贈り物をして初めて、ヒトは人間になった:文化人類学者の小馬徹さんと考える贈り物の秘密
すべての生き物の中で唯一、人間だけが贈り物をするといわれる。なぜ、人は贈り物をするのか。文化人類学者の小馬徹さん(神奈川大学教授)の案内のもと、大胆にも人類誕生にまでさかのぼって考えた、贈り物の秘密。
サンタクロースと資本主義の聖地
今年もクリスマスの季節がやってきたが、現在のような陽気なサンタクロースのイメージをつくり上げたのは20世紀のアメリカだったことを、ご存じだろうか。
無償のプレゼントを届けてくれるサンタクロースと、利潤を追求する資本主義の聖地アメリカ。考えてみれば、奇妙な取り合わせだが、小馬徹さんは「サンタクロースは、市場経済と合理主義にどっぷり浸かった大人たちにこそ、必要とされた」と話す。
どういうことだろうか。
市場経済の中で使われるお金は、いつでも誰とでも、価値の違う物を交換できる便利なツールだ。だが一方で、お金は物を交換したその場でお互いの関係をきれいさっぱり切断し、後はすべてが市場に委ねられる。それまで人々の生活は、お互いに物を贈り、贈られる贈与交換によって成立していたが、市場経済の登場とともに、伝統的な共同体が徐々に解体され、人々は贈り物を通じてふれあう温かみから遠ざかってしまった。
「本来、贈り物は、何かを贈れば、必ず自分のところに返ってくるものでしたから、贈るというのは待つことでもあったわけです。資本主義の世界にどっぷり浸かっている私たちは、自分以外の誰かに感謝する気持ちや自分の心を窺い見るようなことを希薄にしてしまったと同時に、待つという心の中にあった楽しさや喜びもなくしてしまったのかもしれません。また、市場経済は、他者や社会に対して無関心でいられるアパシー(無気力・無感動)も生み出した」と小馬さんは言う。
たとえば、資本主義の世界では、お金儲けのために一国のGDPに匹敵するお金を動かす富豪が出現する一方、何十万人もの人が飢えに苦しんでいたり、戦争で何の罪もない人たちが殺されていても、何の感情も示さないというようなことが起きる。また、大金持ちの不用意な寄付なども新たなアパシーを生む、と小馬さんは言う。
「たとえば、アフリカなどに多額の寄付をすると、もらった方はそのうちにもらうことが当たり前になります。つまり、自立を度外視した寄付や援助が、他者や社会に対して感謝を感じない新たなアパシーを生み、連鎖していくんです」
そうした市場経済が進展し、アパシーが連鎖する中、お互いの凍てついた関係に耐え切れなかった大人たちが、贈り贈られることの喜びを確かめ合う特別なものとしてクリスマスを求めたというわけだ。
人類最初の贈り物は、女性!?
しかし、そもそも私たちは、なぜ贈り物を特別なものと感じるのだろうか。
「それは、私たち人間が、どうして人間になったかということと関係があります。実際、人類最初の贈り物は、女性を贈るということでした」と小馬さん。
女性を贈る!?とは、なんとも物騒な話ではある。小馬さんによると、それはこういうことらしい。
原初の時代、人間は群れの男性たちが自分の姉妹や娘を性的な伴侶とすることをあきらめて外に送り出し、逆に自分たちの伴侶を外から迎え入れる仕組みをつくり出した。つまり、結婚である。近親の大切な女性を贈ることで、内と外をはっきりと分け、そこで成立した内(ウチ)こそが家族という集団であった。そして、女性を受け取った家族集団は、贈り手の家族に必ず家畜や食物、労働奉仕などのサービスを贈り物として渡した。
「多くの動物は群れをつくりますが、家族というかたちは不鮮明です。確かに母親は本能的に子どもを育てる。でも、成長した子どもと分かれた後は、どこかでばったり出会っても、近親の感覚はありません。また、ボノボというサルは、誰にでも餌を分け与えるなど、唯一人間に似た贈り物をしますが、人間のような固定的な関係はつくりません。むしろ人間とは逆で、家系も大人と子どもの区別もない自由な性行動をすることで、お互いの関係をつくることを避け、みんなが対等に生きられるようにしているんです」
つまり、同じ霊長類のボノボとヒトの進化を分けたのは、贈り物だったというわけだ。
「おそらく何らかの理由で人口が増えたヒトは、平和に共存するために、贈り物を強く意識することで、家族と外、男と女、大人と子どもなど、お互いの関係をはっきり区別し、贈り物の交換によって家族集団を連帯させて共同体を形成したのだと思います。そして、贈り、贈られる家族集団の間で確実にコミュニケーションする手段として誕生したのが、言語でした」
「だから、人間にとって贈り物とは、他者があるからこそ自分も存在するという関係性を強く意識するシンボルであり、人間が人間になりえた理由そのものなんです」