ハリウッドの大物俳優たちに愛され、100本以上の映画に出演してきた元ホームレスの男「ラジオマン」

1990年のある日、「ラジオマン」は世界貿易センタービルの近くを足を引きずりながら歩いていた。すると向こうから、茶色の紙袋に入った酒瓶をらっぱ飲みしてるホームレス風の男が歩いてきた。「俺はそいつに近づいて行ったんだ。ラジオをガンガン鳴らしながらね。するとその男、『頼むから静かにしてくれないか、撮影中なんだ。』って言うんだよ。」なんと、そのホームレスらしき男はブルース・ウィリスだったのだ。


20数年前の奇跡的瞬間を思い出しながら、ラジオマンは言う。

「撮影ってどこで?」そいつに聞いたんだ。映画ってなんのことなのか、そもそも映画のつくり方なんて何も知らなかったからね。こいつ、気は確かなのかって思ってね。

ブルース・ウィリスは映画『虚栄のかがり火』(1990年公開)の撮影中だったのだ。そんなこととは露知らず、ラジオマンはこの映画スターに「おまえも飲むか」と酒をすすめた。

そうやって撮影の合間に話しをするようになったのさ。やつが何者かなんて知らずにね。当時は何が起きてるのかまったく飲み込めてなかったけどな。

ハリウッド大物俳優たちから愛される「ラジオマン」

それから30年近く、通称「ラジオマン」(本名はクレイグ・カスタルド。ユダヤ人っぽい風貌からクレイグ・シュワルツの名で通っている。)は、トレードマークのラジカセを首から下げ、おんぼろのシュウィンの自転車に乗ってニューヨークのあちこちに出没し、映画の撮影現場でふるまわれる無料の食事にありついてきた。
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これまでに100本以上の映画にちょい役で出演、人気テレビドラマ「30 Rock」にもたびたびカメオ出演してきた。今やブルース・ウィリスのみならず、誰もが知る存在だ。

トム・ハンクスは、白いあご髭をたくわえたこの男を「文化的名物男」と呼ぶ。「彼と親しくなれば大物になったってことさ!」シャイア・ラブーフも言う。「あいつはどこにでも現れ、何でも知ってる。全くおかしなやつだ!」

ジョージ・クルーニーもメリル・ストリープもラジオマンのファンを公言する。ジョニー・デップに至っては、ホームレスのふりをした大富豪じゃないかと疑っている。ロビン・ウィリアムズにも「ニューヨークに欠かせない存在」と言わしめる。そんなラジオマンに一般人がカメラを向けるのは時間の問題だった。

映画公開、ラジオマン英国に現る!

わたしがラジオマンと会ったのは、トッテナム・コート・ロード駅の近く、階下にギターショップがある小さなオフィスだった。ドキュメンタリー映画『ラジオマン』のプロデューサー、ポール・フィッシャーとメアリー・カーが提供してくれた場所だ。

映画は、ロンドンのウェスト・エンドにある通好みの映画館「プリンス・チャールズ・シネマ」で公開予定だ。今回はラジオマンにとって初めての英国訪問であり、母国アメリカを離れたのも人生で初めてだ。今年で62歳になるラジオマンは、あぐらをかいて壁にもたれている。ぶかぶかのジーンズにパッド入りの緑のコート。もちろんトレードマークのラジカセは身体の真ん中にぶら下げ、そばには持ち物を入れたごみ袋が置いてある。

ホテルにはまだ立ち寄ってなかったが、全く問題なさそうだ。

「ホテルに泊まらないなら路上でネズミたちと寝ればいいのさ。ここには何がいる?クモか?ゴキブリか?」好奇心たっぷりに聞くラジオマン。

「イギリスには『都市ギツネ*』がいますよ」とわたし。 「キツネ? おとなしいのか?」
「近づかないほうが無難ですよ。」
*都市ギツネ:ロンドン市内には1万匹もの野生のキツネが現れ、庭を荒らし、ゴミをあさり、ときにペットや人を襲うため「害獣」となりつつある。


RADIOMAN Official Trailer

「ラジオマン」誕生の背景

映画の中でラジオマンは、人が「まともな仕事」をしなければいけないという考え方への不満を吐露し、やり場のない不幸感から酒に走り、ホームレスになってしまったいきさつも語っている。

最初は郵便配達の仕事をしていて、そこそこ稼ぎもよかったんだ。でも、その金でビールばかり買うようになってね。酒を飲むことで現実逃避してたんだな。やがて金が尽き、何もかもを失っちまい、路上暮らしに行き着いたのさ。

「ラジオマン」というキャラクターが誕生したのはこの頃だ。ラジオを持っていると他のホームレスと仲良くなりやすかったのだ。数台のラジカセを盗まれてからは、この一番の貴重品を首からぶら下げるようになったというわけだ。

