場所にキープし、徐々に栄養物を放していく…。土壌の中で、メトル君は実にしっかりと働いているのでした。
このように、リグニンは、樹木が朽ちて腐食し、最後にCO2となって大気などに戻るまで百年から千年単位の長い期間、メトル君の活躍によって土壌の中で活動し続けるのです。
これが、樹木が生態系の中で「持続性を持つ」秘密であり、樹木の基本設計です。
このようなリグニンの働きによって、樹木は全生物の母のように、生物が生きていく生態系を整えていったのです。
注1/ベンゼン環は化学工業に必要なもの。現在は石油からしか取り出していないが、リグニンからも取り出せる。
注2/メトキシル基と呼ばれる置換基。活性な構造(OH)が、キャップ(CH3)によってブロックされた構造を持ち、不活性。
<第5幕へ>
イラスト:トム・ワトソン