「ホームレスはいなくなれ」と考える人は、2種類に分けられる。路上生活者が自分の目の前からいなくなりさえすればいいと考える人と、望まぬ路上生活者には住まいを提供すべきと考える人だ。後者の視点で、本気の取り組みをすすめてきたアメリカの街を紹介しよう。
ベーカーズフィールド市は、カリフォルニア州にある人口約35万人の都市。この街のホームレス支援団体は、「ベーカーズフィールド・ケーン地区ホームレス支援共同体(BKRHC、以下「共同体」)*1」を組織し、慢性的にホームレス状態にある人の数を減らす取り組みをすすめてきた。
*1 ここでは、繰り返しホームレス状態になる人、または、1年以上ホームレス状態にある人を指す。
ベーカーズフィールド市街地 Photo by David Seibold / CC BY-NC 2.0
2015年に共同体は、”ホームレス問題は解決できる”ことを具体的に示していくムーブメント「ビルト・フォー・ゼロ(Built for Zero)*2」への参加を表明した。これは、コミュニティ・ソリューションズが提唱しているもので、関連データを収集し、着実に問題を解消していこうとする、ホームレス問題への新たなアプローチだ。米国内で、これまでに89のコミュニティ(市または郡レベル)が参加している。
*2 Built for Zero https://community.solutions/our-solutions/built-for-zero/
ビルト・フォー・ゼロ運動の基盤となるのは、“ホームレス”とひと括りにするのではなく、ホームレス状態にある人たちの名前を把握し、「ホームレス歴」「職歴」「年齢」「家族構成」などの情報を収集、リアルタイムでデータを更新し、現状を“見える化”することにある(従来は、年に1回のホームレスカウントが参照データとされてきた)。
そうすることで、一人ひとりの背景や事情を考慮した支援ができるうえ、誰がホームレス状態を脱することができたのか、新しくホームレス状態になった人は誰かと、現状を適切に把握できる。そして、リストにある人たちが確実に住居を得られるよう、動いていく。
「ホームレス状態にある人と名前で呼び合う関係をつくり、各人の事情をしっかり検討することで事例を蓄積することで、類似事例の支援に深みとスピードを持たせられます」共同体のアナ・レーベン理事は言う。「事例を蓄積・分析することで、一人一人のニーズに応えていくのです」
2015年から5年間でマイルストーンを達成
ベーカーズフィールド市では2017年に、このホームレス状態にある人たちのプロフィールリストを完成できた。72人いた当事者には、深刻な精神疾患、薬物依存、身体障害に苦しんでいる人たちが多かった。この数を2020年初頭には2人にまで減らした。
Ⓒpixabay
パンデミックの到来で、いったん増加に転じたが、ホームレス支援団体と住宅事業者とのあいだでしっかりと協力体制が構築されていたこと、また、カリフォルニア州の施策「プロジェクト・ホームキー」による資金援助があったおかげで、再び、当事者の数を減少させることに成功した。
慢性的ホームレス状態にある人を一定基準以下にまで減らし、コミュニティ内のホームレス状態は“まれ”で、なっても期間が”短い”ものだと示せるようになると、「ファンクショナル・ゼロ」を達成したとされる。ベーカーズフィールド市は2021年1月、カリフォルニア州で初めて、この「ファンクショナル・ゼロ*3」を達成した。慢性的ホームレス問題を解決した都市として認められたのだ。
カリフォルニア州は深刻な住宅危機で知られるだけに、これは画期的なことだとマグワイアは語る。「中心地のロサンゼルスではないものの、ベーカーズフィールド市も郊外のそれなりの規模の都市です。米国で最も物価が高い州の一つで、広大で複雑な地形にあり、保守的な政治家たちは、ホームレス問題を解決できるはずもないと口をそろえたものです。でも、ベーカーズフィールド市はそれをやり遂げました」
*3 2021年8月現在、ベーカーズフィールド市を含め20のコミュニティがファンクショナル・ゼロを達成している https://community.solutions/functional-zero/
住宅公団の前向きな取り組みが必須
ベーカーズフィールド市の成功には、この問題に十分な時間と労力をかけて支援してくれたカーン郡住宅公団の存在が大きい。近年は、ホームレス問題に関心を寄せる住宅当局も増えてきてはいるが、カーン郡住宅公団はずっと以前からこの問題に独自の取り組みをすすめてきた。
副理事を務めるヘザー・キンメルは、以前は「カリフォルニア退役軍人支援基金(California Veterans Assistance Foundation)」でビルト・フォー・ゼロを指揮していた人物でもある。「ホームレス問題を解決する上では、住宅公団が持つリソースの活用は欠かせません」とキンメル。「住宅当局との強い協力関係なくして、この問題を解決することなどできません」
カーン郡住宅公団の戦略の1つは、ホームレス状態にある人々に直接住居を貸すことに気が進まない個人家主と「マスターリース契約」を結ぶこと。住宅公団を一括で借り上げ、家なき者たちに転貸し、損害賠償の責任を負い、必要であれば、立ち退きにまつわる業務も行う。
8戸ほどの小規模プログラムではあったが、初年度の終わり頃には、入居者のうち1人を除く全員が、賃貸契約を引き継いでそのまま住み続けるか、住宅補助手当て「ハウジング・バウチャー」を利用して、別の住宅に移るなどして、住居を確保したという。
住宅公団が借家人になることで、居住者たちは、通常のアパートを借りる時のような賃貸契約手続きをしなくてすむ。慢性的にホームレス状態にある人々の多くは、これまでに幾度となく家主や不動産屋からの拒絶や拒否を経験しているため、断られるとわかっているもののために煩雑な書類作成をしたがらない傾向がある、とレーベンは語る。
マスターリース契約プログラムの資金は、カイザーパーマネンテ(米国の三大健康保険システムのひとつ)からの助成金をもとに運用している。今後も助成金申請の理由として、マスターリース契約を入れていく方針だ。助成金があるおかげで、個人家主との提携、ホームレス状態にある人たちの書類手配のサポート、生活環境を整えることなど柔軟に対応できている、とキンメルは言う。「ホームレス問題を解決したいなら、1人ひとりに向き合い、その人固有の事情を把握すること。そうすれば、この大きな難問にも解決の糸口が見えてきます」
ビルト・フォー・ゼロ運動を推進している団体コミュニティ・ソリューションズは、2021年4月、慈善団体「マッカーサー基金」から1億ドル(約110億円)の援助を受けた*4。今後、この資金を慢性的ホームレス問題や退役軍人のホームレス問題解決にあてていく意向だ。代表のジェイク・マグワイアは、「今後、さまざまな都市と協力しながら、適切なデータと継続的な努力があれば、どんな地域であってもホームレス問題を解決できることを証明していきたい」と意気込む。
*4Community Solutions Awarded $100 Million to End Homelessness
By Jared Brey
Courtesy of Next City / INSP.ngo
*この記事の初出は『Next City』www.nextcity.org
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