インタビュー前、わたしは不安だった。というのも、ラジオマンのホームレス経験やメディアがそのとっぴな「キャラクター」を食い物にしてきたことを考えると、今回のドキュメンタリー映画はこのひとりの無力な男をちゃんと引き立てるものになっているのだろうかと思えたから。当の本人は自分のことが映像で語られることをどう思っているのだろうか。

この作品はぶっ飛んでるよな。こんなもの誰が見たいんだって思ったよ。だって、他の誰でもなくこの俺の話だぜ。でもきっと、見る人にはそれ以上の何かがあるんだろうな。

映画で人生が変わった男

たくわえたあごひげと野球帽のあいだから私をじっと見つめるラジオマン。足元にはエージェントが置いていったショートブレッドが一箱。ラジオマンは私が持ってきた「ビッグイシュー21周年記念号」(※英国版)の表紙をじっと見ている。スティーブン・フライ、シャルロット・チャーチ、ユアン・マクレガーがほほ笑んでいる。

「これ、ユアン・マクレガーだよな? 新作を撮ったのか?」
「いえ、彼はいつもビッグイシューを応援してくれていて、記念号の表紙に協力してくれたのです」
私がそう言うと、ラジオマンはうなずきながら、この新たな情報を彼独自の映画データベースにインプットした。

アンジェリーナ・ジョリーやショーン・ペンなど映画界のトップスターらは俳優業で稼いだお金を慈善活動に寄付しているが、ラジオマンがやっていることはその真逆だ。つまり、映画の魅力とキャラクター作りに専念することで自らがアルコール依存から脱け出したのだ。映画のセットからつまみ出され、無理やり精神病院に入れられたこともあったが、それが長年のアルコール問題を克服する転機となった。

「映画が俺の人生を変えた」とラジオマン。酒を飲まなくなって早16年、今やホームレスでもなくなった。

映画の公開で、ラジオマンの人生にはさらなる変化が待ち構えているだろう。

ホット・ドックス(トロント・ドキュメンタリー映画祭のこと)では大喝采を浴びたんだ。すごかったぜ!英国に来るなんて思ってもみなかったし、この次はドバイだぜ。全く信じられん展開だよ!

ラジオマン流ハリウッドスター批評

その魅力と並外れた粘り強さで大物俳優たちと世代を超えて仲良くなるラジオマンは、演技力に関しても率直な評価を下すようになった。彼に言わせれば、最近の俳優たちは昔と違うらしい。

最近の俳優は役に対する感情や気合いが足りないね。もっと役になりきらんと。魂の深いところに入りこんで、その人物になりきるんだ。金のために演じてるやつがほとんどだからな。

『トワイライト』シリーズ(2008年-2012年公開の恋愛ファンタジー)で大ブレイクしたロバート・パティンソンのことも最初は何とも思っていなかったが、『リメンバー・ミー』(2010年公開の恋愛映画)でほんの少し共演して見直したという。

最初はなんでこんな騒がれてるんだよってね。痩せっぽちなのに、女どもはヤツにのぼせ上がっちまってよ。でも一緒に撮影したら、実にいい役者だったね。

演技力と親しみやすさでベストな俳優の名を挙げてもらった。

もちろんアンソニー・ホプキンスだな。それからジョージ・クルーニー。ロビン・ウィリアムズはコメディもシリアスも演じられる俳優だよな。ピアース・ブロスナン、ウーピー・ゴールドバーグも良い友達だ。ウーピーは特に演技がうまいわけじゃないが、コメディアンとしては最高だよ。

ラジオマンは、有名人であるといううわべだけでは何の幻想も抱かない。レッドカーペットを歩くハリウッドスターたちにも、「よっ、この映画好きめ!(You miserable movie whores)」と彼のお決まりのヤジを飛ばす。

映画スターに夢中になったことはないのか聞いた。しばし無言になったあと、こう言った。

「エリザベス・ハーレイ。」
「本当に?」 

彼女とは『恋するための3つのルール(原題:Mickey Blue Eyes, 1999年公開のアメリカ映画)』の撮影で会ったんだけど、姿かたち、あらゆる意味ですばらしい女優だった。それに、イギリス人とアメリカ人をさっと演じ分けられるしね。そういう意味ではケイト・ウィンスレットもいいよな。彼女には何度も夢中になったさ。

ハーレイにウィンスレット、どうやらラジオマンは英国アクセントが好みらしい。

われわれの話は映画オタクらしく、英国の映画事情へと移っていった。

ジェームズ・ボンド(映画『007』のこと)が誕生してから50年だ。歴代のボンドたちもここに来るんだろ? ショーン・コネリー以外はさ。おそらく、ロジャー・ムーアや6代目ダニエル・クレイグは来るだろうな。そうだ、ダニエルも俺の友達だってちゃんと書いといてくれよ。

その声には、間違いなく誇らしげな響きがあった。
文:サリー・ブラモール

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