(2007年6月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第73号より)




バーチャルウォーター(間接水)から見える世界



バーチャルウォーター(間接水)という視点から、日本と世界の水問題を読み解く”水文学“の専門家、沖大幹さん(東京大学生産技術研究所)。
水問題が食料問題と深くかかわっているカラクリが見えてくる。





沖大幹さん

(沖大幹さん)





水が”あり余っている“ように見えるカラクリ



蛇口をひねれば水はいくらも出るし、公園に行けば子供たちの遊び場に大きな噴水があったりする。水しぶきが空を舞い、天気のよい日には虹がかかったりして。それはなんと気持ちのいい午後だろう。浜辺に立てば、見わたすかぎりの海。宇宙から眺めた地球の写真は、どうしてこの星が青い惑星と呼ばれるのかを私たちに思い出させてくれる。

水に包まれたこの世界。それゆえ、水はまるであり余っているかのように思えてくるのだ。

だけどちょっと待って。例えばそこで牛丼を食べているあなた。口の中にほおばったそのお肉、唇の横についているお米の粒なんか、いったいどれぐらいの水を使って作られたものか知ってる? 水不足なんてことが言われているけれど、どうして日本で生活している私たちにその実感が湧かないのだろう? 




水文学の専門家、沖大幹さんは話す。「だから水のことを勉強していくことで”水がなぜあり余っているように見えるのか“がわかってくるんですね」。確かに水は”あり余っている“ように見える。けれど、実はそこにカラクリがあるのだ。

「海外から食料を輸入することによって、日本はその分だけ水を使わないで済んでいるんです。その輸入したものを、もし日本で作ったとしたら、一体その水がどれぐらい必要になるんだろう?というのを推定したのがバーチャルウォーターになるわけです」




バーチャルウォーター。日本語で「仮想水」、水を間接的に輸入しているという意味で「間接水」と訳すこともある。

元々これは飲み水を得ることの難しい乾燥した中東地域で、どうして水をめぐって大きな争いが起きないのかを説明するため生まれた考え方。




……え? どうして争いが起きないのかって?

答えは簡単。つまり、中東はみんながほしがる石油を輸出し、その分で食糧(間接水)を輸入すればいいわけだ。でもこう書くと、「どうして飲み水でなくて食料なの?」と不思議に思う人もいるにちがいない。




水不足の本質は「飢餓」の恐れ



これは意外と知られていない事実だけれど、海の塩水を、飲んだり農業に使ったりできる淡水の状態にするのはとても大変なことで、相当のエネルギーが必要になる。そして淡水が世界の水のわずか2・5%にしかすぎない事実に加え、そのうちの3分の2以上が氷河、永久凍土層などのため、人間には利用できない。

そして、私たちが現在使っている水のうち、3分の2以上が農作物と家畜を育てるために利用されている。工業が約21%を、生活用水が約10%の割合で占める。逆にいえば、ほとんどの水は”食物を得るために使われている“と言っていい。それならば、飲み水を輸入するよりも、莫大な水が必要とされる食料をそのまま輸入してしまったほうがより効率的というわけだ。




「何回でも言います。飲み水だけだったらちょっとでいいんですから、争わなくたっていいんです。だけど農業用の水というのは大々的にやらないと確保できない。もし世界に水が足りないって聞いたら”ああ、飲み水がなくて困っているのか。確かにペットボトルの水は高いからな“と思っちゃう人が多いでしょう? そうではなくて、やはり食料と水というのが”裏腹の関係“だっていうことをわかってもらうために、バーチャルウォーターという考え方が有効なんです」




 ついつい「のどが渇く」というイメージで語られがちな水不足の問題。しかしその本質は「飢餓」の恐れなのだと沖さんは語る。

「水問題を考えるときに大事なのは、年々の水の変動が大きいということ。平均的には水が足りているようでも、多い年と、少ない年がある。その少ない年に問題が表面化するわけですね。途上国は旱魃になって食糧が十分につくれない、外国から買うお金もない。そういう国はやはり飢饉になるので、しょうがないから国際援助に頼って食糧がくる。それはまさに水が足りないところに食糧がくるわけですよ。貧しいから水を得られない、水を得られないから貧しい。その悪循環をどこかで断ち切って、なんとか水を確保し、経済発展への逆回転にしなければいけない」




後編に続く