(2007年9月15日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第79号より)




悪夢になったアメリカンドリーム 在米30年のメキシコ人家族の苦難



2003年に米国で新設された国土安全保障省。
その中でも最大規模を誇る機関「移民・税関法執行局」の取り締まりは
移民社会を不安におとしいれ、差別を生み出している。
30年間合法的な移民として生活してきたメヒア一家も
不法移民同然の扱いを受けた。






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いやがらせ、差別的発言、不当な拘束。



ジーナ・メヒアが米国ワシントン州モンロー市に家を購入したのは、その町が大変美しく、多くの教会があったからだった。しかし、隣人たちによるキリスト教的慈愛の精神は、このメキシコ人夫婦には少しも示されないことを、ジーナは当初知るよしもなかった。

メヒア夫妻が東部から移ってきたのは2004年。それまでも30年間、彼らは合法的な市民として米国で生活を送ってきた。にもかかわらず、白人の隣人とのトラブルは転居直後から始まった。ジーナ・メヒアによると、転居してから3年の間に、隣の主人がバールを手に威嚇してきたり、夫の顔に唾を吐いたり、人種差別的暴言を吐いたりしたという。





彼女はすぐに隣人に対する接近禁止命令(*1)を裁判所より取得したが、実際に隣人が命令無視をしても地元モンロー市警察は何もしてくれなかったという。

そして2005年8月、隣人の嫌がらせに耐えかねたメヒア夫妻が新たな保護命令(*2)を申請した翌日、武器を携帯した移民局職員が玄関先に現れ、息子の居場所はどこかと彼女に迫った。彼女は自主的に協力し、当時30歳で、仕事もあり、二人の幼い子どもの父親でもあった息子シーザー・キーモーレンとモンロー警察署に出頭した。




彼女によると、それからわずか数時間後、息子キーモーレンはまるで動物のような扱いで警察署から連れ出され、ワシントン州タコマ市にある北西部拘置センターに移された。彼は生まれてからずっと米国に暮らす合法的な市民であるにもかかわらず、そこから出るのに2ヶ月かかったと、彼女は言う。




移民の問題に関する支援活動団体によると、シーザー・キーモーレンのようなケースは珍しくない。このような不当な扱いに抗議する人たちが、7月13日・14日の両日、拘置センターの外で、24時間徹夜の抗議の座り込みを行ったのも、そのためである。

座り込みに先立って行われた記者会見には、シアトル大都市圏教会協議会、移民コミュニティを応援し民主主義や正義、権利の保障を呼びかける支援団体「ヘイト・フリー・ゾーン」、ワシントン州コミュニティ・アクション・ネットワークなどの活動団体のメンバーらが出席し、移民の拘置センターを「民間経営の強制収容所」と称した。

一度入ってしまった人が、そこから出られる機会は国外退去命令ヒアリングの場しかなく、その場合でも、有償でないかぎり、弁護士など法的手続きなどの手助けは一切ない。




職場での強制捜査、捕えられているのは合法的に働く人々



6月末、不法移民の取り締まりの解決策として打ち出された移民改革法案が米国上院で否決されたことを受け、支援活動団体はワシントン州のベリンガムやポートランド、また全米各地において国土安全保障省の機関である移民・税関法執行局(ICE)が最近実施している職場などの強制家宅捜索の即時中止を求めた。

タコマ市の権利章典支援協会の会長、ティム・スミスは、一連の強制捜査で捕えられているのは、犯罪人ではなくキーモーレンのように家庭や子どももいる合法的に働く人だと語る。




「このような職場での強制捜査は、はるか1920年代にも行われており、そのころは共産主義者や同性愛主義者が対象でした」とスミスは言う。オレゴン州やワシントン州で行われた強制捜査では、結果として何百人という移民がタコマ拘置センターに拘束され、「移民コミュニティはもちろん、全米に大きな不安をもたらしました」と「ヘイト・フリー・ゾーン」の政策ディレクター、シャンカール・ナラヤンも言う。

息子の経験した1000床収容の拘置所を、メヒアは「人の精神を狂わせる場所」と説明する。拘置センターは、民間刑務所運営会社ワッケンハット社の系列会社GEO社によって運営されている。メヒアによれば、息子に与えられたのは、粗末な食事と汚れた着替えで、凶悪な犯罪者と一緒に独房に入れられたという。




ICEが息子に目をつけた理由は、かつてガールフレンドと彼の子どもの母親との間で起こした喧嘩の結果、DV(家庭内暴力)の罪に問われ、有罪となったためだという。申し渡された判決「365日の保護観察処分」は、重罪として扱われるため、ICEは国外退去を命令することができる。そのため、メヒアは弁護士を雇い、ガールフレンドの母親と叔母を証人としてたて、法廷に出廷した。

その結果、裁判官は量刑を1日減刑。刑が364日以内であれば、国外追放は免責となるため、これにより、キーモーレンが強制退去させられる法的根拠が取り除かれた。2006年2月、彼はようやく釈放された。




「この事件は、控訴中でしたが、彼は減刑を受けたので、強制退去から免責されました。ICEは、外国人が国外追放に相当するかしないかの最終決定はしません。その責任は、国の移民判事にゆだねられています」。ICEの広報担当官ローリー・ヘイリーは言う。

何故そもそもシーザー・キーモーレンがICEの注目するところとなったのか、ヘイリーは、詳細はコメントできないと言うが、当局は「地元警察を含め、複数の角度から」情報やヒントを入手しているという。モンロー市警察署にコメントを求めたが、回答は得られなかった。メヒアは、この不公正な扱いにいまだにショック状態にあるといい、モンロー市で暮らしていくには、不安が大きすぎると語る。

「私たちは合法的な移民です」と彼女は涙をこらえながら訴える。「私たちはテロリストではありません。私たちは犯罪人ではありません。私たちはただアメリカン・ドリームを求めてやって来たのに、今や夢は悪夢になってしまいました。この家を売って引っ越します。たぶん2度とこの町に足を踏み入れることはないと思います」




(Cydney Gillis / Reprinted from Real Change  Street News Service: www.street-papers.org)




*1接近禁止命令 家庭内暴力やセクハラ行為、嫌がらせ行為などについて、加害者の行動を制限するための裁判所命令。
*2保護命令 裁判所が精神的、肉体的暴力行為の被害者の訴えを受けて発令される。加害者が命令を無視した場合、有罪となる。