蛇被害は見過ごされた熱帯病—年40万件の手足切断
途上国の農村部を襲う毒蛇の咬傷被害のために、毎年世界中で推定12万5千人が命を落とし、さらに何百万人が深刻な傷を受けたり、生涯後遺症が残るなどしている。それでも、この数字はまだ氷山の一角にすぎない。
蛇の咬傷被害は貧困問題。12万5千人が死亡、270万人が重傷
アフリカ大陸南部の国、スワジランドに生まれたテンゲティレ(13歳)にとって、自宅からわずか数百メートルのところにシロアリが積み上げたアリ塚は、いつも弟や妹たちと遊ぶ格好の隠れ場所だった。不運だったのは、その日、その場所には先客がいたことだ。
ブラック・マンバ、サブサハラ地域(アフリカ大陸、サハラ砂漠以南の地域)に生息し猛毒をもつ蛇である。子どもの気配に驚いたマンバは身を守ろうとして、一瞬でテンゲティレに襲いかかり、致命傷となる咬傷を彼女の左肩に残した。
テンゲティレは泣きながら自宅に向かって走り出したが、走ったことで結果的に体内にマンバの神経毒が速く回ることになってしまった。身体を麻痺させ、呼吸を弱め、最終的に心臓を止めてしまう猛毒である。特に胴体をかまれたテンゲティレの容態は、絶望的だった。数時間後、病院に到着した頃には、もう息ができなくなっていた。
テンゲティレのような悲劇は、実は珍しい話ではない。蛇毒は開発途上国の人々が日常的に直面する命の脅威である。
サブサハラ地域では年間に推定2万人が犠牲となっているほか、世界全体では約450万人もの被害者がおり、うち12万5千人が死亡し、270万人が重篤な傷を負っているという。しかし、蛇の咬傷による本当の死亡者数は、公式発表をはるかに超えており、世界の主要な保健機関は被害の規模を過小評価していると専門家は指摘する。
なぜこれほどまでに広域かつ深刻な健康リスクとなったのだろうか? そして、なぜこんなにも長期間放置されてきたのだろうか? それには明白な理由がある。蛇による咬傷被害は、貧困問題なのである。
手足の切断は死刑宣告と同じ、地雷の被害よりも多い
専門家チームによって設立されたNGO「グローバル・スネークバイト・イニシアチブ(GSI)」が09年に実施した調査によると、蛇による罹患率と死亡率は、貧困コミュニティほど高いことが明らかになっている。また、被害は大半がアフリカ大陸のサブサハラ地域、南アジアおよび東南アジア、そしてラテンアメリカ地域の低開発地域で発生しており、そのうち95パーセントが農村部で発生している。
同年、世界保健機構も毒蛇被害の深刻さを認識し、世界の「顧みられない熱帯病( Neglected Tropical Diseases)」に分類した。身体的および精神的な苦痛は甚大だ。
蛇毒の多くは人間の身体に深刻な組織破壊や劣化を引き起こすため、被害者には永久に障害が残る。年間約40万件の手足の切断が余儀なくされ、その数は地雷によって失われる手足の被害よりもはるかに多い。
GSIの主要メンバーであるデイビッド・ワレル教授はこう指摘する。
「咬傷被害は、ほとんどの場合、足首など足の下部に発生します。農村で生活する人々にとって、足の機能を失うことは死刑宣告にも等しいのです」
「また、蛇毒は身体の奇形や外見の変形をもたらすこともあり、少女が結婚の道を断たれ、蛇の悪夢に悩まされ、長期にわたりうつ状態になるなど、事故後も蛇が多く生息する地域で生きていかねばならない精神的苦痛もかなり大きいものです」
(2012年10月15日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第201号)
<後編に続く>