日本漁業は崩壊の瀬戸際に—「ハレ」と「ケ」が逆転する日本の食卓

モロッコのタコ、地中海のマグロ、ノルウェーのサケ。いつから、なぜ、魚屋やスーパーの店頭に輸入物の魚が増えてきたのか? 日本人の食、日本の漁業が変化している背景には何があるのか?

日本漁業は崩壊のせとぎわに—自給できていた魚介類。安全ではない輸入魚が崩す

エビやマグロが、水産物輸入ダントツの1位2位

動物は身のまわりの入手しやすい食物を常食にしている。人間も例外ではない。海に囲まれた日本では、魚を重要なたんぱく源に日本人は生きてきた。

しかし、高度経済成長期以降、日本はその経済力によって、先進諸国の中で唯一、大半の食材を外国から輸入するという道を選び、飽食時代を実現させた。

そして、そのことにより、日本人の「ハレの食事」(特別な食事)と「ケの食事」(日常の食事)の構造が崩壊し、食卓の魚料理が一変したのだ。(『漁業崩壊―国産魚を切り捨てる飽食日本』木幡孜著/まな出版企画)

確かに、十数年前と比べると、エビ、マグロ、サケなどが頻繁に庶民の食卓に上がるようになった。平成19年版の『水産白書』をひもとき、水産物の主要品目別輸入量を調べてみた。すると、かつての「ハレの食事」だったエビやマグロ・カジキなどが、近年はダントツの1位、2位の輸入量を占めているのだ。エビやマグロ・カジキが、まさしく「ハレ」から「ケの食事」になってしまったことを裏づけるデータである(図1)。

総務省の家計調査によれば、1965年に600グラムだったマグロの一人当たりの購入量は2006年に906グラムに、サケも500グラムから931グラムへと激増している。逆に、これまでの長い間、日本人の伝統的な「ケの食事」の主役であったアジは、1900グラムから546グラム、サバは1600グラムから492グラムと、半分以下に激減している。

さらに、日本漁業の生産高を見てみると、1985年頃をピークに、現在は最盛期の半分程度に落ちている。1965年当時、日本の魚介類の自給率は110%あった。それが、2005年には57%へと低下、自給できなくなっている(図2)。

ダイオキシン、地中海マグロ51倍、ノルウェーサケ12倍

しかし、世界的に見ると、水産物の需要は増大している。この30年間(1973〜2003)で、隣国の中国の国民1人当たりの魚介類の消費量は5倍も増え、またBSEや鳥インフルエンザによる食肉不安と健康志向の影響もあって、米国では1・4倍、EU15ヶ国では1・3倍に増えている(図3)。

世界規模で水産物の需要が高まる中、国連食糧農業機関(FAO)は、世界の海洋水産資源利用を、魚場の半分が完全利用状態、4分の1が過剰利用または枯渇状態、残り4分の1が適度または低・未利用と、4分の3が危機的な状況にあると報告した。

このような需要と供給のギャップから、2015年には世界で1100万トンの供給不足が起こると予測している。(2006年『世界漁業、養殖業白書』)。

さらに、海洋生態系の破壊が今のペースですすめば、2048年までに世界中の海産食品資源が消滅してしまうだろうという、国際研究チーム(カナダ・ダルハウジー大学、ボリス・ワーム氏ほか)によるショッキングな研究結果も『サイエンス』(06年11月)に発表された。

つまり、現在日本が輸入している魚介類を将来にわたって継続して輸入できる保証はまったくないのだ。また、たとえ輸入が可能であったとしても、輸入魚介類の安全性の問題が残る。

水産庁平成17年度報告によると、顕著な例では、地中海産(スペイン)の養殖クロマグロのダイオキシン類は国産天然のクロマグロ(メジ/九州南部沖)の約51倍、ノルウェー産の養殖サケ(タイセイヨウサケ)も国産天然のシロザケ(襟裳岬以東太平洋)の約12倍のダイオキシン類を含んでいるといわれる。

さらに、国産魚の消費低下によって、1949年には109万人いた日本の漁業者は現在わずか22万人に減少、漁業に携わる人の約半数が60歳をこえ高齢化がすすむ。そして、富栄養化の問題が追い打ちをかける。日本の漁業自体が崩壊の危機に瀕している。

本来自給できるはずの資源の魚介類を輸入に頼り、わざわざ安全性に問題のある魚介類を大量に食べ、沿岸海域を汚染し、枯渇の恐れある魚介類を乱獲し、国内漁業を崩壊に向かわせている日本人。この悪循環を止め、世界の海と水産資源を守るために、私たちができることは何だろうか?

まず、スーパーの魚売り場で、産地表示や品質表示に敏感になることが必要だ。そして、持続可能な水産資源として、かつて日本人の「ケの食事」であったサバ、アジ、イワシなどの地場の魚介類を節度をもって食すこと、それらを生み出す海や漁業者に思いを馳せ、海に注ぎ込む水の汚染を減らすことが、その第一歩かもしれない。

(編集部)

(2007年9月15日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第79号より)