8億点、40兆円相当の“タンスの肥やし”。着物を蘇らせる「タンス開き」という仕事

「きものが気持ち良さそう…」

ハンガーにかけた着物が、窓から入る風にふわっと揺れると依頼主の女性は思わず呟いた。
ベースの色はきれいなレモン色。柄は紫木蓮だろうか、鮮やかな赤紫色で枝に咲く花が大胆に描かれている。


40数年前、女性の祖母が嫁入りする母のためにつくった着物を、結婚を機にタンスごと母から託されたという。しかし「畳むこともできないし、ずっとしまい込んでいた。思い切って捨てようかとも思った」そうだ。

しまい込まれた着物たちは「タンスの肥やし」と呼ばれる。カビが生えているかもしれない、開けるのも怖いと、タンスごと家の片隅に押しやられがちだ。そして、心に引っかかる存在として持ち主の心に居座り続ける。そうした着物と帯は、ある試算(※)では国内に約8億点、購入時金額にして40兆円相当ともいわれる。

※矢野経済研究所の「きもの産業白書(現・きもの産業年鑑)」の呉服小売金額、西陣織工業組合等の各産地組合の生産量データから算出される戦後の呉服市場規模より試算

上杉 惠理子さんがそんな着物が眠る“タンスを開ける”ことを職業にして6年になる。

着物写真1
着物や帯から持ち主の好みや人柄まで想像が広がる

タンスに眠る着物たちは長生きだ。なぜなら、そのほとんどはオールシルク。お蚕さんの繭からつくられた絹の着物は、人間と同じくらい長い寿命を持つ。40年前の着物は、人間で言えば働き盛りの現役なのだ。

しかも大量生産で作られていないため、同じ色柄の着物と二度会うことはまずない。現代の洋服にはない、鮮やかな配色と大胆なきものの柄は、絵画を身に纏うようだ。

写真和装塾
着物なら洋服では着ない色柄も身にまとえる

タンス開きの依頼があると、今日はどんな着物や帯に出会えるのだろうと、まるで宝探しに行く気分でタンス開きに向かう。

今回の依頼主のレモン色の着物も、風に当てるとキラキラと命を吹き返した。40年前のものとは思えない発色、光沢感、そして手触りの良さ。普段はモノトーンで控えめな服を着ることが多い依頼主だったが、この着物を纏ったとたん生き生きしたオーラが漂った。

着物イラスト

「着物を着る機会なんてない」と言われることも多いけれど、もともと着物は365日着ていた日常着。ワンピース感覚で着られる着物も、ジーンズ感覚で着られる着物もある。ご依頼主の方の趣味やライフワークを聞きながらタンス開きをして「そういうときは、この着物と帯を着てみたらどうでしょう?」とお話をする。処分を思いどどまり、「そうやって着物を生かせばいいのですね」と気づいてもらうことも、上杉さんのタンス開きのゴールのひとつだ。
 

タンスに眠る着物を譲り受けるとき、祖母や母たちが選んだ着物は、その子や孫たちを文字通り包み込み、言葉にならない安心感を与えることがある。両親、祖父母、またその先の時代を生きた人たちがいたこと。その命の系譜に今の自分が存在しているという事実を着物が思い起こさせるのだ。

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タンスの着物を現代に生かせるかは組合せ次第

 依頼があれば、上杉さんはタンスを開けにどこへでも行く。着物で誰かの人生を応援できるように。そして着物たちが天寿を全うできるように。

[この記事は「和創塾」の提供でお送りしています]


上杉 惠理子(うえすぎ えりこ)
profile写真
1980年生まれ 東京都出身。和装イメージコンサルタント
大学時代に母のタンスに眠っていた着物に魅了され、2016年より着物を着こなすための「和創塾〜きもので魅せる もうひとりの自分〜」を主宰。眠る着物たちを現代に生かす方法を発信している。

「タンスに眠らせている着物、ありませんか?」
和創塾 https://kimono-strategy.com/


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